3 【春(?)眠暁を覚えず・3】
著作者:なっつ
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「るぅチャン、グラウス様の代役は終わりっすか?」
執務室の外に出るとガーゴイルが待ち構えていた。
彼らはルチナリスを取り囲むと一斉に口を開く。
「町長も暇な人っすねぇ」
「この忙しいのに雑談だけに来られたんじゃたまんねーよ」
「坊、あのオッサンのお気に入りだから」
「なんでだか昔っから男にモテるんすよねぇ。あれで未だに道を踏み外してないのが奇跡だわ」
1、2、3、4、……8匹。
どう贔屓目に見ても人外としか言いようがない外見を持つ彼らがこれだけの数で集まると、昼間とは言えかなり怖い。
そして煩い。10年経つが全く慣れない。
人間と何処が違うのかわからないくらい、とまでは言わない。だがせめて人型を取ってくれれば多少は見られるのに、と思うのは人間側のエゴでしかないのだろう。
魔族側に「人間と同じ姿が貴い」なんて概念はないし、ガーゴイルたちだって自分たちの姿が醜いとは微塵も思っていない。やもすると角も羽根も牙もないから人間は劣っている、とすら考えているかもしれない。
だからと言うわけではないのだが、義兄や執事が本当に人間に見えてしまって困る。
これもきっと「そうだったらいいな」という願望のフィルターがかかっているせい……なんだろうけれど。
「今日、多くないですか?」
「しばらくは城内警備の人数は倍で、って言われてるんすよ」
「坊も本調子じゃないし、グラウス様も完治してないんじゃ仕方ないっすけどねぇ」
先月、ふたりは大怪我をして帰って来た。
それ以来ずっと義兄は体調を崩していて、勇者が来ても2回に1回くらいしか相手をしない。それ以外は執事とガーゴイルが人海戦術で凌いでいる。その結果が先の「最近魔狼が出る」という町長の話に繋がる。
だが、怪我をしているのは執事も同じ。しかもこちらは骨を折っている。
獣化することで正体が知られる恐れは皆無だが、ただでさえ魔王に挑戦しに来る勇者は猛者揃い。戦闘に特化しているわけでもない執事が相手をするのはキツいだろう。
右腕の治りも、無理をしているせいで芳しくない。
「ま、俺らはさ、石像のまま勇者待ってるよりは動けたほうが飯も食えるし万々歳!」
「なのにさぁ、あのクソ犬といたら、」
「怪我してようが嫌味だけは減らねぇ!」
ガーゴイルが執事のことをボロッカスに言えるのは、ある意味「仲間」だからなのだろう。
力を合わせて勇者を撃退する「仲間」。
この城を、自分たちの日常を護る「仲間」。
彼らはあたしのことは悪く言わない。
女だから、子供だから、魔王の義妹だから。
だから遠慮している、と言えばそうかもしれないけれど、根本のところに「仲間になりきれていない」部分があるようにも思う。
あたしも戦えれば、彼らの「仲間」になれるだろうか。
ルチナリスは拳を握ってみる。
だがしかし、志がどれだけ立派でも非力なメイドは邪魔にしかならない。
だから。
「……ガーゴイルさんたち、グラウス様をよろしくね」
あたしの分まで執事を守ってほしい。
魔王の代役中に怪我したり死んだりしたらきっと義兄は悲しむし、そうさせてしまった自分を悔やんでしまう。
奴の嫌味や理論武装には正直ムカつくことも多いけれど、でも――。
「お? 坊からグラウス様に鞍替えっすか?」
「グラウス様は坊より落とすの難しいっすよ!?」
「あの人、女に興味ないから」
「え、やっぱホ、」
「坊に執着してる時点で怪しいと思ってたっすよー」
「……待てぃ」
気分は「薄幸の美少女が仲間を思う感動シーン」だったのに台無しにするんじゃないわよ!
第一、執事は忠誠を誓っているだけで、それはただ、命を助けられた恩義に応えようとしているからで。
それに加えて天然すっとぼけの義兄に対して「この人が自分が世話をしないと駄目になる」なんて思い込んでしまっているから必要以上に距離が近くなるわけでっっ!
「でもグラウス様って女必要ないよな」
「るぅチャンよか家事得意だし」
「いや、るぅチャンが出来ねぇだけ」
「うん、悲しいくらい出来ない」
「どさくさに紛れてあたしまで貶してんじゃないわよ!」
今「十分仲間じゃない」というツッコミが聞こえた気がするけれどそうじゃない。あたしに投げられる言葉はまだまだ緩い。
とにかく執事は小うるさい人だが長年の付き合いだし、仕事の上では義兄より顔を合わせる機会が多いし。
そんな執事が自分の怪我を後回しにして主人の代役を務めてるのよ? あたしができないことをしてるのよ? 「あたしのお兄ちゃん」のために。
気にかけるなって言うほうが無理ってもんじゃないの! それなのにっ!
ルチナリスは地団駄を踏む。
本音を言えば抱えているティーポット(中身入り)を投げつけてやりたいくらいだけれど……これは執事のお気に入り。後で大目玉を喰らうのは間違いない。
いや、奴の場合、「あなたにもポットの痛みを感じてもらいましょう」なんて言って四肢をバラバラに引き裂いた挙句、裏山に埋めるくらいのことはやりかねない。もちろん犯行の証拠は残さずに。
奴は家事以外もデキる男だ。
「ま、俺らがいればグラウス様なんていなくても安心っすけどね」
「そうそう、大船に乗った気でいればいいっすよ」
「大船っつーてもマストの先端だったりして」
「縄でグルグル巻きに縛り付けてぇ?」
そしてルチナリスがそんな怖い想像をしている目の前で、ガーゴイルたちはと言えば、好き勝手なことを言ってはゲラゲラと笑っている。
すぐそこの扉の向こうには本人がいて、しかも来客中で。
ガーゴイルの姿は町長には見えないことになっているけれど、声まで聞こえていないとは聞いてない。なのに、こんな大声で笑っていたら絶対聞こえる。怒られる。
ルチナリスはハラハラしながら何時開くともしれない扉を伺い見る。
巻き添えを食う前に逃げたほうがいいだろうか。
あたしの声とガーゴイルの声を間違えることはないだろうけれど、奴のことだ。「見過ごした時点で同罪」なんて言いかねない。
そして。
「念のために聞いておきますが、あなたがたの誰かではないですよね」
案の定、執事の雷が落ちた。
町長が城を去って1時間。あたしたちは執務室前の廊下に正座させられている。
町長はきっと馬鹿笑いしていたのはあたしひとりだと思っただろう。
『若い娘さんは元気が良いですなぁ』
という置き台詞からしても。
これでも一応はお年頃。恋愛対象外の中年親父にだとしても、馬鹿笑いイメージが定着された、なんて冗談ではない。
いやそれより、義兄にまでそう思われたのではないだろうか。
町長が帰る時は義兄は玄関まで見送るのが常。しかし今日に限って執事しか出てこないという事実が、懸念を如実に物語る。
義妹の声を間違えたりはしないと思いたいけれど、「領主の妹だというのに馬鹿笑いをして恥ずかしい。そんな品のない娘の顔など見たくない」なんてことになっていたら……!
ルチナリスは縋る思いで閉じたままの扉を見上げる。
「俺ら、男に興味はないっす!」
そしてひとり思い悩むルチナリスの隣では、痺れてきた足をもぞもぞと動かしながら、諸悪の根源がてんでに無罪を主張している。
ああ。元はと言えばこいつらが。
あたしは巻き添えを喰らっただけだ。馬鹿笑いもしていないし、執事の悪口も言っていない。紅茶を淹れ、議事録をつけ、粛々と退出した。礼儀作法としても及第点は取れているだろうし、執事の代役も立派に果たしている。
なのに、何故この仕打ち!
同じように足を動かしながら、ルチナリスは圧倒的威圧感を漂わせて見下ろしてくる執事を睨みつける。
まぁ一応は使用人の中でトップだし、城においては義兄に次いで名実共にNo.2の位置にいる人なんだから低レベルの悪魔や一介のメイドが口ごたえできるはずもないが、でもだからと言って理不尽な仕打ちに涙を呑んでいいのか? これはパワハラだ! ……と、ものすごく言いたい。言いたいけれど後が怖い。
「だいたいこんな善良な俺らを捕まえて犯人呼ばわりはないんじゃねぇですかい?」
「そうそう。俺らより坊に声かけて来たのをグラウス様が処分してるってほうがずっと自然じゃないすか」
「グラウス様は外に出られるしさぁ」
いや、口ごたえする奴もいた。
正座という苦行を黙って受け入れるはずもない皆さんが一斉にあるあると頷く。
処分って。
ご主人様命のこの人のことだ。あり得ないとは言いきれない。
「坊って外面いいもんな。あれで気があると思って寄ってくる奴って捨てるほどいるんじゃね?」
「身に覚えありありでしょ? グラウス様」
「ありません」
待って。元は石像よね、あなたがた。
何時間も何日も座ってるくらい楽勝でしょ? なんでそんなに煽るの? ここは黙って嵐が通り過ぎるのを待つほうが得策じゃないの!?
そう思っているのはルチナリスただひとり。
「わかるぜぇ、目の前で他の男とイチャつかれたら殺りたくなるってなもんよ!」
「身に覚えありありでしょお?」
お願い。これ以上火に油を注がないで。
だがいつもどおり、心の叫びは伝わらない。
「……ないと言っているのが、聞・こ・え・ま・せ・ん・で・し・た・か?」
が。
地の底から響くような執事の声に、抗議はピタリと止んだ。
一瞬で静まり返った廊下に思わず左右を見回せば、メデューサに石化された人のように中途半端に口を開けた格好のままガーゴイルたちが固まっている。元から石像でしょ、なんてツッコミが入れられないくらい恐怖に顔を強張らせて。
そして前に顔を向ければ……メデューサならぬ執事様が目から冷凍ビームでも発しそうな顔で自分たちを見据えている。
怒ってますか?
怒ってますよね? 執事さん。
お願いします、あたしたちまで処分する気にはならないでください。若い身空で狼に喰い殺されるってかなり嫌。若くなくても嫌。
ああ、さっきはパワハラだとか理不尽だとか思ってすみませんでした。あれはちょっと口が、いや、心が滑っただけなんです。口ごたえなんて一生しません。だから! だから命ばかりはお助けをっっ!
心の中で必死に命乞い。
と……あろうことか執事はくすり、と笑った。しかしそれは祈りが通じたわけでも、あたしが無罪だとわかってくれたわけでもない。
目が、全く笑ってない。
「あなた方が考えているほど私と青藍様の絆は浅いものではありませんから、どれだけ営業スマイルを振りまかれたところで相手をどうこうしようという気にはなりません。それにあなた方はひとつ勘違いしています」
石化していないのがルチナリスだけだからか、「あなた方」と言いつつも執事の目はルチナリスを直視している。そしてどさくさに紛れてノロけられたような気がしなくもないけれど、そんなところをツッコんでいる場合ではない。
「……私が手を下すなら、身元など判らないくらいに潰してから捨ててやりますよ」
本気で四肢をバラバラに引き裂いて裏山に埋めそうなこと言って来た――!!
敵と認識すれば情け容赦ない、下手したら魔王様よりずっと怖い人の黒い笑みの前にルチナリスも凍りついた。





