17 【パズルピース】
※過去話です。
※本文中に挿絵があります。
著作者:なっつ
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窓の外は気持ちが悪いほど晴れやかな空が広がっている。
その広々とした空とは対照的に、執務机の上には決済を待つ書類が山になっている。
毎日毎日、よくもまぁこうも訴えて来ることがあるものだ。
配下が、そして領地や領民が増えれば訴状の量も比例する。それはわかるのだが。
「今日の予定は?」
「本日はサタナキア様との会談が午前中に、昼食を挟んでベリアル様、フルーレティ様、その後、長老衆の皆様方と夕食会となっております」
即時に返って来る答えは弟の予定ではない。私の予定だ。
濃い藍色の髪をしたこの執事は年齢言えば弟と同じくらいだろうか。当主付きになって日が浅いからか、おどおどとこちらを窺うような挙動が目立つ。そこが似ているかと思って採用してはみたものの、やはりどうにも癇に障る。
「あと、アドラメレク様が個人的にお会いしたいと」
「私は忙しい。それはお前にもわかっていると思うが?」
案の定、執事は投げつけられた言葉に身をすくませた。
アドラメレクは狡猾な男。
何を言ってくるつもりかは知らないが、会ったところで腹を探り合うだけの不毛な会話になることは目に見えている。
「新参の分際でそんな口が叩けると思うな。功績を上げるか、さもなくばあと1千年待て。と伝えておけ」
未だに対等だと錯覚してものを言ってくる輩が多いことにもうんざりする。
どれだけ古い家柄であったとしても我が派閥の中では新参。貢物もなければ武勲も立てていない者など、ただの一兵卒と同じだ。
「しかし、もういらっしゃって、」
「……私に、傍若無人に押しかけて来る駄馬をいちいち相手にしろと?」
「い、いえ!」
本当に、これが弟だったらよかった。
あの目を使えば煩い駄馬を改心させることも叩くことも、その駄馬の一族を根絶やしにすることも簡単にできたろう。
――ダカラ 出スナ ト 言ッタノニ。
アノ力ガ 使エナクナッタ ノハ 大キナ 痛手ダ。
「私に言うな」
「え?」
「……いや。予定はそれだけか? ならば引け」
「は、はい」
慌てて部屋を出ていく執事の後ろ姿に紅竜は舌打ちをする。
揃いも揃ってどいつもこいつも。
ああ、なにもかも腹の立つことばかりだ。
弟がノイシュタインに発って1年が経った。
何を考えているのか、人間の小娘をたったひとりだけ連れて。
元々あの城は料理人だけはいるから、身ひとつで出向いたところで食と住は保障されている。だが上級貴族の暮らしにはほど遠い。下級や平民はそれでも満足するだろうが、この城で育った弟には不自由を感じるところも多いだろう。
加えて、その連れて行った小娘というのが世話をするよりされる側に立っていそうな5歳児だというのだから、勇者との戦いより先に生活面で音を上げると思っていた。
そこに最近になって馬の骨がもうひとり増えた。
ザイムハルツ執事養成学校を主席卒業することで発生する特例措置を使って乗り込んで来たのだ。
昔からの特例だか何だか知らないが、新米執事をその希望通りの役職で引き受けるなど世迷言にもほどがある。だが、優秀な執事を数多く輩出してきたという伝統からくるこの特例は、魔界貴族の間で暗黙の了解と化しているのも事実。
無下に断るわけにはいかないが、採用後にどう扱うかは当家の自由。幸いなことに弟のそばにはあの人間の小娘がいるから、その男もすぐに追い出されるだろう――。
承認したのはそういう思惑があったからだ。
だが。
その男は、未だに我が物顔で弟の隣を占有している。
こちらは忙しい仕事の合間に連れ戻す策を思案しているというのに。
あの小娘はどうした。あの人間の小娘は。
あの餌でしかない人間の小娘が食べられるのを防ぐために、魔族の使用人を遠ざけたのではなかったのか?
その男は何故そこにいる。
草しか食べない山羊だとでもいうのか?
それとも、その小娘に取り入りでもしたのか?
――騾馬 ノ次ハ 山羊カ。マルデ牧場経営ダナ。
「黙れ」
遮る声に被るように、扉の開く音がした。
犀が部屋に入ってくる。執務机に座り込んだまま書類を凝視している当主の姿に、かすかに笑みまで浮かべて。
「お前、あの執事のことを知っていただろう?」
その何もかもを見透かしたような笑みが余計に苛つかせる。
そのくせ、自分は何も知らぬ存ぜぬ、という態度を貫こうとするのだ。全くもって性質が悪い。
「何をです?」
紅竜の問いかけをさらりと流して、犀はティーセットを並べはじめる。金蓮花をあしらったクッキーは遠目からでも色鮮やかだ。
「今日のお茶は先日入手したエルフガーデンの農園の試作品だそうです。まだ市場に出回ってはいないのですが特別に、と送ってきました」
「茶などどうでもいい! 質問に答えろ!」
執事長の貴様が、新しく分かれた分家に入る初めての執事の素性を全く調べないわけがない。
「知っていたのだろう!? 青藍のところに入った執事がこともあろうに、」
「ああ。青藍様も少しは元気になられたようで、良かったですねぇ」
紅茶にしては随分と甘い香りが立ち込めていく。
無視するばかりか、遠方で暮らす子が元気で良かった、と言いたげな口ぶりがまた腹立たしい。
あの日、私が戻るより先に弟は姿を消した。
出立までの手筈にこの男が関わっていたのを、私が知らないと思ってはいまい。
第二夫人に付いて弟を逃がし、そのそばに……よりにもよってあの男を置くなど。
以前、弟が命乞いをした例の男だと密偵から報告があったのは、奴が正式に就任した、そのかなり後になってのことだった。
例の男の名はわかっている。住まいも、家族構成も、父親の年収も。本人が記憶の彼方に忘れさっているであろう細かな経歴に至るまで、数枚の紙切れに姿を変えて私の手元に届いている。
きっと本人や親よりも、私のほうが詳しくなっているだろう。
それなのに。
執事養成学校から送られてきた履歴書には違う名が記載されていた。
身元保証人も父親や親戚ではなかった。
それどころか先に目を通していた犀が「問題なし」として上げてきたのだ。これであの男だと気づくほうがどうかしている。
しかも図々しいことにその男は当初、弟の専属執事として働くことを希望してきたという。
何処の馬の骨とも知れない男を弟のそばに置くなどありえない話。その話がそのまま私のところに上がってきたのなら、一蹴した上で処罰していただろう。
だが、上がってきた話は「魔王城付きの執事として」というものだった。
弟が人間の小娘をメイドとして連れて行ったせいで、他の使用人は全く決まっていない。
あれでも一応は可愛い弟。不慣れな土地で不自由をさせておくのもしのびない。
しかし「雑務を引き受ける者がひとりいるのといないのでは坊ちゃんの負担も大きく違います。城付きの執事ですから身の回りのお世話をするわけではありませんし」などという犀の甘言につられて、通したのが間違いだった。
よりにもよって。
よりにもよってあの男とは!
どうにかして弟から引き剥がそうと本家執事の職や倍以上の給金を提示してみせたが、反応はまるでなし。そうだろう。金に興味を示すはずがない。あの男の目当ては弟なのだから。
「全て知った上でのことなのだろう? 私を謀ったのだろう!?」
何故、その男を。
知らない、とは言わせない。
「花には水をやる人が必要なんですよ。硝子の温室に閉じ込めておくばかりではしおれてしまいます」
犀は冷ややかな視線を紅竜に向けた。
弟を幽閉していたことを示唆するような物言いに、紅竜も睨み返す。
「……ならば、あの男に育てさせればいいんだな、犀」
「紅竜様よりは園芸に向いているでしょうね」
犀は紅竜の手の中でぐしゃぐしゃになっている書類を取り上げた。山になっている他の書類と揃えて脇に寄せ、空いた場所に湯気の立つティーカップと小皿に取り分けたクッキーを置く。
「さ、何にでも休憩は必要です。どうぞ」
片眼鏡の奥の瞳は煙水晶のように靄がかかって見える。
それがいつも以上に感情を読めなくしている。
「休憩するほど働いてはいないが?」
「作業量はともかく、精神的にはお疲れでしょう?」
「貴様のせいで、な」
あの男は未だにノイシュタインに、弟の隣にいる。
しかも、専属執事を希望してきた者に「城付きなら」と提案したのは他の誰でもない、犀だという。
「冷めないうちにどうぞ。エルフガーデンにしては珍しいですね、花茶だそうですよ」
「花などに心を和ませるのは女子供だけだ」
「そう仰らずに。このお茶に使う花は、香りが飛ぶ前の、咲いたばかりのものを摘むのだそうです。何ヵ月もかけてやっと咲かせた花を、その日のうちに」
「……やっと咲かせた花を」
紅竜はクッキーを1枚手に取り、噛み砕いた。鮮やかなオレンジ色の花と一緒に。
「いいだろう。手塩にかけて育て上げた花を取り上げるのも一興」
どんな方法で奪ってやろうか。
あの男が絶望の中で果てる、最も良い方法を考えよう。
苦しみ足掻いて、のたうち回って、己の非力さを悔いながら死ね。
それまでは。
幸福の絶頂から叩き落とされるその日までは、せいぜい大事に育てるがいい。
くつくつと笑う紅竜を尻目に、犀は無言で部屋を辞す。
廊下の窓から見える空は、同じように青い。
パズルのピースは全て揃った。後は、彼らがどう動くか。どのような絵を描くか。それは彼ら次第。
自分はただ、それを見続けるのみ。
「……幸せになっていらっしゃい」
遠い空に向かって、犀は呟く。
それが誰にとっての幸せかはわからないけれど。
つかの間の、偽りの上に作られたものであったとしても。
※アドラメレクは体が騾馬で孔雀の羽根を持っているそうです。
作中で「駄馬」「騾馬」と呼んでいる理由はこれです。





