37 【小指の約束】
※BL気味です。
著作者:なっつ
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夜の帳の中を馬車は走っていく。
コトコトと小刻みに刻まれる波は、そのまま微睡みの海に引き寄せる。
グラウスの肩に寄り掛かるようにして青藍はもうずっと目を閉じている。
眠っているのだろう。浅い息づかいが聞こえる。
力なく膝の上に投げ出されている腕に目をやれば、袖口から覗く包帯がじわりと薄く色づいているのが見て取れる。
結局あの後、紅竜も犀もとうとう最後まで姿を見せることはなかった。
城に戻っても彼らのほうが避けているのかと勘繰ってしまうほどに出会うタイミングがなく、使用人の面々にも普通に送り出されて、こうしてノイシュタインへの帰路についているのが不思議で仕方がないほどだ。
自分と離れていた間、青藍が何処で何をしていたのか。記憶を失くしていることを幸いと思うと同時に、真相がわからないままになることを残念にも思うが、どうすることもできない以上、現状を受け入れるしかないのだろう。
だが何故途中で引いたのかは不明だが、紅竜が自分たちをこのままにしておくはずはない。犀の思惑も掴めない。
それを思うと気が重い。
あの蔓は、そしてあの影は何だったのだろう。青藍の炎の竜のように、あれも魔法の一種なのだろうか。
しかし夜会初日の夜から想像するに紅竜の魔法属性は水。自分自身、水の亜流である氷属性だから多少馴染みがあるつもりだったが、あのような術は見たことも聞いたこともない。
水系ではないのだろうか。
しかし魔族はふたつ以上の属性魔法を操ることはできないのだから、やはりあれは水系魔法だと言うより他にないのだろう。
そして、蔓に付けられた傷が未だに癒えていないことも気にかかることのひとつだ。
全身にわたるとはいえ大半が擦り傷だから、青藍の回復力をもってすれば1時間もしないうちに治る傷。怪我のせいで回復に使える魔力が足りないだけなら良い、と言うか、良くはないが納得はできるのだが。
しかし、その傷が癒えないせいで青藍の体力をさらに削っているのも確かなことで……馬車に乗り込んですぐの頃からずっと眠り続けているのはそのせいなのだろう。
グラウス自身も右腕を肩から吊っている。
葬儀に参列しに行っただけのはずなのにふたりして満身創痍で帰って来たら、ルチナリスはさぞ驚くに違いない。
「全く、荷物諸共あたしを置いて帰ろうだなんて何考えてるんだか」
そして気が重くなる事項がもうひとつ。
グラウスは、窓枠に腰掛けて足をぶらつかせているスノウ=ベルに目を向ける。
「ちゃんと持って帰れって言われたでしょ? グラウス様の耳は節穴ですか?」
「……節穴か、と聞くのは目のほうですよ」
「やぁねぇ。細かいことを気にする男ってモテないですよ」
「モテたいとは思っていませんので」
「そういうこと言ってると取られちゃいますよぉ、青・藍・様・も」
「っ!」
「あらぁ、筆頭執事様ったら怖い顔ぉ」
思わず立ち上がりかけ、傾いだ青藍の体を慌てて支え直したグラウスは、ニヤついた笑いを浮かべてこちらを見ている精霊に引きつった笑みを返す。
何処まで知っている。
アイリスがいた時も含みのある言い方をしていたし、先ほども告白寸前に飛び込まれた。絶対に見ていることは間違いない。
この口が異様に軽い小娘に見られたなど……やはり此処で始末しておいたほうがいいだろうか。手のひらサイズの精霊ひとり、握り潰すのに1分もかからない。
「……あたしを殺ると後悔しますよ?」
「殺らないほうが後悔すると思いますが」
街角で偶然出会った因縁の暗殺者同士のような会話を交わしつつ、上辺だけはふたりとも笑顔。その違和感のせいなのか、馬車の中は冷たい空気が流れている。
それにしても、何故スノウ=ベルは未だに実体化しているのだ。
メンテナンスのあと犀とアイリスに運ばれて、自分の手に戻った後も荷物の中にいたのだから十分寝た、ということか? しかしこちらは疲れているのだ。休ませろ。
と言うか、小娘の暇潰しにつき合う気力などない。休・ま・せ・ろ。
グラウスは殺意にそんな懇願を混ぜて念を送る。どうせ伝わるとは思わないが。
「だいたいあたしがいなかったらノイシュタインに帰れないですよ」
「どうしてです」
「グラウス様は知らないだろうからト・ク・ベ・ツ・に、教えてあげますけど、魔界と人間界を移動するには精霊の力が要るんです。来る時もあたしがいたから普通に来れたんですよ。グラウス様は知らないだろう、け、ど!」
「ええ知りませんでしたよ。私も魔界には何度か行ったことがありますが、精霊なんて連れていませんでしたし!」
魔界本庁に出向いた時も、執事養成学校に入る時も。
ただ馬車や列車を乗り継いだだけだ。魔界と人間界が地続きのはずがないからおかしいと思うことだったのだろうが、当時は魔界の乗り物全般に細工がしてあるのだと思っていた。
「それはー、書類に紋章がついてたでしょ? 少しの間だけ精霊の鍵の術がかけてあるんですよ。締め切り期限過ぎちゃえば使えなくなるのが」
紋章。
此処でも紋章なのか。
またしてもポケットの中の例のブツを探りたい衝動に駆られたが、左肩を貸している+右腕は動かない、という状況ではそんな小さな欲求すら叶えられそうにない。
「……だからね、今、ゲートを通れるのは精霊を持っている者……貴族が多いかな、だけなんだよ。持っていない者は貴族の下に付くしかない。そんなところでも格差は広がってる」
「起きたんですか?」
眠っているはずの左側から声がして、グラウスは肩越しにそちらを見る。
相変わらず調子が悪いのか、まだ眠いのか、青藍はもたれ掛かったまま顔を上げもしない。
「自由に行き来できなければ、好き勝手に人間狩りもできない。それはいいことだけど、だから精霊を捕まえて売り買いする闇市場も存在する。エルフガーデンはピリピリしてるよ」
エルフガーデンと言えば青藍が好んでいる紅茶の産地だったな、とグラウスは考えを巡らす。
その情報しかなかったが故に勝手に平和でメルヘンな国を想像していたが、実際はそうでもないらしい。
「今の魔界は混沌としている。家同士の争いは戦闘だけでなくあらゆるところで起きている。でも兄上が魔族をまとめたら……そういうことはなくなる……かもしれない」
紅竜が魔界をまとめる。
夜会の場で、多くの貴族が紅竜に従うだけだったことを思い出す。
ただの独裁のようで薄気味悪く思ったが、彼は今後の魔界のことも考えて動いているのだろうか。従っていた彼らは主旨に賛同しているのだろうか。青藍が言うように、紅竜を頂点にまとまれば全てよくなるのだろうか。
しかしそこに辿り着くまでには多くの血を流すことになる。そのために紅竜は青藍の力を欲している。
青藍は他人を傷つけるのには向いていないのに……と思うのは、それでもきっと自分のエゴでしかないのだろうけれど。
『それはお前の理想だ。現に俺は何人の勇者を倒して来たと思う?』
出立前に青藍に言われたことを、今更ながらに思い出す。
彼はもう25年前の「姫」ではない。私は彼に「姫」を重ねてはいけない。
自分にとって世界は青藍さえいればそれでよかった。人間だの魔族だの、そこまで考えが及ぶことはなかった。
それは自分だけでなく、この世界に生きる者の大半がそうだろう。
しかし紅竜は違う。
青藍が言うことが真実なら、自分は考え方ひとつ取ってみてもまだまだあの男には適わないということだ。それが悔しい。
「そろそろおやすみ、スノウ=ベル。お前も疲れたろう」
ゆったりと浮かぶ泡のように、青藍の声が途切れ途切れに聞こえてくる。彼もまた眠りに落ちようとしているのかもしれない。
窓から差し込む明かりも弱くなりつつある。
それなのに小刻みな揺れはほとんど感じなくなっている。
森にでも入ったのかと思っていたが、もしかするとこれが魔界と人間界の境目なのかもしれない。行きはそんなに気にして見ていなかったが……とグラウスは窓の外に目を向ける。
その耳にスノウ=ベルの声が聞こえてくる。
「でも犀様が、グラウス様をふたりっきりにしておいたら淫行に及ぶ恐れがあるから見張ってろって言、」
「なななななな何言い出すんですかそんなことあるわけないでしょう!?」
何を言い出すのだこの小娘は!
呑気に外など眺めている場合ではなかった。グラウスは叫ぶようにしてスノウ=ベルの声を打ち消す。
淫行とは何だ。いや、淫行といえばアレのことだろう。
彼女だけでなく犀にも伝わっているのか? それとも彼女が口を滑らせたのか? 口が軽いからないとは言えないが……それが本当だとしたら自分は「青藍に淫行を及ぶ恐れのある危険人物」として認識されているということじゃないか。そんな男に大事な子息を預けようと思う犀の頭の中はさっぱりわからないが、その前にその認識は改めさせなければ。
「わっ、私が青藍様に何かするとでもっっ!?」
「そうだよ」
否定する言葉に青藍の声が被る。
すみません、その「そうだよ」は否定の意味でいいんですよね? 青藍様はわかって下さいますよね? と藁にも縋る気持ちで見下ろすと――。
「グラウスは、友達」
半分眠っているような口調で、ご主人様は心を抉るようなことを仰った。
……はい?
ちょっと待て。自分はあくまで”お友達”なのか? と言うかその認識は何処から来た?
「危険人物」よりはずっとましだけれども、私の知らないところであなたがたは私をどう評価して下さっているのですか? と言うか、何時何処で何がどうして「お友達」!?
「俺も好きだよ」
ああ、そうやって無邪気に直球投げ込んでくるのはやめてください。
友達なんですよね? その好きは友達としての好きなんですよね? いや、好きと言われるのは光栄なんですけれども、私がひっそりこっそり言ったアレとは全然違うわけで。
「え、っと、いや、でも」
「……嬉しかったな。ああいうこと言ってきたのってお前が初めてだったから」
肩にもたれたまま青藍は言葉を続ける。
「ずっと、傍にいてくれるって言ったの……も」
言いましたけれどもぉぉぉぉおお!
畜生! 言われて嬉しいTOP5に入る台詞のはずなのに、ここまでモヤモヤが拭えないのは何故だ!
「でもお前、ずっと怖い顔して睨んでくるし」
「に!?」
睨んだ? いつ!?
煩悩に耐えていたのがそう見えたのか!?
「ずっと避けられてるし、やっぱり嫌いだったんだな、って。仕方ないよね……お前もともと人間嫌いだし」
「ごっ、誤解です! そっちこそ、」
「兄上もそう言うし」
「何を!?」
やっぱりあの兄がなにか言ったのか!? 全く、油断も隙もない。
「避けてませんし睨んでもいません! 私は! 私も、す、」
「でもさ。ねぇ、こういうのって両想いって言うんだよ」
「り、」
違います。その言葉の意味、絶対に間違って覚えています。いくら世間知らずの箱入りだからって言って想い方のベクトルがちょっと、いやかなりズレています。
だがしかし。
ここはその言葉だけでも肯定しておくべきだろうか。公式に広まればあっちとこっちに跳ね返っている矢印もそれらしい形になるかもしれない。間違った解釈から来るものであっても、外堀を埋めることは大切だろう。
「そ、そうですね。でも、ま、ルチナリスに聞かれたら煩いだけてすから戻っても彼女の前で言ったら駄目ですよ。こういうのは、いや、」
忠告を入れながらも、はた、と気付く。
ルチナリスに言う言わない以前の問題として既に拡声器がセットされているじゃないか。
グラウスが慌てて窓際に目を向けると……嫌味なくらいの薄笑いを浮かべたスノウ=ベルがこちらを見ている。
そして。
「あたし。なぁんにも見てませんからぁ」
嗚呼!
吹聴して回る気満々だ!
歌が聞こえる。
群青色の空に浮かんでいるのは白い月。
目の前に揺蕩っているのは何処までも続く海。
――今度は海の中じゃないんだ。
ここ数年、何度も見てきた白昼夢。いや、今は夜のはずだからその呼び名はおかしいだろうか。
山育ちで海など数えるほどしか行ったことがないのに、やけにリアルなその夢はいったい何を意味しているのだろう。
そしてそのたびに海底に……深い闇に落ちていくあの人を捕まえることができなくて、その恐怖で目が覚める。焦がれるばかりで手に入らない人を想う気持ちの表れなのかもしれない。
『友達だから』
「……手に入ったわけじゃないんですけどね」
グラウスは苦笑すると空を見上げた。
手が届きそうなほど近くに見えるけれど、決して届かないあの月を。
「いつか、ここまで降りていらっしゃい」
手を伸ばす。
歌が、聞こえる。
カタン、とひとつ大きく揺れて、グラウスは目を開けた。
眠っていたらしい。すぐ隣の人も同じように眠っている。
誰も起きていない状況ではスノウ=ベルも眠ることにしたのだろうか。彼女の姿も見えない。
小刻みに揺れる窓枠の向こうに水面が見え隠れしている。
あそこにノイシュタインがある。あと1時間もすれば城に到着できるだろう。長かった悪夢ももうすぐ終わる。
夢と言えば、今しがたまで見ていた夢を思い出す。
歌が聞こえた。あれは何の歌だっただろう。確か青藍が歌っていたものだったように……影の中で聞こえた歌だったように思う。
オペラ自体はかなり有名なものだったと記憶しているが、悲しいかな、歌の題名など知らない。
ハミングで誤魔化しながらその歌を思い出してみる。
聞いたのは2度だが案外覚えているものだ。などと心の中で自画自賛していると、
「”Cogitatio quae est in pectore”だよ、グラウス」
小さな声で歌詞が聞こえた。
預かっている頭を動かさないように肩越しに隣を見る。
やっぱり眠っているようにしか見えない。
「ええっと……”Cogitatio quae est in pectore…… Quam verba et affectus”」
少し調子の外れた歌に、くすり、と笑う声が重なる。
「”de te”……」
「どうかした?」
「いえ」
止まってしまった歌はそこまでにして、グラウスは隣の膝の上の手を取ると小指を絡める。
「やっぱり魔王は歌が歌えないとなれないな、と思って」
「だからさ。歌う必要なんてないってば」
非難の声は軽く無視して、きゅっきゅっ、と絡めたまま手を振る。
自由にしていいとあなたが言ったから、ふたりきりの時くらいは立場を忘れても構いませんよね? と都合よく解釈することも忘れずに。
「もうちょっと上手くなったら聞いてくださいね。約束です」
「それは次の魔王役に立候補するってことかな?」
「魔王役はしません」
あなたが傍にいるのなら考えなくもない、と口に出しそうになったが、彼もそこまで本気で願っているわけではないのだろう。ふふ、と鼻で笑われただけでそれ以上は言ってこない。
その代わり。
「ねぇ。昔話ができるのって、楽しいね」
「え? ……え、まぁ」
今話していた内容にしたって昔話というほど古くはないし、そう楽しいものもなかった気がするが。
それでも周囲の者を悉く失ってきた青藍にとっては、過去を共有できるだけでも楽しいのかもしれない。
『また、話を聞かせて』
あれはただの社交辞令ではなかった。
99%叶わない未来の中の、たった1%の願い。
10年後か100年後か。
いつか、あの頃はこんなことがあったね、って、昔話と一緒に聞かせてあげる。
ふたりで、月を眺めながら。
だから。
当面の目標は「お友達からのお付き合い」をクリアすることだ。
前回に引き続き今回も更新が遅くなりました。
そして今回、novelist様版、taskey様版と全く違います。
前回いい感じにまとまったのであれで終わってしまおうかとも思ったのですが……ちょっと紅竜様関係のことも書いておこうかな、というか、彼は出てこないんですけどね。
勧善懲悪な敵は楽なんですが、彼がそうなるに至った過程のようなものも含みつつ、なろう様版は進めて行こうかと思っています。伊達に4年も彼らと向き合ってないですし。
ま、なろう読者様向けではないと思うんですけども。
文章内歌詞は創作した歌詞をラテン語翻訳かけました。





