14 【袋小路・後編】
著作者:なっつ
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スノウ=ベルが描いてくれた地図によれば、駅までは左折と直進の組み合わせだ。迷っても、とにかく斜め左に向かえばいい。歩行者には一方通行も進入禁止も関係ないわ! とルチナリスは意味不明に気合を入れる。
ここは「普通の」路地裏。脱出は可能。新しい自分にLet's go! と1歩を踏み出したまさにその時。
ルチナリスの肩に乗っていたスノウ=ベルが、またしても大声を上げた。
「コー……! いえ、コールにございます!」
キィィィィィン、と耳鳴りが右耳から左耳に突き抜けた。ああ、早く義兄に合流してこの子を返さないと鼓膜が大変なことになる、……と、耳の心配をしている場合ではない。
コール、ということ、は?
「グラウス様でございます」
「え!?」
何故だ。
奴からコールが来ても繋ぐな、と義兄に言われていたはずではなかったか?
義兄と離れ離れという緊急事態に連絡がついたのはむしろ好都合! かもしれないけれど、個人的にはつながってほしくなかったと言うか、今の状態を奴にだけは知られたくなかったと言うか。
狼に噛み殺されるフラグだけが折れようがないほど補強されてしまったことだけは確実にわかる。
「なん、で?」
「緊急事態でございます故、信号を送っておりました。ああ、やっとつながりましたよー!」
「信号」
あの謎の少女のいた部屋でやたらと耳にした「トルルルルルン」という音はもしやこの精霊の仕業だったのだろうか。
心の闇でできている、とは別の言い方をすれば異次元ということ。次元が違えば繋がるものも繋がらない。それでも諦めずに送り続けた信号が、今! まさに! 繋がった!! と。
スノウ=ベル的には小躍りしたいところだろう。あたしだって喜べるものなら喜びを分かち合いたい。
だが、しかし。
相手が悪い。
「え、いや、青藍様にでしょ? あたしが出るわけには」
よりにもよって相手は執事だ。天敵だ。
しかし、今日は繋いだら駄目だって言われてたでしょ! と文句を言うにはもう遅い。
いくらご主人様が強くて信頼に足るとしても、行方不明という緊急事態が目の前に鎮座している事実は変えようがない。連絡係の彼女が黙っているはずもない。
そう言えばオルファーナに行くと言い残したわけでもないのに汽車に乗ってすぐにコールが続いた。あれも、もしかしたらスノウ=ベルが義兄の足取りを伝えていたのかもしれない。
ああ、仕事の鬼。いや、あたしと義兄は買い物だけど彼女は業務の一環なんだから連絡するのは当たり前。ご主人様の命令より業務を優先させるところが何処ぞの番犬を彷彿とさせるけ……って、その執事からコールが来たのよどうしよう。
「恐れながらグラウス様でしたら、ルチナリス様が出られても構わないのではないかと」
「えー!?」
その判断は何処から来た!
あたしと執事が犬猿の仲だって知っててそれを言う!? 血を見ることになりそうな、ってその血はあたしから流れるんだわ。いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!
「耳に当ててご利用下さいまし」
ルチナリスの承諾もそこそこに精霊はポン! と姿を変えた。手のひらに収まるくらいの丸い結晶が空中に現れ、重力のままにストンと落ちる。
上手くキャッチできたからよかったものの、もし受け損ねたらどうなるのだろう。あまり想像したくない。
中でほの蒼く瞬いているのは、ラインとやらがつながっているからなのだろう。
ルチナリスはおそるおそる、その結晶を耳に当てる。
聞こえる。
ノイズの向こうで声がする。大人びた女性の声が。何処かで聞いたことのあるようで、何処だか思い出せない。それでも寄せては返す波のようなノイズに耳を傾けていると、6駅も離れたノイシュタインに一瞬で戻ったような気さえしてくるから不思議だ。
そんな中、ふいに「スノウ=ベルに繋がりました」と明瞭な声が聞こえた。
繋がった!? 繋がったってことは!?
待って、心の準備がっっ!!
「青藍様じゃなくてごめんなさい!」
開口一番、ルチナリスはそう言って頭を下げた。声しか届かないのだから頭まで下げる必要はないのだが。
≪……ルチナリス?≫
ノイズの向こうから聞こえるのは懐かしい声。ほんの数時間前にわかれたばかりなのに、顔を合わせれば喧嘩をする仲なのに、つい今しがたまで口をききたくないと思っていたはずの相手なのに懐かしいだなんて、義兄との数時間は余程堪えていたらしい。
≪あの人はどうしたんです?≫
訝しむような、怒っているような……諦めまで混じった声色は執事の今現在のダメージまで予測できてしまう。わかる。わかるわその気持ち。目の前にいたら「同士よ!」とがっちり握手する仲にまで進展したかもしれない。
そうよね。
本当ならご主人様の声が聞けるはずだったんだもの。
何度も何度も繋がらなくて、やっと繋がったと思ったら期待外れの声が出迎えた、なんてがっかりするわよ。うん。
「あの、ちょっとはぐれてしまって」
変な男の人に捕まってあたしだけ違う場所に飛ばされました。ご主人様はその男と一緒に消息不明です、なんて言った日には奴のことだ、それこそ半狂乱になって飛んでくる。
そしてあたしは噛み殺されるか、良くても全治何ヵ月かは覚悟する羽目になるだろう。
「はぐれた!? それでどうしてスノウ=ベルがあなたのそばにいるんです?」
「いや、あの、ちょっといろいろあって、」
何処ぞの執事様と口をきくのが嫌だからって理由で押しつけられました。
そんなこと絶対本人には言えない。第4ラウンドが始まってしまう。ああ、どうしよう。どうやって切り抜けよう。嘘は言えない。本当のことも言えない。
ルチナリスの逡巡が伝わったのか、しばらく黙っていた執事は、やがて静かに口を開いた。
≪迎えに行きますか? スノウ=ベルが一緒なら場所はわかります。あなたは帰って来なさい≫
願ってもない申し出に泣きそうになったじゃないのーー! 迎えに来てくれるとか嬉し過ぎる。その迎えに来るのはまず間違いなく執事なんだけど。
そうか、スノウ=ベルの居場所はアドレイっていう子が把握できるんだものね。
と言うことは、もし狼に噛み殺されるフラグが確定したら、何処にも逃げようがないってことじゃないの。何処に隠れても奴は追ってくる。
そ、そうなったら悪いけどスノウ=ベルには消えてもらおう。汽車の窓から投げ捨てれば……。
≪……あのじゃじゃ馬は後で私が捕まえてきます≫
結晶の向こうから聞こえる溜息まじりの声に我に返る。
こら待て。仮にもご主人様でしょうに。
って、じゃじゃ馬って男相手に言う言葉か? 執事の脳内では義兄は今でも姫なのか?
ルチナリスの背筋に冷たいものが走る。
しかしこれは先ほどのナンパ男に感じたものとは違う、もっと……頭を抱えてのたうち回りたくなる、恐怖とは真逆の位置にあるものだ。
まさかとは思うが義兄のことを男装しているお姫様、だなんて都合よく脳内補完していたらどうしよう。そう考えると奴の過剰なまでの溺愛っぷりがまともに見えてくるからさらに怖い。
「い、いえ、あたしが連れて帰りますからっ!」
≪ルチナリス?≫
「青藍様は、今日はグラウス様に迎えに来てほしくないような気がするんです! ほら! 喧嘩してたし、顔を合わせたくないと言うか、どういう顔をしたらいいかわからないと言うか」
笑えばいいと思うよ……。と何故かイケボで再生された。そうじゃない。いや、執事なら義兄がどんな顔をしようが折れる気がするけれど、でもそれはちょっと置いといて。
本当なら執事に来てもらった方がいいのだろう。
詳細を黙っていたことも、捜しに来るのを断ったことも、悪く転がれば恨まれるどころでは済まない事態になってしまう。
けれど。
でもこれは、今日はあたしが守るんだって決めていたのに途中で執事と交代するのが嫌だとか、そういう変な自意識が働いて口走ったわけではない。そう信じたい。
執事は「わかりました」と一言だけ呟いた。
プツン、とそのままラインは切れた。
「いいんですかぁ!?」
元の姿に戻ったスノウ=ベルがルチナリスの周囲をパタパタと忙しなく飛び回る。
「駅まで2kmですよ? 直線距離で2kmですよ? 人通りのあるところじゃ私も大っぴらに道を指示することなどできませんし、グラウス様に迎えに来て頂いた方がずっと」
「いいの。あたしたちは駅に向かいましょ」
ルチナリスはワンピースの裾を払った。薄暗がりの中でで砂埃が白く舞う。
「転ぶなよ」と手を差し伸べてくれる人はいない。
ひとりで立って、ひとりで歩き出さなければいけない。
置いて出てきた執事に助けに来られるのは、いくら義兄でもプライドが許さないだろう。執事のことだから黙っていたって「私がいなければ駄目なんだから」オーラが全身から漂っているであろうことは確かだし、義兄のポンコツセンサーはそういう態度には敏感に反応するし。
そうでなくても喧嘩中だ。下手をすれば余計に険悪になってしまうかもしれない。
それに、どうもあの義兄は執事に守られるのを良しと思っていない。
城主として、魔王として、自分の下に集っている者を守るのは自分の仕事だと思っているのだろうけれど。
『――守って、ここを。お前にしか頼めない』
だからあの雪の日も、執事を連れて行かなかったのだろう。
スノウ=ベルも置いて行きたかったのだろう。
「魔王様に限って何もあるはずがないわ。そうでしょ?」
今まで勇者に倒されることだってなかったんだもの。あんなよくわからない人にどうこうされるはずがない。
そう信じよう。信じて待とう。
何処か放っておけない蒼い瞳の義兄は、冷ややかに勇者を見下ろしていた紅い瞳のあの人でもあるのだから。
「……まぁ、強いことは認めますが」
苦労しますね、と薄笑いを浮かべたスノウ=ベルは、くるりと一回転した。零れ落ちた金色の光の中から、今となっては見慣れてしまった懐中時計が現れる。
眠っている義兄の枕元に置かれていた、あの時計。
義兄にとってのお守りなんじゃないか、と思った、あの時計。
その時計は本当に気休めのお守りどころか義兄の安否を知らせ、守るためのもの、だったわけで。
『預かって』
この時計を無造作に差し出した義兄を思い出す。
執事と口をきくのが嫌だから、と理由づけていたけれど、本当は……この時計をあたしに押しつけたのは「スノウ=ベルにあたしを守らせるため」だったのではないだろうか……。





