9 【紅い血と、紅い炎と・2】
※挿絵があります。
著作者:なっつ
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あたしに向かっていた矢は届かなかった。
ただ、
「……勇者のくせに、」
絞るような声が聞こえた。
気がつけば誰かがあたしを庇うように抱きしめている。この腕はすぐ近くにいた執事のものではない。
知っている。
あたしは、この腕を知っている。
「女子供に弓射るのが勇者のすることか?」
義兄に似たその人が片手であたしを庇いながら、もう片方の手で矢を掴んでいた。
掴んだ手から紅い筋が伝う。手首から滴り落ちていく。
紅いんだ。
目の前を重力のままに落ちていく紅。
床に溜まっていく紅。
あたしと、……人間と同じ色。
「貴様の相手は俺なんだろう?」
「そうと、も。だがその女も悪魔の仲間だ。城まで誘導して、それも全部罠だったってわけだ! 殺してやる! 悪魔に与する者は全て! その女も、あのババアも、いや、町の奴ら全部、」
弓使いが全て言い終わるより早く、彼は矢を掴んでいた手を握り込んだ。
硬い音と共に羽根のついた軸が――矢尻のない軸だけが――床に落ちた。
カラン、と矢が床で音を立てたのと同時にその手から炎が揺らめいた。炎は弓使いに向かって躍り出る。渦を巻き、身をくねらせる様はまるで深紅の竜のよう。
「……そうか」
その竜によって描き出された渦は、弓使いと入り口付近にいた他のふたりをも巻き込み、瞬く間に数段下に広がるホールそのものを呑み込んだ。
その光景には目を疑うしかなかった。
今のなに?
魔法?
この人が使ったの?
暗闇に紅く炎の花弁が舞う。
それはとても幻想的で、……とても忌まわしい。
これは魔法だ。
勇者と呼ばれて旅をする人たちの中には稀に魔法を使える人がいるけれど、彼らは杖などの媒体と、導き出すための呪文を用いる。間違っても人の手から直接出したりはしない。
でも、それならこの人は。
だってこの腕は。
悪魔と呼ばれて、化け物に指示を出して、矢を手で受け止めて、魔法を使って、勇者一行を火だるまにしたこの人は……。
「相容れないものだな。きっと、永遠に」
彼は溜息をつくと腕を緩め、あたしを離した。
離れてしまった体温に、つい今しがたのことが夢だったような、目の前の人が「何処かで見たことのある顔をしただけの他人」でしかないような、そんな不安を覚える。
この人は。
忘れては駄目。この人は――。
「青……藍、様……?」
しかし彼は答えるでもなく背を向けた。不快もあらわな目で周囲を見回す。
「誰だ! るぅを此処に入れたのは」
「いやぁ、るぅチャン足速くて」
声に呼応するように、未だ煙が充満しているホールの端からガーゴイルが1匹顔を出す。
その声には聞き覚えがある。
あたしに何度も話しかけてきた、あの姿の見えない声。
だとしたら、あれが今まで話しかけて来ていたの? あたしの隣にいたの?
腕からは早々に解放されたもののその場に突っ立ったまま、あたしの中でそんな問いが浮かぶ。
だってあれは人間じゃない。
あんなものがずっとあたしの隣に? あたしはアレとずっと喋っていたの?
「足が速かろうと止めるのがお前の仕事だ」
彼は舌打ちをすると矢を握っていた掌を広げた。折れた矢尻が突き刺さっている。
息を呑むあたしの目の前で、彼は無言のまま矢を引き抜いた。
「ひ……!」
痛みはないのだろうか。
その顔は踊り場で勇者を見下ろしていた時と同じで、何の感情も見えない。
お兄ちゃんよね?
矢尻とともに噴き出した血が、その左手を紅く染めていく。先ほど滴っていた時とは比べ物にならない速さで。
お兄ちゃん、なのよね――?
紅い、綺麗な目だと思った。
異形の化け物に指示を出していたけれど、この人は紅い血が流れているんだとも思った。
だ、けど。
噴き出す血がどくどくとその手を染めていく。
紅く。
紅く。
その色があたしの視界と心をも浸食していく。
『人間狩りだ。お前は逃げなさい』
そう言った養父の顔が、
『逃げ、て……』
と呟きながら倒れていった女性の影がフラッシュバックのようによみがえる。よみがえって、そのまま紅に呑み込まれていく。
「いやあああああああ!!」
悲鳴発生装置と化したあたしを執事が押し退けた。あたしを宥めるのではなく、あたしを守るのでもなく。
彼は紅に染まった手を掴み、ハンカチを取り出す。
その白い布も、執事の白い手袋も、見る間に紅く染まっていく。
「無謀にもほどがあります!!」
紅く染まった手にハンカチを巻きつけながら、執事がその人の顔を覗き込むように身を屈める。
正面から見据えられて、初めてその人の顔に表情が浮かんだ。怯えたような、戸惑ったような、親に叱られた子供のような、とにかく今までの無表情からは想像もできない表情が。
それと同時に、さっきまであたりを包んでいた重圧感があっという間に霧散していく。
「……だってこんなの刺さってたら邪魔じゃ、」
「そう言う問題じゃありません! あなたはご自分を軽く考えすぎなんです!! 何処の世界にこんな人間の小娘の盾になる魔王がいますか!!」
「だってあれは向こうが悪いよ!」
ものすごく見たことのある光景だと思うのはどうしてだろう。
魔王と呼ばれたその人は、あたしを抱えたまま、頭から執事に怒られていた。