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魔王様には蒼いリボンをつけて  作者: なっつ
Episode 9:薔薇の葬送
172/626

34 【薔薇の葬送・8】


※ほんの少しですがカニバリズムを連想させる記述があります。


著作者:なっつ

Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.

掲載元URL:http://syosetu.com/

無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)


这项工作的版权属于我《なっつ》。

The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!



挿絵(By みてみん)




 影に消えた炎の竜が水底へ消えて行った人とダブって見え、グラウスは慌てて青藍の姿を探した。

 いる。

 ウヨウヨと生き物のようにうねる蔓の向こう側ではあるが、姿はある。

 飲み込まれてはいない。しかし安心はできない。


 吸い込まれた炎に照らされたのか、影の中にいる骸骨たちの姿も先ほどより鮮明に見える。そしてその中で、何処(どこ)かで見たような薔薇模様のドレス姿が目に止まった。

 漆黒の長い髪を横で結わえている。あの髪の色は青藍以外にはひとりしか知らない。


 まさか。

 まさか、あれは。


「第二夫人!?」


 自分の発した声に驚き、そして獣化が解除されていることにもう1度驚く。

 思えば海の中にいた時も自分の叫び声が聞こえた。あの時に解けたのかもしれない。


 しかし何故(なぜ)彼女が影の中に。

 塔の上で見たあの血みどろの遺体は契約の術の副作用ではなく、紅竜に処分されたからだとでも言うのか?

 もしかすると、



『どうした? 懐かしい味がするぞ? この肉は、』

 


 あの時、紅竜が弟に食べさせようとしていたあの肉は。

 グラウスは息を呑む。


 しかしもし本当にあの骸骨が第二夫人だとして、どうすればいいのだろう。影の中から解放する(すべ)など……いや、解放したところで生き返りはしない。

 だからと言ってこのまま放置しても、彼らはずっとこの影の中で生まれ変わることもできずに苦しみ続けることになるのではないだろうか。

 

 どうしたら、いい?

 こんな時どうしたら。青藍なら、どうしただろうか。




 何処どこからかアリアが聞こえる。

 月の下で聞いた歌声よりも、ずっと高いソプラノの。

 

「あなたには私たちを救うことはできない」


 声がする。第二夫人の声が。



 私には救えない。

 ではこのまま見捨てろというのか? あの夫人を。

 他の骸骨たちと一緒に影の中に捨て置くなど、青藍が知ったらどれほど嘆き悲しむことか。


「目的を誤らないで。あなたが一番にしなくてはいけないことはなに?」

「それは、」


 影の中で、自分の手を握って見上げて来た貴婦人の微笑みが見えた気がした。

 その笑みは、心の奥に大事にしまい込んでいたあの人の微笑みにも似て。



「あの子を、どうか」

「……言われなくても……っ」


 あの人だけは私が守る。

 その声が聞こえたのだろうか。目の前に広がっていた影が次第に小さくなっていく。骸骨たちの呻きも徐々に小さく、それなのに、祈りを捧げるような歌声だけはいつまでも耳に残り続ける。


 そして。


 そのアリアも聞こえなくなった頃、影は消え失せていた。



             挿絵(By みてみん)




「……邪魔が入ったな」


 その声にグラウスは声の発した男を睨みつけた。

 消え失せた影の向こうに発生源が立っている。危機はまだ脱してはいない。 


 紅竜は再び両手を手を閃かせた。1度。そしてまだ1度。

 しかし何も起こらない。

 忌々しげに、


「ただの人間の分際で魔力を封じるなど、死して超常の力でも得たか?」


 と呟いたあたり、どうやら影を出すことはできないらしい。

 それが彼の不調によるものなのか、それとも本当に超常の力が働いているのかは知らないが。


 人間というのはときに不思議な力を発することがある。

 母子が土砂崩れに巻き込まれた時、その母親は親族の枕元に立って我が子の埋まった場所を知らせてきたと言う話も聞いたことがある。

 偶然だ、オカルトだ、作り話だと一笑に付して終わることは簡単だけれども、自分の子供を守りたいと願う、その想いの強さが奇跡が起きたのだと……今回のこともそうだと信じたい。

 そして私は、その奇跡を無駄にはしない。



「ふん。運のいい男だ。1度目は青藍に、2度目は第二夫人に助けら、」


 紅竜が全部言いきらないうちにグラウスは地を蹴った。折れたのは右前足。人化すれば右腕だ。狼の状態で駆けることはできないが、人の姿(2本足)でなら可能。

 速度は落ちる。失敗すれば後はない。


 でも。


 走りながら術を唱える。折れた右腕が氷の刃と同化する。


 一撃で仕留める。

 グラウスは上着のポケットを上から押さえる。その中にあるのはあの人からもらった耳飾り(イヤリング)。この耳飾り(イヤリング)が導いてくれた。守ってくれた。

 あの人は、いつも私の(そば)にいてくれたんだ。


「小賢しい真似を!」


 紅竜が腕を(ひらめ)かせた。

 その手から勢いよく水が(ほとばし)る。

 グラウスは右腕を伸ばした。

 水が右腕に吸い込まれるように巻きつき、凍りつく。

 さらに長く伸びた刃を、グラウスは紅竜の胸めがけて突き立てた。


 

 刺し貫いたはずだった。

 長さからいっても、伝わって来た感触からしても。

 しかしそれならあれは何だ。 

 グラウスは息を弾ませたまま、再び間合いを取る。


 紅竜の胸に、自分が付けた傷がある。

 ぱっくりと開いた傷口は深く、そして黒く。だが、その傷口から噴き出したものも黒い霧状のもの。



 血ではないのか?


 防御のほうが勝っていたのだろうか。致命傷にはほど遠いのか。血の一滴すら流させることができなかったということなのだろうか。

 傷口から噴き出したものは血ではなく黒い霧。それは(したた)ることもなくあたりに広がっていく。



 ……それなら2度3度と攻撃するのみ。

 影を止めてくれた第二夫人のために、そして青藍のためにも自分は此処で紅竜を止めなければならない。



 ”このまま自分が消えれば事態は確実に変わるだろう。紅竜も元の兄に戻るだろう。”


 それは全て推測の域を出ない。

 幾多の蔓に絡み取られて(はりつけ)にされていた青藍を、それを地べたに叩きつけた紅竜を思う。自分がいなくなっても、あの兄が変わらなかったら。それでは悲劇は止まらない。


 グラウスは紅竜との距離を測る。

 血が出なかったとは言え、多少は効果があったのだろうか。紅竜は攻撃をしてこない。

 しかし周囲に漂う黒い霧の正体がわからない以上、迂闊(うかつ)に近寄るのは危険だ。あの色は影と――骸骨たちを封じ込めていた、そしてルアンを呑み込んだ影と――同じ色。

 

 自分は長くはもたない。

 できることなら青藍を連れて撤退したほうがいいが、右腕の折れた状態で彼を連れて逃げることなど不可能だろう。

 せめて青藍の意識があれば、自分が止めている間に逃がすことができるのに。

 いや。


 この際、相討ちでいい。

 この世から紅竜がいなくなってくれれば、そうすれば……。




 グラウスが1歩足を踏み出したその時、爪先を封じるように何かが飛んできた。

 地面に突き刺さったそれは鋭利な……氷の結晶のようなもの。限りなく透明で、それなのに中でなにか煙のようなものが渦巻いて見える。


 此処へ来て増援か!?

 グラウスは警戒するようにあたりに気を放つ。

 ここはメフィストフェレスの墓所。血縁者以外が立ち入ることは禁じられている。しかし、自分のように踏み込んで来る者がいる以上、他の誰も入り込むことができないとは言えない。


 どうする。

 もし増援なら勝てる可能性はさらに下がる。

 葬儀は終わっている。何時(いつ)まで経っても帰って来ない当主兄弟に、不審がる者も出てくる頃だろう。




「……犀」


 紅竜が低く呟く。

 犀。この城の執事長の名だ。そう言えば帰ってきているようなことをアイリスが(ほの)めかしていた。

 青藍は随分と信頼しているようだったが、この城の執事ということは紅竜の下にいるということ。

 つまりは、敵。



 紅竜は振り返りも見回しもしないまま、声を上げた。


「どういうつもりだ?」


 顔はグラウスのほうを向いている。目もグラウスを見ている。

 もしかして犀は自分の背後にでもいるのだろうか。

 そう思ったが気配は感じない。何より、紅竜がこちらを見据えている以上、奴から目を離すことはできない。



「……そのお言葉はそっくりそのまま返させて頂きますよ、紅竜様」


 何処(どこ)からか声が聞こえる。

 気配がまるでしないのに、犀は何処にいるのだろう。


「私はまだ時期尚早だと、そう申し上げませんでしたか? 急いては事を仕損じる、と言うでしょう?」

「そう言ってもう何年になる! 貴様はいつもいつも……!」 


 声を荒げた紅竜は、しかし諦めたように肩を(すく)めると、


「……まぁいい。本当の地獄はこれからだ」


 と誰に当てたとも知れぬ呟きを発し、身を(ひるがえ)した。

 それはまるで悪戯(いたずら)が見つかった子供にも似て、今しがたまで自分を殺そうとしていた彼とはまるで違う。



 何故(なぜ)

 何故攻撃を止めた?


 致命傷すら負わせられなかった。このまま戦ってもこちらが勝てる可能性は低かった。

 25年もの間、自分を敵視し続けた紅竜がとどめを刺す契機を見逃すはずがない。それなのにその手を止めさせる犀という男は……。


 予想外の行動に毒気を抜かれたグラウスが我に返った時、既に紅竜の体は黒い霧に覆われ、煙のように霞んで消えるところだった。


「ま、待て!」

「ここで追うのは自分を過信する馬鹿だけです」


 追おうとしたグラウスを犀の声が制する。

 ズズ、と引きずる音が聞こえる。

 慌てて青藍のほうを見れば、周囲にいた蔓が粛々と地中に潜り込んでいく。


「そして追うというのなら、我々はあなたを敵として扱わねばなりません。……わかりますね?」


 犀の声がグラウスの耳を抜けていく。

 しかしグラウスの意識は地中に消えていく蔓から離れることができないでいる。


 あれは何だ?

 犀に従っているのか? それとも紅竜が引いたから引き下がっただけなのか?

 彼らはいったい――。



「坊ちゃんはもうしばらくあなたに預けておきます。大事にして下さいね。花が咲くまで」


 そんなグラウスをどう思ったのか笑いの混じった声をひとつ残すと、それきり、犀の声も聞こえなくなった。



 後に残されたのは嘲笑と、何時(いつ)までも溶けない結晶の刃が1本きり。


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