1 【prologue・1】
著作者:なっつ
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「る~う~~」
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」
ノイシュタイン城の朝はメイドの悲鳴で始まる。
犠牲者の後ろから羽交い締めさながらに抱きついているのはこの城の主。兼、義兄。
「ななな、何ですか?」
ぎこちなく振り返れば、広がっているのは春の陽光のような笑顔。ではあるけれど。
いかんせん登場の仕方が悪い!
何故に気配を消す必要がある! 何故抱きついてくる必要がある!!
せめて! せめて抱きついて来るなら気配を出して! ああ、それだけだと痴漢と間違えるかもしれないから……そうだ! 「お兄ちゃんだよー」って告知して!
間違っても、
「え? るぅがいたから」
なんて、それが当然みたいな顔しないで!
あたしの心臓のことを思って!
世のお兄ちゃんは気配を消して妹に抱きついてきたりはしない!
……開始早々失礼しました。
あたしはルチナリス=フェーリス。15歳。このお城でメイドをしている。
後ろに貼りついているのはあたしの雇い主にして城主。過去のちょっとした誤解と惰性から兄と妹を名乗ってはいるけれど、養子縁組したわけでも兄弟姉妹の結婚相手とかそういう本来の意味での「義理の兄」でもない。
「昔は青藍様~って抱きついて来てくれたのになぁ」
その雇い主兼義兄はあたしの頭の上に顎を乗せたまま不満げに仰る。喋るたびにポコポコと振動が伝わって来てくすぐったい、と言うか……赤の他人であることを認識していないといけない身の心臓には大変よろしくない。
「いーっつの間にかよそよそしくなっちゃって」
大型犬が甘えて来る感じに似ているけれど、犬なら癒されるのに何故義兄だとこうも心臓に悪いのか。
もっと犬っぽい人がいるからだろうか。いや。奴で癒される人の顔が見てみたいわ。あんなネチネチ上から目線で小言言ってく……待てあたし。話が脱線する。
「よ、よそよそしいのは当然です。何と言ってもあたしはメイドで、」
「妹で」
「いや、妹なんだけど、でもですね」
あたしばっかりドキドキしなきゃいけないなんてズルい。
義兄が犬ではなくて人なのが悪い。
あたしが恋に恋する彼氏絶賛募集中の15歳だということを義兄は全く理解していない!
例えばの事例がまさに今のこの状況。
「昔みたいに抱きついてくれていいのにさぁ。ほら、この間みたいに、」
「この間!? 何時!!??」
勝手に既成事実を作るな!
さっきから心臓が喉から飛び出しそうな音を立てている。それを必死に抑えて平静を保つのも限界だ。保たないと精神がもたないというのに!
こういうことが日常茶飯事。兄妹仲が悪いよりずっといいじゃない。と言われるかもしれないが、限度を越えれば薬だって毒になるように「良い」は「悪い」に変化するものだ。
今でさえ腕の中で義妹が瀕死になっていると言うのに、義兄はと言えば、さら腕に力を込め、髪に頬まで寄せてくる。知らない人が見たら兄妹よりも恋人同士に見えるだろう。けれど。
「んー、10年前?」
「10年前はこの間とは言わねぇ! 違う、言わない!!」
そう。一応ふたりの関係はご主人様としがないメイド。義兄と義妹は世を忍ぶ仮の姿……じゃなかった、別の言い方 。
そりゃあ、その関係で恋人同士ってシチュエーションも世の中にはあるかもしれないが、残念ながらまだその域には達していない。達していればあたしだってそんなに発狂しないわよ。「お兄様♡」って抱きつき返すわよ。
でも! その域には! 達していない!!
物語が進むうちにおいおい距離が近付いていって、そしてラストでゴールイン! という、年頃の娘が主人公で、血の繋がらない兄がいて、お互いに好意を持っていて、背景が城……なんて設定の物語では鉄板のシチュエーションだけれども。
今は序破急の序。起承転結の起の部分。
まだ! その域には(以下略)!
……と、これ以上は脳の血管が切れそうだ。
そもそも義兄側に恋愛感情は微塵もない。
よく要人同士の会見でオジサマ同士で抱き合って肩を叩いたりするアレと同じで、挨拶程度の意味しかないのだろう。義兄の態度は血が繋がった妹相手でも犯罪スレスレな気がするけれど、貴族様の間ではきっとこれが普通なのよそうなのよ。
あたしは庶民だから、ひとりで過剰反応しているだけで。だから原因はあたしの心の持ちようひとつにあるわけで。理性ではそう納得したいのに、感情はそうもいかなくて。
そんな義妹の態度に義兄はふっと顔を曇らせた。
「……るぅちゃんはお兄ちゃんのことが嫌いなんだ」
「うっ」
何故そうなる!
何の運命の悪戯か。そんな庶民には理解できない世界から来た義兄と、たったひとりきりの兄と妹を演じ続けて早10年。
この「お兄ちゃん」にかわいがられてきた義妹としては、全く悪気がないのがわかっているだけに今更邪険にも扱えないのも確かなことで。
「俺のこと嫌い?」
それを義兄が知っているのも確かなことで!
「うう」
「……ねぇ」
扱えないが扱いたい。
扱いたい。
扱い……だから! 耳元で囁くんじゃねぇ!
この人絶対、面白がってやってるわよ! きっとそうよ!
傍から見れば羨ましいと思われるかもしれないが当事者はそうではない。
だってあたしは義妹。義妹なのよお兄ちゃん! 血すら繋がってないのにこれは問題大ありだってことを理解して!
箒を握り締めるとミシッ、と何かが割れる音がした。聞かなかったことにしておこう。
この義兄は少し変わっている。
変人、と言う意味ではない。まぁ多少、いや多大に人格的にも変わってはいるが……ってそう言うのを変人って言うのよ的なツッコミは置いといて。
1番変なのは外見だろう。
さらさらの黒髪と蒼い瞳。男性相手に「美貌を誇る」という表現は下手すると貶めているように聞こえてしまうかもしれないが、その辺の女どもが霞んで見えるのは決して贔屓目で言っているのではない。
小さい頃はドレスを着せても似合ったはずだ。実家に行けば女装の姿絵の1枚や2枚や10枚や100枚はきっとある。そう思わせてしまう義兄は、そしてまた何故だか10年前から全く見た目が変わらなかったりする。
見た感じは10代後半~20代。普通に考えればまだまだ成長できると言うか、する。言い切れる。子供の記憶は曖昧だと言うけれど、城下町の奥様方までもが口を揃えて「何時までも若い」と言うのだから間違いない。
おかげで出会った頃は年の離れたお兄ちゃん(もしかしたらとっても若いお父さんでもいけるかもしれない)だったのに、今では5歳くらいしか差がないように見えてしまう。
子供の10年と大人の10年では成長度合いはかなり違う。大人なら10年前の服でも着られるし、顔立ちだってそれほど変わりはしない。でも、それを見越しても義兄の容貌は変わらなさすぎた。
あれか?
美魔女とかそういう系統か?
見た目が年齢を超越しちゃう人ってたまに聞くけれど。
あと数年してあたしのほうが追い越してしまったら、いや、あたしがおばさんやお婆さんになっても変わっていなかったらどうしよう。
普通の人が聞いたら荒唐無稽な冗談にしか聞こえないこの悩みを、あたしは結構本気で悩んでいる。
ホールド中の義妹に日々そんなことを思われているとは露知らず、義兄は無邪気な笑みを浮かべた。
「今、何処に行こうとしていたのかな?」
話題転換か?
足止めか?
でもそれを抱きつく理由にしていいってことはないわよお兄ちゃん。
笑顔だけ見れば和む人もいるかもしれないが行動が全く伴っていない。何故ここまで羽交い絞めにされないといけないのだろう。形としては同じなのに、恋人同士の抱擁みたいな色気は全く感じない。
「掃除してただけです」
この腕がもう少し上に、そう、首のあたりにあったら確実に窒息する。
あたしはあなたと死闘を繰り広げているわけではないのですが。
「玄関ホールは行ったら駄目って言ったよね?」
「行きませんって! 絶対!!」
玄関ホールは目と鼻の先。
廊下の突き当りの、扉で仕切られた、その先。行こうと思えば行けるけれど、この10年、何度も繰り返された警告は身に沁みついてしまっている。
この城にはあたしが立ち入ってはいけない場所がいくつかある。
玄関ホールもそのひとつ。
滅多に来客のある城ではないが、顔である玄関ホールくらい綺麗にしておくのが普通だ。と一介のメイドは思うのだが、しかし、その城唯一のメイドは一度も彼の場所に入らせてもらえない。それどころか、近付こうものなら監視でもしているのかと疑いたくなるほどに、何時の間にか背後に回り込まれている。
その度に気配まで消してくるのだから、性質が悪いったらありゃしない! と思う反面。本当に妹だったら入っても許されるのだろうか、なんてことも思う。
でも違う。あたしはメイド。追い出されたら行く当てなんてありゃしない。
だから、義兄の言いつけには従わなければ。どれだけ馬鹿をやっても、規則だけは守らなければ、あたしの居場所はなくなってしまう。
「行っちゃ駄目だよ。お化けが出るからね」
これも常套句。
お化けが出ると言われて止まるのは子供くらいよお兄ちゃん。と思いつつ、そういう脅しを思いつくのはこの城が「悪魔の城」と呼ばれているせいもあるのだろう。
その不名誉な呼称は古城あるあるなお化け屋敷然とした外観と、悪趣味な石像だらけの前庭に起因するものではあるけれど、この分だと玄関ホールもかなり凄いことになっているのかもしれない。義兄が頑なに近付けさせようとしないのは、きっと女子供にはショックが強いものが置いてあるからだ。
古いお城によくあるわよね? 棺桶の中に無数の太い針が付いていたりするアレとか。扉を開けたら真正面にアレが口を開いて待っていたりしたら怖すぎる。血糊がこびり付いていたりしたら……いや、今まさに何か挟まっていました、とばかりに赤い液体が滴っていたりしたら冗談では済まされない。
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