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魔王様には蒼いリボンをつけて  作者: なっつ
Episode 9:薔薇の葬送
170/626

32 【薔薇の葬送・6】


※BL系凌辱未遂描写があります。


著作者:なっつ

Copyright © 2014 なっつ All Rights Reserved.

掲載元URL:http://syosetu.com/

無断転載禁止。(小説家になろう、taskey、novelist、アルファポリス、著作者個人サイト”月の鳥籠”以外は全て【無断転載】です)


这项工作的版权属于我《なっつ》。

The copyright of this work belongs to me《NattU》。Do not reprint without my permission!


挿絵(By みてみん)




 部屋を飛び出し、気がつけばグラウスは墓所に足を踏み入れていた。


 整然と等間隔に並ぶ墓標は形すら揃えられ、その全てに鳥の紋章が刻まれている様は、それがただの印ではなく死者を封印するための(くさび)の役割を果たしているのではないか、とすら思えてくる。

 (いにしえ)から連綿(れんめん)と続く、血統に(こだわ)る大貴族。

 青藍並みの魔力を持つ者はさすがにいないだろうが、この土の下に眠っている誰もがその名に恥じぬ能力を持っていたであろうことは伺い知れる。死者蘇生の術が存在するのなら、最強の兵団が作れるに違いない。


 この墓所には一族以外の者は足を踏み入れてはいけない。

 だからだろうか。人の姿はないのに、四方から見られているような……責められているような視線を感じる。



 入れ違いに帰ってしまったのか。見渡しても、青藍も紅竜も見えない。

 自分(グラウス)が通って来た道は最短距離であるというだけで迂回する道は他にもあるし、25年前に鳥と耳飾り(イヤリング)に導かれるようにして通った道――隠し通路と呼べばいいのか――と同じものもきっとあるだろう。すれ違わずに来てしまった確率も決して低くはない。


 しかし。


 青藍はまだ此処(ここ)にいる。

 そんな気がする。



 何処(どこ)までも続く墓標の間をグラウスは進む。

 1歩目を踏み入れてしまった以上、何処まで入り込んでも(とが)められるのは同じ。

 ルアンの消滅を目の当たりにした今、1秒でも早く青藍を捕まえてこの城を出たい。



 あれは何だったのだろう。


 少しでも考えることを止めると、あの光景が脳裏に蘇ってくる。

 影に呑み込まれる級友の姿が。 

 まるで生きているような……意思を持っているような動きだった。しかし暗かったから、というのを言い訳にしても、あの影は生き物には見えなかった。


 あれは影だった。

 厚みもなくルアンの上に落ちている、ただの影だった。

 彼が体を揺らして笑うたびに、同じように揺れていた。


 それなのに。

 あの「ただの影にしか見えなかったもの」はルアンを一瞬のうちに包み込み、何処かへ消し去ってしまったのだ。



 心と頭を占めるのは、得体の知れない恐怖。

 均等に並ぶこれらの墓標の影も同じように襲い掛かってくるかもしれない。こうして踏み込んだ足を呑み込むかもしれない、という、いつもなら一笑に付してしまうような考えをどうやっても拭い去ることができず、気がつけば影を踏まないようにして歩いている。

 

 早く。

 早く此処を出よう。

 あの影が何か、なんてことは後から考えればいいことだ。だから、



『――――……!』



 刹那、悲鳴のような鋭い痛みが脳を貫いた。

 声ではなかった。脳に直接響いたように突然聞こえて……その後はもういくら耳を澄ましても聞こえてはこない。


「今の、は?」


 血が逆流するような(あせ)りがせり上がってくる。

 気持ちに押されて、足は次第に早くなる。



             挿絵(By みてみん) 



「お早いお着きだな、執事くん」


 その場所でグラウスを出迎えたのはこの城で最も会いたくない男だった。

 こんな場所に埋められたのは第二夫人が生粋の魔族ではなかったからなのか、と邪推してしまうほど閑散としたその場所は、墓所の最奥、敷地の外れに位置している。城塞のような壁がすぐ目の前に迫っているためか全体的に影で覆われていて、ルアンの惨劇を見た後では薄気味悪さしか感じない。


 そこに今までの墓標とは違う、黒い十字架状のものが立っていた。大きさは人の背くらいあるだろうか。紅竜はその前に立ち、招かざる侵入者( グラウス )に呆れとも軽蔑とも見える冷笑を浮かべている。


「此処が立入禁止だと知ってて入って来たのかい?」


 グラウスは答えない。黒い(はりつけ)を凝視している。

 これはただの造形物(モニュメント)ではない。

 よくよく見れば黒い蔓が絡みつき、固まったものだとわかる。そして造形物(モニュメント)であれ、ただの蔓の塊であれ、それだけなら悪趣味な置物、と思って終わりだったのだが。


「こう何度も禁忌を犯して来るとは、きみ、馬鹿だろう?」


 ……見えてしまった。

 蔓に絡まって(うず)もれている()を。

 あれは。

 

「青、藍……様?」


 間違いない。青藍はあの中にいる。

 そしてその前に立っている紅竜は、決して「助けるため」にそこにいるのではない。


 ズズ、と蔓が(うごめ)く。

 その音は、この城に来て以来ずっと聞こえていたあの引き摺る音そのものだ。

 あれは……あれがずっと自分たちの周りにいたのか? やはり青藍を狙っていたのか?

 


 駆け寄ろうとしたグラウスだったが、だがしかし、足下(あしもと)を黒い蔓が払った。

 転倒しかけたところに、追い打ちをかけるように次々と蔓が襲い掛かってくる。四方八方から矢のように飛んでくる蔓を(なか)ば転がるようにして避けると、それはつい今しがたまでグラウスがいた場所にグサグサと音を立てて突き刺さった。

 身に刺さればただでは済むまい。グラウスは()()うの(てい)で蔓の攻撃範囲から遠ざかる。


 蔓は青藍を捕らえている十字架と繋がっているのか、距離を取れば追いかけては来ない。

 しかしそれでは何時(いつ)まで経っても青藍の元へは辿り着けない。



 一気に距離を詰める必要がある。

 グラウスは体勢を立て直し、息を整える。距離が離れたことで蔓の勢いが(ゆる)まった隙を突き、地を蹴った。


 だが。


 目の前の地中から、何本もの蔓がグラウスの行く手に立ち塞がるように飛び出してくることまでは予想していなかった。

 いや、目の前だけではない。両脇も、背後も。

 一瞬のうちに蔓は檻と化し、グラウスを取り囲んだ。


「くそ……っ!」


 引きちぎろうにもびくともしない。

 先ほどまで植物の蔓の(ごと)く柔軟にうねっていたのに、今は鉄のようだ。切ることも、折ることも、曲げることも叶わない。無論、抜くことも。

 ならば上って越えればいい、と見上げると……心を読まれたのだろうか。無数の蔓が(またた)く間に上空を覆い尽くした。



(けだもの)の貴様には檻が似合いだ。そこで見ているがいい」


 檻を挟んだその先から、紅い目が自分(グラウス)を見据えている。


「……今から小鳥に罰を与えるところだ」


 紅竜の声に、十字架がちぎれ飛んだ。

 中に閉じ込められていた戒めを解かれた体は、そのまま地べたに叩きつけられる。

 ただでさえ白い頬は青みが増し、首や手足に巻き付いたまま残っている蔓の隙間からは赤い血が滲み。(うつ)ろに半分開いたままの目は何も映してはいない。

 


 生きているのか?

 グラウスは檻を両手で掴んだまま、固唾(かたず)を呑んで見つめる。

 



「起きろ」


 その声に、死んだように動かなかったその人がゆっくりと身を起こす。

 無事だったのか、と、1度はほっとしかけたグラウスだったが、その目の色には愕然とした。

 赤みの濃い紫。

 それはいつもの青藍の色ではない。魔王と化している時の色でもない。

 あの色は……。


「青藍様、」


 グラウスが呼びかけても聞こえないのだろうか。まるで反応しない。

 だが。


「目を覚ませ、青藍」


 グラウスの声に反応しなかったその人は、兄の声に、天空から垂れ下がる糸に操られているかのようなギクシャクとした動きで顔を上げた。


「……兄、上」


 一昨日のあの夜を思い出す。

 あの夜と同じ目。

 あの夜と同じ台詞(セリフ)

 あの夜も――。

 


 紅竜は足元に座り込んでいる弟を見下ろす。


「野良犬にも聞かせてやるといい。お前は、誰のものだったかな?」

「わ、たしは……」

「青藍様!!」


 グラウスの悲鳴のような声に、青藍の口が止まった。



 ……声が、届いた?

 しかし、そんなグラウスの期待を踏みにじるように紅竜は身を屈めた。

 壊れた機械のように音を途絶えさせてしまった弟に、兄は(ささや)く。


「いけない子だ。また忘れてしまったのかい?」


 青藍は動かない。

 紅竜は檻の向こう側で手をこまねいているグラウスを一瞥し、それからもう一度弟のほうを向いた。

 黙ったまま座り込んでいる弟の顎を捉えて顔を近付ける。



『兄貴の前じゃ大人しくしてたくせに』



 あの夜に何があった?

 離れていた間に何があった? 何をされていた?

 ああ、でも。

 このままでは――。



「お前が誰のものでもないように見えるから馬鹿が湧く。恋心を抱くのも、己の野心のために利用しようとするのも、お前に隙があるからだ。お前の中に流れる売女と同じ血が、そういう(やから)を呼び寄せる。だが、お前は」


 だらりと下がったままになっていた青藍の手が持ち上がる。

 目は相変わらず兄を見つめたまま、指先で兄の唇をなぞり、そのまま両手で頬を覆う。



 その姿に一昨日の夜が重なった。

 同じだ。自分(グラウス)を前にした時のあの人と。

 ということは、やはりあの時は――。


 あと数センチで唇が重なりそうなほど近いその距離は、(はた)から見れば恋人同士にしか見えない。

 でも違う。あれは青藍の意思ではない。


 そして一昨日の行為も……青藍の意思、ではない。



「やはり血は争えないな」

「無理やりさせているのはあなたでしょう!?」


 今の青藍は紅竜に操られているだけ。

 操られて、心を奪われて、本意ではないことをさせられているだけ。


「無理やり?」


 紅竜はふいに弟の身を掻き抱くと、その身を地べたに押し倒した。

 手が青藍のリボンタイを解く。シャツのボタンをひとつ、またひとつと外していく。


「こういうこともできないでただ馬鹿面をぶら下げていた男に言われる筋合いはないだろう? こういうことも、その先も」


 襟元が開かれ、白い首元が露わになる。


「後生大事にしまっておいたところで、これは貴様のものではない」

「あなたのものでもないでしょう!? 青藍様は、”もの”なんかじゃない。傷つけて、心を奪ってもいいはずがない! だから、」

「ああ、名前が書いてなければ所有者はいない、と、そう認識するタイプの馬鹿だったかきみは」


 紅竜は身を屈めるとその首元に唇を寄せた。


「本にも衣服にも記名しなければ奪われてしまう環境の育ちではないのでね、失念していたよ。我々上級貴族はきみらとは違って記名する習慣がないんだ。名など書かなくとも誰も持って行きはしないからね。

 ……だが、そうしなければわからないというなら仕方ない」


 青藍の体が痙攣(けいれん)するようにひとつ跳ね、口からは引きつるような息が漏れた。


「やめろぉぉぉぉぉっ!!」


 駄目だ。

 檻の中からいくら叫んだところで事態は変わらない。

 何をする気だ。

 何を見せる気だ。こんな場所で。自分の目の前で。

 

「畜生! 畜生、畜生……っ!!」


 グラウスは檻を掴み、ガシガシと揺する。

 紅竜のことだ。自分(グラウス)を煽るためなら青藍に何をするかわかったものではない。

 それに「罰を与える」と言っていた。あれだけ傷つけてもそれを罰と呼ばないのなら、奴の言う「罰」は他にある。

 罰とは?

 体を傷つけるだけでは飽き足らず、心にまで傷をつけるつもりなのか。尊厳を砕くことか、生きることを諦めてしまうようなことか。あれ以上に。……あれ以上に!


 どうしたら。どうしたらいい。気ばかり焦って頭が回らない。



 紅竜は囁く。


「……青藍。お前は私のものだ。私のものになると誓いを立てた。そうだろう?」

「は、い。兄う、」


 その時。

 ふたりの間を割くようにして銀狼が転がり込んできた。

 兄は狼を避けるように飛び退き、その手を離れた弟の体は壊れた人形のように仰向けに倒れた。 


 狼は青藍を守るように紅竜の前に立ち塞がる。

 唸り声を上げる。

 怒りのせいだろう、全身から白い冷気が立ちのぼっている。




 紅竜はそんな狼の怒りなど興味はないとばかりに、今の今まで侵入者を捕えていたはずの蔓の檻のほうに目を向けた。

 侵入者が握り締めていた箇所であろう2本が凍りつき、砕かれている。



「闇の檻を壊して来るとは随分乱暴だね」


 この蔓の強固さについては紅竜は誰よりも知っている。

 モルフェリンドライト(こう)でできた鎧すら貫く蔓は、一介の執事風情がどうこうできるものではない。メフィストフェレス本家の元陸戦部隊長であった男ですら、この蔓の前には屈したのだ。

 それなのに。


「獣化というものを甘く見ていたようだ。だが本来の力を十二分に出しているとはいえ、貴様もただでは済むまい。噛んだか体で当たったかは知らないが」


 狼の口端からは血が滴り、立っている姿もぎこちない。

 檻を壊すために牙と骨を持って行かれていることは間違いない。



「そんなに大切かい? そのご主人様は」


 狼はそれには答えず、紅竜に踊りかかった。

 避けられても即座に体を(ひね)り、腕に牙を立てる。

 紅竜は腕を振り払った。


「下級の分際で!」


 僅差(きんさ)で腕を持っていかれることだけは免れた紅竜は、初めて狼に憎悪の目を向けた。




 振り払われた狼は地面に着地し、ちらりと背後を見た。

 そこにはぐったりしたまま動かない青藍がいる。

 ちぎれた蔓が腕にも首にも食い込むように巻きつき、血が滲み出している姿は見るからに痛々しい。


 酷いことをする。

 魔力が高いとは言えこの人は優し過ぎる。ずっと慕っていた実の兄相手に全力では戦えないだろう。

 いや、戦う気など(はな)から持ち合わせてなどいないかも知れない。誰ひとり味方のいないこの城で唯一自分に目をかけてくれた相手を、ただ素直に慕っていた。

 だからこそ。

 その想いを利用して傷つけたこの兄を許すわけにはいかない。


 ……あなたが奴のことを好きだと、知っていても。

 自分が奴と戦うのは無駄なことだとわかっていても。




 狼の全身から白い気が立ち上っていく。

 氷の飛礫(つぶて)が宙に現れた。

 飛びかかった狼の動きに合わせて飛礫(つぶて)が紅竜に降り注ぐ。

 怒りを表すかのように尖ったそれは、容赦なく紅竜の頬をかすめ、衣服を切り裂き、肉を突き刺した。



前回に引き続き少しだけtaskey様版、novelist様版と違います。

表現がマイルドになったと言うか、注意書きには凌辱未遂とありますがとてもそこまで行ってません。

削りました。


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