26 【獣・3】
著作者:なっつ
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「ホント、ゲートを開けてくれればもっと頻繁にメンテナンスもできるのに。ねぇ」
スノウ=ベルはだるそうに懐中時計に腰掛けた。
メンテナンス疲れだろうか。メンテナンスをしていたのは時計「だけ」のはずだから彼女が疲れる理由など何処にもない。グラウスの心情としては寝ていてくれても一向に構わないし、むしろ一生起きて来なくてもいいくらいだけれども、残念なことに時計に戻るつもりはないようだ。
この口から生まれたようなお喋り娘にとって、時計技師が話し相手になってくれるわけでもないメンテナンス期間はよほど暇だったのだろう、と推測する。
「ゲート?」
そしてもうひとり。こっちの小娘も舞台から去るつもりはないらしい。
アイリスは戻って来ると椅子を引き寄せてグラウスの傍らに座り込み、爛々とした目でスノウ=ベルを凝視している。彼女の家柄ならライン精霊など珍しくもないだろうに居座る気満々で……これはこれで気が重い。
親が待っているんだろう? 帰りなさい。
と、言いたいがこれでも一応は貴族令嬢と執事の間柄。身に染みついた身分格差の制約は喉から出て行こうとする言葉を片端から絡げて閉じ込めてしまう。
お目付け役は、と目で探してみたが、こんな時ばかり先に行ってしまったのだろうか。蘇芳の姿は何処にもない。
ゲート、というのは魔法で遠距離をつなぐ通路のこと指す。
次元を歪めてつなぐその魔法は、馬車で数日かかる距離をも一瞬で超えることができる。魔具と呼ばれる媒体を介すため、個々の魔法属性には関係なく発動できる、というのも便利な点だ。
それだけに魔具自体は簡単に手に入る代物ではない。有り体に言ってしまえば庶民にはまず手が届かない。
そして便利すぎるが故に問題もある。
つながれば簡単に城の内部にも入り込めてしまうのだ。どれだけ高い城門を設置しても、どれだけ兵士を配備しても、全て意味をなさなくなってしまう。防御の点から見て危険極まりないという理由で、今や大半の貴族の城はゲートをつないでいないのが実情。宝の持ち腐れとはまさにこのことだろう。
もちろんノイシュタイン城も、魔王が滅ぼされた際に勇者がそのまま魔界にまで乗り込んで来ることがないよう、つなぐことは許可していない。
だからこの10年、青藍らの移動手段は馬車であり、迂闊にもそんな便利な存在があることはグラウスの頭の片隅にも残っていなかった。
「メンテナンスのためだけに言ってるんじゃないんですよ? 結婚式なら前もって日取りが決まってるんだからいいだろうけどさぁ、葬儀なんて急に来るんだから、そういう時くらいゲート開けてもいいと思うのよ。そうすればこんな何日も延々と葬儀やる必要もないし。そう思いません?」
『何故こんなに何日もかかるのだろう。地元ならもっと短時間で偲んで終わったはずなのに――』
スノウ=ベルの説明のような愚痴でやっと合点がいった。
何故何日もダラダラと葬儀をする必要があるのか。葬儀とは口実で、ただ単に宴を開きたいだけではないのか? 何故誰も何も言わないのだ……と思っていたアレは、遠方からやって来る参列者のための期間だったわけだ。
同じ魔界なら、かかっても数時間。人間界からでも近ければ一晩馬車に揺られる程度で辿り着ける。だが海の向こうとなれば数日はかかるだろう。
ゲートなどという便利アイテムがない人間界ではそういった場合、欠席を選ぶことのほうが多いが、魔界にはそのアイテムが存在する。こんな時だからこそ使いたいという声も多かったのではないだろうか。
「そんな便利なものが……」
きっとこの城にもあるだろう。
しかし使わなかった。それは他家との関係が上手くいっていない証拠かもしれない。
この家は紅竜の代になっていきなり伸し上がって来たから、古くからの貴族たちはは好ましく思っていないだろうし、表向きは友好関係にあるように見えても、兵隊をごっそりと送り込まれかねないゲートはつなぎたくないに違いない。
「えー? もしかしてグラウス様、知らなかった? 青藍様から聞いてない?」
聞いていない。
と言うより仲違いして以来ずっと口をきいていない状態では説明のされようもない。
そう。時計のメンテナンスのことも、葬儀のことも、ゲートなんてものがあることも。実母の突然の死で内心では動転しているであろう青藍にそれを求めるのは酷だとわかっているが、それでもスノウ=ベルですら知っていることを教えられていないというのは、なかなかにショックが大きい。
「……よっぽど信用されてないのね」
「うっ」
「まぁ、あーんなことやこーんなことをしちゃったら信用なんてなくすわよねぇ」
そしてこの小娘は傷口に塩と辛子を塗りたくってくる。
本当に見たのか!? 何処まで知ってるんだ! と掴んで吐かせてしまいたいが、第三者がいる前で軽はずみな行動をとるのは危険だ。
好意的には見えるが紅竜の息がかかっているかもしれないアイリスに、自分が青藍に対してしでかしたことを知られるわけにはいかない。息がかかっていなかったとしても、知られたら恥ずかしさで死ねる。
針の筵に座らされているような心境で、グラウスは横目でアイリスを見下ろす。
と。
「頑張ってね執事さん。私、応援してるから!」
アイリスは両手を握り締めると、「頑張って下さいね!」とばかりのポーズでグラウスににじり寄って来た。
「あの、な、何を?」
「愛っていうのは障害が多いほうが燃えるんだって本に書いてあったわ!」
「は!?」
何だそれは!? と言うか何故それを!?
お嬢様の目が燃えている。炎が見える。反するようにグラウスの心の中は凍りついていく。
……察したのか?
今のスノウ=ベルとの会話で察してしまったのか? あの仙人のようなウサギを頭に乗せて歩いているうちに、相手の心を読む技を会得していたとでもいうのか!?
いや!
スノウ=ベルはかなりボカして喋っていた。だから自分もそれが一昨日の淫行を指しているのか確証が取れなかったのだ。それを2回しか会ったことのない、それも1回目は話すらまともに交わしていないこんな子供に気づかれてたまるか。
ああ、しかし思い返せばルアンも意味深な顔を向けて来ていた。もしかして、思っている以上に自分は感情ダダ洩れ状態で歩いているのだろうか。
でもそれなら、10年も気がつかないあの人はいったいどれだけ鈍いと言うのだああああ!!
叫びたい。しかし叫んだところで聞いてほしい人にだけは届かない。「世界の中心」なんて得体の知れないところで叫んでも伝わる猛者だって世の中にはいるというのに。
なんかもう理不尽すぎて涙が出てくる。
「アイリス、帰りますよ」
そんな(ひとりだけ)気まずい空気が漂う中、ふいに扉が開いた。蘇芳が戻って来たのかと思いきや、顔を出したのは一昨日アイリスを連れて行った中年女性。
前に見た時は平凡すぎて記憶に残りにくい顔だと思ったが、こうして明るいところで見れば髪の色も面立ちも何処となくアイリスに似ている。やはり血のつながりがあるのだろう。
しかし魔族の、それも由緒ある家に嫁いでくるのだから彼女もそれなりに名門の出であろうのに、魔族の標準装備とも言える華やかさに欠けるのは、生気のない表情のせいだろうか。
そもそもアイリスや蘇芳にしろアーデルハイム侯爵にしろ、キャラの濃すぎる人々と比べるのが間違っているのかもしれないが。
「何時までも入り浸っていては紅竜様にご迷惑です。さあ」
「はぁい」
促す婦人に生返事を返し、アイリスは立ち上がる。
「……全く。紅竜様、紅竜様って、信者みたい」
と、婦人に聞こえないほどの小声で呟きながら。
そうだ。
何故、記憶に残らないか。
彼女は自分を見ていない。関心がないだけのかもしれないが、彼女の目はいつも紅竜に向いている。紅竜がいなくても紅竜の動向を気にしている。それは父親からも感じた。
夜会で紅竜の後を付き従うように歩いていた来客たちを思い出した。
紅竜の所業に異を唱えることもなく、それどころか、ひとがふたりも殺されるかもしれないのに何の感情も見せず、ただ黙って肯定するだけの人々。アイリスの両親も彼らと同じ臭いがする。
『信者みたい』
これも紅竜のカリスマのせいなのか?
あの従順な人々はアイリスのように否定の言葉を紡ぐことがあるのだろうか?
まるで言われるままに動く人形……そう、洗脳されているかのようだ。
「じゃあね、執事さん。早いとこ青藍様を捕まえて帰るのよ。ここは怖いところなんだから」
「アイリス嬢、あなたは、」
今度こそ身を翻したアイリスの背に、グラウスは思わず声を投げかけた。
ドアノブに手をかけていた彼女は部屋の中に立ち尽くす執事に視線を向ける。今までの子供らしい無邪気さなど何処にもない、「使用人の分際で上級貴族に声をかけるなど」とあっさりと処罰を言い渡してきそうな、そんな目で。
これが彼女の本質なのだろうか。最後の最後に油断したのだろうか、と思っていると、
「……どうしてそんなに自分たちを助けてくれるのか、って?」
アイリスは1度開けたドアを閉め直し、また先ほどの悪戯な子供っぽい表情を浮かべた。
「紅竜様は嫌いじゃないけど、私は青藍様派だから」
まるで部屋の外に話し声が漏れるのを気にしているかのように声をひそませる。
アイリスの家はメフィストフェレスよりも上。しかしアイリスの両親を見ればわかるように、紅竜に従おうとする片鱗も見せている。
しかしそれは一族の総意ではない。アイリスや蘇芳の態度からそれは察することができる。
もし彼女の家が紅竜の台頭をこれ以上見逃しておけないと思っているのなら、彼らはきっと、兄に対抗できる力と立場を持っているであろう弟の側に付くだろう。
そうなのか?
推測に過ぎなかった派閥争いは、現実のものとなっているのか?
「……青藍様派、と言うと、」
グラウスは探るように言葉を選ぶ。
だが。
「だって青藍様は私の旦那様になるはずの人だったのよ? 私が味方にならなくてどうするの」
「はああああああ!?」
爆弾発言に、執事の絶叫が轟く。
待て! 妹じゃなかったのか!? いつから、誰の許可を得てそんな仲になった! いや、別に自分の許可がいるわけではないが、だが、しかしっ!!
認識が違うのか? 魔界じゃ「妹」というのは「婚約者」と同義語なのか?
それじゃあルチナリスもそのつもりで……それは許さん。断じて許さん!
「ふふ、昔の話。お姉様がいなくなって、そんな話も立ち消えてしまったわ」
紅竜が変わったのもその頃からだ、とアイリスは少し寂しそうに笑うと、扉の向こうに消えていった。
「あ、っと、ええと、グラウス様? 生きてる?」
部屋では、ひとり残され、真っ白に燃え尽きた状態で呆然としているグラウスを、スノウ=ベルが気の毒そうに見上げていた。
前回書けばよかったな、というのを思い出したので、今日はアイリスと蘇芳の話を少しします。
読み込んでいらっしゃる方なら覚えておいででしょうか。アイリスの姉はキャメリア。そう、紅竜の婚約者だった彼女です。
そして蘇芳の「人間界で散った」息子というのは名を千日紅といいまして……キャメリアと共に失踪した専属執事のことだったりします。千日紅に関してはもう少し後にストーリー上で出てきますので、その頃に設定資料集のほうにも追加しますね。
置いて行かれた者という表現をグラウスさんは蘇芳相手に思いますが、アイリスもそうなんです。





