30 【薔薇の葬送・4】
※挿絵があります。
著作者:なっつ
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時計の針が時を刻む音が聞こえる。
同じ調子で繰り返されるその音が、自身の心臓の音に重なる。
空の色が次第に暗くなってきても、青藍は帰って来ない。
予定の30分はとうに過ぎたが家族葬はまだ終わらない。参列するのは近しい親族だけだし、城内の墓所だから暫定的な終了時刻でしかないのかもしれない。青藍も次に戻って来るのは早くて1年は先だろうから、別れ難いものもあるだろう。早く終われとは言えない。
しかし帰れるだろうか。体調が優れないという理由で隔離してきた紅竜のこと、すんなりと青藍を帰してくれるとは思えない。
アーデルハイム侯爵の屋敷から抜け出した時のように、窓から飛び降りる事態も想定しておいたほうがいいだろうか。荷物を預けた辻馬車を門の外に待機させておく……まではやり過ぎかもしれないが、追手を寄越されることも考えればやり過ぎなくらいで丁度いい。
……自分たちは葬儀に参列するために来ただけなのに。
無意識のうちにまた溜息をつきそうになって、グラウスは口を噤んだ。
帰るまで気は引き締めておかないと。自分は青藍をノイシュタインに帰すためについてきたのだ。この使命は成功させなければならない。
家に帰るまでが遠足、という諺もあるじゃないか。
することがないと言えどもいつまでも外を眺めて呆けているわけにもいかない。荷物でもまとめて来るか、とグラウスは窓から目を離した。その時。
「今日も怖い顔してんな」
何時からそこにいたのだろう。ルアンが隣にいる。
印象が違う、と思いかけて……すぐに思い当たった。目にかかりそうなほどだった前髪をばっさりと――切りすぎだろうと思ってしまうほど――切っている。
「……随分とさっぱりしましたね」
内心、執事よりもホスト向けではないか、と思っていた髪型だった。
さすがに当主や同僚に注意を受けたのだろう。その髪型のせいで浮ついているように見えてしまうのは彼にとってもマイナスでしかない。
当主の機嫌を損ねれば命にかかわる危険があるが、悪目立ちすることがなければ給金の支払いも待遇も悪くはない城。執事業に本腰を入れる気になったのなら良い傾向だろう。
しかしルアンはグラウスの問いには答えなかった。
今の今までグラウスが眺めていた窓に目をやったかと思うと、硝子に拳を叩きつける。割れはしなかったが、ガン! という音はがらんとしたホールによく響いた。
「血は争えねぇってよく言ったもんだよな。あの顔で当主まで手玉に取ってるんだぜ?」
「は?」
何の話だ? いや、聞かなくてもわかる。
この男が自分にちょっかいをかけてくる時はたいてい青藍絡みだ。
「噂には聞いてたけど、実際に見ると呆れるを通り越して笑えて来るよな。貴族だろうと涼しい顔で処分しちまう紅竜様が弟にだけはメロメロだ。もうずっと手元に置いてかわいがってたんだろうなぁ」
見た目を変えたところで本質まではそう簡単に変わらないものなのだろうか。
いや、いくら何でも昨日の今日で劇的な変化を期待するほうが間違っている。この男のことだから、最後の最後に悪口で心を乱そうとしているのだろう。
手を上げれば執事不適合のレッテルを貼られて青藍から引き離されるのがオチ。そうして追い出す算段なのかもしれない。
どうせ数時間もすればこの男と顔を合わせることもなくなるのだから、聞き流しておけばいい。
グラウスはルアンから視線を外そうとして……硝子に映る自分の姿に違和感を覚えた。
襟元。
いつもそこにつけているはずの徽章がない。
いつなくしたと言うのだろう。あれは自分と青藍とを繋ぐ証。
落とすような真似はしないし、そう簡単に落とすものでもない。
さりげなく足元を見回してみる。が、見当たらない。
何時なくした?
今朝は、ついていただろうか。昼は? アイリスのいた部屋で寝かされている時、上着は脱がされていた。その時に外れたのか? 外されたのか? それとももっと前、地下で昏倒していた時か?
後頭部に手をやる。
そういえば何故殴られたのだろう。
蘇芳は自分が命を狙われている、と言った。ケルベロスをけしかけられもした。
だが、本当に消すつもりなら昏倒している間にいくらでも手を下すことはできたはずだ。
引き離したところで青藍はこの城にいるのだから、自分が目を覚ませばノイシュタインに連れ帰ることは可能。解決策にはならない。
では。他に昏倒させる意図は……?
「何かお探しかい?」
そわそわと目を彷徨わせているのが挙動不審に見えたのだろうか。窓を背にしたルアンが尋ねてくる。
「いえ」
言ったら一緒になって探してくれるだろうか。
いや、主人から賜ったものを失くすなんて、と馬鹿にされて終わりだろう。下手すれば帰ってきているらしい執事長に報告される。
名目上はノイシュタイン城付きと言っても、自分の就任を許可したのはその顔も見たことがない執事長だ。当主の弟君の傍に置いておくには相応しくない、と任を解かれるおそれは十二分にある。
「別、に……」
グラウスは言いかけて止まった。
地下で昏倒したあの時、傍にいたのはこの男。その性格を考えれば再会した時に、あの時は大変だったろう。悪運の強い奴だ、などと振って来るはずだ。
それなのに何も言ってこないのは。
それこそが彼が加担している、という証拠ではないのか?
「……私の徽章を御存じですか?」
ふと頭をよぎった推測。
それがもし本当なら。
「何で俺が知ってるって思った?」
そして、級友であった男は否定をしない。
何故、殴られた?
何故、殺されなかった?
それは、自分を殴った目的が「殺すこと」ではなかったからではないのか?
「あの時、青藍様が呼んでると仰ったのは嘘だったんでしょう?」
「察しがいいね、首席卒業生様は」
かつての級友は、毒蛇のようにニタリ、と笑う。
「ケルベロスにひと思いに噛み殺されちまえばよかったのに。……貴族のぼんぼんのくせに執事になりたいとか馬鹿じゃねぇのって思ってたけど、大人しそうな顔して野心家だよ、お前は」
「何のことです?」
「しらばっくれてんじゃねぇよ。世間知らずのお姫様に取り入って、いずれはメフィストフェレスを乗っ取るつもりなんだろ?」
何を言っているのだろう。「お姫様」は大事だが、その家のほうには何の興味もない。関わり合いにすらなりたくない。
それは失恋した今でも変わらない。
「あれもとんだお姫様だよな。母親の血を継いでるんだからしょうがねぇけど」
第二夫人のことを売女と称した紅竜が使用人の前で同じ発言をしないとは言えない。しかし夫人は前当主を色香で誑かしてその座を得たわけではないし、青藍とて多少人より目を惹く容姿に生まれついただけで、そのような中傷を受けるいわれはない。
聞くに堪えない暴言だ。
そこまでして自分を怒らせたいのか、とグラウスはルアンに目を向け……
「……顔に怪我を?」
髪を短くしただけではないことに気がついた。
短くなった前髪で隠そうとはしているが、額や頬に火傷らしき跡がある。
ルアンは傷痕を指摘されると口元を歪ませた。憎悪としか言いようがない感情が目に宿る。
根拠のない暴言だけなら聞き流すつもりだったが、こんな傷を作って、青藍を悪く言って……それは。その意味は。
「ムカつくんだよ。俺のことを拒絶したお姫様にも、お前にも」
まさか。
この火傷は。髪を短く切った理由は。
……青藍の攻撃を受けたのか?
「くっそ、何が魔力封じの結界だよ。全然封じてねぇじゃねぇか。兄貴の前じゃ大人しくしてたくせに」
言いながらまた、ガン! と硝子を叩く。物に当たり散らしているのは明白だ。
魔力封じの結界?
グラウスは黙ったまま級友の言葉に耳を傾けた。魔族にとって魔力を封じられるということは、剣士から剣を取り上げること、もしくは拳闘士にとって四肢が動かせなくなることに等しい。
もしルアンが青藍のことを言っているのなら……稀代の魔王の攻撃を警戒する必要があるのなら、事前に魔力を封じる結界を張っておくくらいはするだろう。
でも何のために。
青藍は初日の酔っ払いのように場所も弁えず攻撃魔法を繰り出すことはない。それどころか、相手が勇者だったとしても、極力、魔力は使わないようにしている節すらある。
その人が攻撃せざるを得ない状況にまで追い込まれたとしたら、それは何故か。
そしてこの男が顔面で炎を受けるほど近くにいた理由とは。
「……徽章を何処にやったんです? あなたには必要ないものでしょう?」





