1 【春(?)眠暁を覚えず・1】
著作者:なっつ
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つい数ヵ月前までは寒々しい季節に覆い尽くされていたこのノイシュタインも、ここ数日はすっかり夏の日差しに変わりつつある。
芽吹いた草木は淡い薄緑色の光を煌めかせ、開け放たれた窓からは小鳥の囀りが聞こえる。
執務室では領主が町長と談話中。
ただ黙っていればかわいいと表現する人すらいるこの領主は、最近体調が芳しくないらしい。そのせいで余計に儚げな印象を周囲に与えている。
多分にそのせいだとは思うが、彼の真向かいでお茶菓子を頬張っている町長もいつもより頬が緩んでいるように見える。くれぐれも政治生命と自分の命を大事にしてほしい、と願わずにはいられない。
この急な訪問客のせいで動けなくなった領主の代役として、いつも領主の傍らにいる執事は現在、席を外している。
その執事の代役がさらに回って来たせいで、一介のメイドのはずのルチナリスは今、執務室にいる。
「若い男の水死体?」
「ええ、最近毎日のように上がるんですよ」
町長が持ってきたのは、穏やかな気候に相応しくないそんな噂。
「そのせいで悪魔の仕業じゃないか、とか海の祖先の呪いだとかいう噂が……いや私が言ってるんじゃないですよ。猟奇的な事件を人外なもののせいにしたがるのは人の常でして」
海の祖先って何だろう。ミジンコのことだろうか。それともゾウリムシか珪藻かミトコンドリアか。あまり怖そうには感じない。
だが微生物ならいつの間にか体内に入り込んでしまった、なんてことも、進化の過程で殺人ウイルスを持つに至った、なんてこともあるかもしれない。素人の妄言なのでツッコまれると困るけれど。
ただ、何でもかんでも悪魔のせいにするのは安直すぎやしないだろうか。
そんなことをメイドに思われているとは露知らず、町長は事件の恐ろしさを身振り手振りを交えて熱く語っている。
領主が顔だけはにこやかに応対しているさまは、ルチナリスからすれば安心感さえあるのだが、町長はそうは感じないらしい。心の中では青二才が真面目に話を聞いてくれない、と思っているかもしれない。
見た目で言えば青二才に間違いはないし、それでも実年齢で言えば領主のほうが倍以上年上なのだが……それをカミングアウトするといろいろやっかいだ。ルチナリスは黙ったまま議事録に目を落とす。
「おかしなことに女はさっぱりで。いや、大事な働き手がこうどんどん沈められては町としても」
いや、本当に興味がないのかもしれない。何だ男か、と呟いたのがはっきり聞こえた。
被害者が男では無理もないのかもしれないが、あなた一応は領主でしょう? ふりだけでも頑張ってほしい。
「鮫に襲われたんじゃ、って話も出ているのですけどね、食べられた形跡などはないのですよ」
「男の肉じゃ堅くてまずそうですもんね」
天使の笑みを浮かべたままとんでもないことを口にする領主に、町長は汗を拭く。
「あ、でも若いうちなら食べようと思えば食べられるのかな」
人差し指を唇にあてて小首を傾げるという、大人の男がそれってどうよ!? なポーズも笑顔の領主様なら似合ってしまうから恐ろしい。恐ろしいけれど、やっぱり真面目に考えているようには見えない。
すみませんお兄様。その発想は昔から人間を食料として来た魔族ならではものなのでしょうか。何にでも挑戦してみようという意気込みは素晴らしいと思いますが、人間相手に人間を食べるという話を振られるのは如何なものかと。
ツッコミたい。でもツッコめない。
昔、ガーゴイルから「雑談に見えても腹の内を探り合っているのだから、子供は口を出してはいけない」と言われたことを思い出した。
そうよ、戦いは既に始まっているのよ。あたしは義兄の足を引っ張ってはいけない!
ルチナリスは黙って頷く。ああ、大人の駆け引きはなんて難しいのだろう。
「人間の肉は食べたことがないのでよくわかりませんが……女子供の肉の方が美味そうですね」
「あ、やっぱり町長もそう思います? 牛だって10歳越えると古いゴムみたいな味になるって言いますもんねぇ」
「は、はは、それじゃあ私などは食べられたものではありませんな」
「事件に巻き込まれそうになくて良かったですねぇ」
そして町長はさすが年の功、と言うべきなのか、長いものには巻かれろ主義なのか、はたまた目の前の領主に遠慮しているのか。この非常識相手に会話を成立させる手腕には感心するが、変に迎合しているせいで話題がどんどんずれていく。
……これは議事に残しておくべきだろうか。
ルチナリスはペンを走らせる手を止める。執事からは「一言一句漏らさず書き留めて下さい」と言われているが、雑談まで書き留めていたらきりがない。
「ま、まぁ領主様もまだお若いですし、気に留めておいて頂ければと思った次第でして」
「それはわざわざどうも」
そして目の前の光景に意識を戻せば、領主の艶然とした笑みに中年男の鼻の下が伸びきっている真っ最中。
お兄様、何でこういう時にそんな顔を。
彼は無意識のうちに相手を誘惑する悪癖でも持っているのだろうか。執事がこの場にいたら、町長は今頃問答無用で蹴り出されているに違いない。今ばかりは奴がいなくて良かったと切に思う。
この城は城下町から離れた山の中腹にある。延々と続く上り坂は太り気味の中年男には辛いものもあるだろう。
にもかかわらずこうして出向いてくるのは、この猟奇的な事件を領主に丸投げしに来た、以外にはない。義兄ののらりくらりとした受け答えにも凹まず、自分の要望を相手から引き出すまではテコでも動かないこの姿勢が長期政権の秘訣かもしれない。
「そ、そう言えば、最近はノイシュタインの悪魔の中に巨大な狼が混じるようになってきたとか。領主様はご無事なのかと今日も来る道すがら奥方連中に捕まりまして」
「ノイシュタインの悪魔の数が増えようとも悪魔退治に来る勇者にしか影響しないでしょう?」
だが。
何とかして関心を持ってもらおうと話題を振る町長に対し、領主はと言えばまるで他人ごと。
仕方がない。ドラゴンを丸ごと1匹押し付けられて酷い目に遭ったことは、まだ記憶に新しい。
町長は悪魔だの妖精だのといったものが関わって来ると昔から義兄に泣きついて来た。
この城が別名、「悪魔の城」と呼ばれているからかもしれない。その城に住んでいるのだから人外なものに造詣が深いと勝手に思っている。
思うのは勝手だし、実際、町長よりはずっと深いはずだから異論は挟まない。
しかしドラゴンの時は本当に大変なことになったわけだし、でも何処がどう大変だったかということが言えないせいで町長には苦労が全く伝わらないわけだし。
義兄に食べられるかもしれなかったルチナリスとしては、町長の味方はできない。
そして義兄自身、席を外す執事に「余計なことに首を突っ込むな」と念を押されていたばかりだ。そう簡単には落ちない。
来るタイミングを間違えましたね、町長様。
先ほどからしきりに町長がこちらに視線を送ってくるのは「妹からも助言してほしい」という無言の圧力だろうが……ルチナリスは傍観を決め込むことに決め、さりげなく顔を背けた。
ノイシュタイン城には魔王がいる。
表向きは温厚な若い領主。だが裏の顔は魔族という、魔法を操る種族のひとり。
魔族は人間たちの間では悪魔と呼ばれ、この城に討伐目的でやって来る勇者も後を絶たない。人間が魔族にとっては食料の扱いであり、「狩り」と呼ばれる行為が実際に起きているのだから当然のことだ。
過去には戦力的にも劣り、受身一辺倒だった人間たちだが、最近は武器の開発も著しく、反撃することを覚えた。中でも腕に自信のある者は「攻撃は最大の防御」とばかりに自ら魔族を探し歩き、攻撃を仕掛けるまでになっている。
そうなってくると、「悪魔の城」なんて通り名を持つこのノイシュタイン城は格好の標的になる。
なんせ此処に来れば悪魔が、そして魔王がいるのだから。
しかし義兄は人間を襲わない。
義兄だけでなく、この城の誰も。それどころかガーゴイルたちなどは城の外に出ることすらできない。
義兄は正体がバレないよう、極力人間のふりをして生きていくつもりらしい。歴代の魔王が全てそうだったわけではないし、義妹としても義兄が人間を殺して血肉を啜る場面は見たくないので、それに関しては何も言わない。
言わないけれど、理不尽は感じる。
”何故、何かしたわけでもないのに、命を狙われなくてはならないのか。”
それはかつて人間たちが悪魔に対して感じたことだ。
今その感情を魔族側が持つことには同情も何もない。
が、それが「魔族によって仕組まれたこと」で「あたしの義兄に降りかかること」となってくると話は別。
魔王は今の領主の裏の職業で、勇者を叩きのめすのが役目で。
そのおかげで実際に狩りをしている連中は攻撃を受けることもなく悠々と暮らしているというのだから、そんな魔王様を義兄に持つ身としては腑に落ちない。
それが仕事とは言え、義兄にとっては何のメリットもないのだ。
そして、厄介なことに義兄に降りかかる不幸はそれだけではない。
強大な魔力を持つくせに少ない護衛だけで魔界の外にいる義兄は、同じ人外からも狙われている。
どうにも人外な皆さんの界隈では、取り込んだ相手の能力を手中に収めることができるなどという噂がまことしやかに囁かれているのだとか。
もしそんなことが本当にできるなら、あたしだってボンキュッボンな美女を食べてナイスバディを手に入れるところだが……まぁ、あたしのことは置いといて。
そのせいで狙われたのかどうかは知らないが、彼は先日も大怪我をして帰って来た。実母の葬儀に出席しに行っただけのはずなのに。そして未だもって体調を崩している。
そんな人に標的もろかぶりの猟奇事件になど関わって欲しくない、というあたしの主張は絶対に間違ってはいない。
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