8 【紅い血と、紅い炎と・1】
著作者:なっつ
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「此処に来てはいけないと言われているでしょう?」
ふいに後ろから声をかけられた。
「……グラウス、様……?」
振り返ると、執務中なのか書類綴を抱えたままの執事がそこに立っている。
銀髪がわずかな光を弾く。ここのように真っ暗な場所では、そんな光でも目に留まりそうだ。
階下で蠢いている化け物たちに見つかりやしないだろうか。あの中の1匹にでも見つかれば後はない。
それと同時に奇妙にも思う。
この人はこんなところでなにをしているのだろう。こんな、悪魔が普通にうろついている場所で。
人間なんて捕まったら最後、頭から食べられてしまうのに、この人は声をひそめるどころか隠れようとすらしていない。
上背があるから目立つのよ、隠れなさいよ。……とは面と向かって言える雰囲気ではないけれど。しかしこれでは灯台が突っ立っているようなものだ。まさか自分の身長が標準より上だと言うことに気づいていないとは言わせない。
「知らなければ幸せだったものを」
諌めるような目を向け、執事は口を開いた。
「真実を知ろうとすることがいつも正しいとは限りませんよ。誰かを守るための嘘もある。あなたの行為が誰かを傷つけることもあると言うことを覚えておきなさい」
淡々と諭す喋り方はいつもと同じ。
誰かに声を聞きつけられたら、と、ひそめる様子も全くない。
……何よそれ。
此処に来ちゃ駄目だって言われているのに来たのは悪いと思うわ。でもどんな悪魔がいるんだか知っていたほうが自衛できていいじゃない。
そりゃあ奴らに食べられちゃう危険もあったかもしれないけど、あたしはまだ見つかっていないし、奴らが飛び掛かって来るより先に逃げ出せるように出入り口も確保しているし。
そんな言い訳が次から次へと頭の中に並ぶのは「自分ひとりじゃない、執事がいる」という安心感もあったのかもしれない。
執事だって無防備なくせに何故あたしばっかり言われなきゃいけないの? と、思ったのかもしれない。
無言で睨みつけるあたしの目に反抗の色を見たのだろう。執事は言葉を止めた。
かすかに開いたままの唇はまだなにか言いたげに動いたけれど、それだけだった。
「……人間の小娘とのままごと遊びも、これでおしまいですね」
彼は少しだけ遠くに視線を向けた。
人間の小娘?
何? その自分たちは違うみたいな言い方。
口を開きかけたあたしより先に、執事に肩を掴まれた。
宥めるため、と言うよりも動きを封じるためのような冷たさ。力を込めるでもなく置かれているだけなのに、肩から足まで一瞬のうちに凍りついてしまったようだ。
この男の手はこんなにも冷たかっただろうか。
氷を乗せられている、と言われても今なら納得してしまうかもしれない。
少し前に廊下で肩を叩かれた時は、そんなこと感じなかったのに。
執事の体で半分ほど遮られた視界の端にあの紅い目の人が見える。ホールにいる化け物たちと動くこともできない勇者一行を黙って見下ろしている。
その硝子細工のような横顔に、僅かに憂いた色が見えたような気がした時、ふ、と執事が小さく息を吐いた。
思わず見上げると、彼も同じようにその人を見つめている。
何時でも化け物たちから逃げられるように様子を窺っているのかとも思ったが、違う。
何処か苦しげで。
何処か切なげで。
それでいて、何処かで見た。
この厳しい執事がこんな目をする時。……何処だっけ。
黒い布をまとった人が、再び身を翻す。
顔に当たっていた光が、頬へ、髪へと移動していく。その黒の中で一瞬、別の色が揺れた。
「あ……!」
あれは。
あの、青い色は。
思わず発した声に、去りかけたその人があたしたちを見る。
布の下で紅い瞳が、大きく見開かれる。
ああ、そうだ。義兄を見る時の目だ。
背を向けて去っていく義兄を、執事はいつもこんな目で見ていた。
紅い瞳がゆるりと揺れる。
燃えるような紅玉が紫水晶に、そして懐かしい蒼玉に変化していく様はまるで黄昏時の空のようで。
「……どうして、」
あの冷たかった声はどうしようもなく義兄の声色に似て……。
――その時。
「油断したな魔王。勇者は剣士だけを言うのではないわ!!」
ホールのほうから鋭い声がした。
見ればガーゴイルの手を振り払ったのであろう弓使いが、上半身だけ起こして弓を構えている。弦が弾かれた直後のように小刻みに震えている。ちゃんと立ち上がることもできないくらい消耗しているのだろうに、弓使いは満足げに口元を緩ませ、それからぐらりと倒れ込む。
放たれた矢尻の先は弧を描くようにしながらも、真っ直ぐにこちらを向いていた。