極東からの男 7
8
マインとスラトはクルマに乗っている。
カルチから渡されたクルマで、軍用であった。
目的地は、あの住所だ。
ナムルの母を調べにだ。
ライムは目的地に向かう前に、クルー達の宿に戻された。
繁華街では女は禁物らしいからだ。
カルチが言っていた。おそらく、彼なりの配慮であろうと想像はついた。
あんな格好の女が、居たら大変になる。
そう思ったに違いない。
「このクルマは、全自動ではないのですか?」
スラトが聞いた。
マインはハンドルと、ペダルを使って運転している。
「はい、全自動はお前ら兵士のためにならないと、カルチ様から教えて戴いております」
堅苦しい喋り方で、マインは答えた。
なるほど、スラトはウンウンと頷いた。
カルチはなかなか、いい指導をしている。
そう感じていた。
クルマが繁華街の入口に来た。
繁華街は基本、歩きになる。
スラトとマインは、クルマから降りた。
「ここの住所は、北の町六番地です。すこし歩きましょう」
「だいたいどこらかな一番地は?」
「確か裏通りです」
二人が歩き始めた。
タスタルの繁華街は、なかなかの賑わいがあった。酒場に、女にと、軍人の町らしからぬ怪しい空気がプンプンと臭う。
スラトはこの雰囲気は、嫌いではない。
むしろ大好物だ。
「仕事でなかったらなあ……」
残念そうだ。
マインは少し嫌な雰囲気だ。
「こんな町、最低であります!」
マインが吐き捨てるように、スラトに言った。
スラトはクスッと笑った。
「何でありますか!」
「失礼しました。さて、目的地に行きますか!」
スラトがそう言い、マインの怒りを交わす。
心の中で……
無知からくる真面目な若僧
そう呟いた。
少しは遊びを覚えないと!
スラトは思った。
9
その住所は、繁華街の裏にあった。
華やかな表通りに比べて、裏通りは人気はもちろん、灯りもない。
スラトはスマホを取り出し、電灯機能にした。
明るい光が、パネルから放出されている。
「魔法板でありますか」
マインが興味深々だ。
「持ってないの?」
「はい、我々みたいなモノには縁のないモノであります」
声のボリュームを小さくして、マインがスマホを見ていた。
「偉くなりなさい、そうすれば、使えるようになるからね。一つ目標が出来たじゃない」
スラトが笑う。
スマホのライトに照らされた、彼の顔は滑稽なくらい恐ろしかった。
しかしマインの心に、その言葉は響き力強く首を縦に降る。
宝物を見つけたようなマインの瞳に、どこかスラトも好感を持った。
しばらく歩く。
暗いが道はほぼ真っ直ぐである。
スラトが何回か、住所をマインに確かめている。
マインは暗い道を、的確に歩いて道案内をした。
スラトは疑問を感じ始める。
マインの道案内が、的確だからだ。
「ここ等辺の地形をよく知ってるね。繁華街に来たことないのに」
スラトがマインに聞いた。
「自分は来たことはありません……住んでましたから」
マインがまた吐き捨てるように答えた。
「住んでたの?」
「……はい」
マインの口が重くなった。
口数は多くはなさそうなマインだが、ますます無口になる。
どうやら、無知の若僧は違っていたみたいだ。
嫌な思い出か……
スラトが苦笑いをした。
……ん?
スラトに思う事が吹き出る。
マインに聞いてみた。
「少し教えてね、私が向かう場所は一番の三に住んでいるリャンナって人に会いに行くんだけど……」
「!」
マインが鋭い視線を、スラトに向けた。
「知ってるみたいだね」
スラトが聞いた。
「知ってます。やはりでもあります」
マインが答えた。
スラトは足を止める。
少し若僧に聞いてみたくなった。
「マイン君、少し君からも聞き出すよ。ラスク皇太子のご命令だから、答えて欲しい」
スラトが言った。
ラスクの名前と、皇太子を前面に出すような、問いかけである。
こうすることで、嘘の回避と半強制的な命令になるからだ。
「魔女であります」
「魔女!」
「そうであります。呪獣の呪いを移す魔女ですよ」
「へえー……誰から聞いたの?」
マインが黙り込んだ。
喋りたくない……そんな表情だ
しかし何かを知っているな。
スラトは思った。
「ごめんなさいね、歩きましょう。相手の住所に行かないと」
スラトが、歩き始めた。
マインも続く。
10
トレーラーの寝床で、ラスクはスマホの画面を見ていた。
宿屋にはスマホを充電出来ないためだ。
そんなモノがないからだ。
ラスクがスマホで検索、何かを見ていた。
指先で右側をはじくと、ページが進み、左側をはじくとページが戻る。
「何を読んでるんだい」
近くでライムが、酒を飲んでいた。
少し頬が赤みを増している。
「呪獣のことだよ。人間と呪獣と呪いの関係をね」
真面目な顔で、ラスクは画面の右側を弾いている。
「高度文明の負の遺産かい?」
ライムが、本の名前を言った。
「うん……読んだことあるの?」
「ない! 興味ない!」
ライムは自分のスマホを見ていた。
ある機能に、興味がある。
その機能を見ていた。
そして見ているだけだった。
「文字を知らないと、文字文面の手紙は打てないよ」
ラスクは言った。
高度文明が消えた時、たくさんのスマホだけは生き残った。
残されたモノ達が、性能を理解して機能を引き出している。
大変に高性能なスマホならマジックポイントさえあれば、未来永劫いつまでも使えた。
しかし引きこもりし、極東の島国のスマホからしたら、玩具みたいたぞ!
そう教えてもらったな、アイツから。
ラスクがため息をついた。
あまり思い出したくない。
そんな相手に、教えてもらったのだ。
トレーラーのコンテナの片隅で、マネキンがスマホを使っている。
マネキンがスマホを弄るときは、いつも一人だ。
そして誰にも見られたくない……
そんなオーラを出していた。
無機質なマネキンが、唯一感情を出しているのだ。
見ないで!
そんなオーラである。
しばらくスマホで何かをすると、作業を止めて光を落とした。
作業を止めた……もしくは、終わったマネキンがラスクの近くに戻った。
「何してた?」
ライムが、一応聞いた。
一応聞いたのは、マネキンに無視されるからだ。
案の定、答えはなかった。
「まあ、そんなヤツですよ」
ゼニーがライムに言った。
ライムに気を使い、マネキンにも気を使っているように見えた。
ゼニーの周りほ、綺麗に整理整頓されている。
そして彼の後ろには、そこそこ大きな金庫があった。
その金庫には、商売で儲けたカネが眠っている。
この金庫も、高度文明の遺産であった。
とにかく頑丈で、とにかく重いのだ。
金庫はダイヤルになっていて、左右に決められた回転数でロックと解除がされる。
その回転数を知るのは、ゼニーとラスクだけである。
「ゼニー、守銭奴にしては、気を使い過ぎ!」
ライムが、呆れている。
するとゼニーの顔が、赤くなった。
呆れてはいるが、色っぽい姿に魅力される。
ライムから視線を逸らした。
逸らした先は、ラスクである。
ラスクの顔が、いつになく真剣だ。
ある文章が、気になっていた。
『呪獣の呪いは、呪獣の毒が体内に入った時点ではわからないが、しばらくするとあらゆる異常を体内に来す。
呪いは粘液状のモノや、血液にある。
粘液状のモノとは、一番呪いが移りやすいのは唾液である。
傷口に唾液を擦り付けることや、接吻などからも移る。
なお呪いには、二つの種類がある。
一つは呪いに身体を蝕まれ、意識がなくなり呪いに身体が侵食される形態である。
このような状態になった人間は、意識死になる。
意識死とは、記憶が呪いに侵食される為に書き換えられることや、今まで持っていた意識や知識を呪いに乗っ取られる形で生きることで、人間の扱いは出来ない。
これを、感染系 と呼ぶ。
大多数の呪いはこれで、呪いから呪獣へと進化していく。
進化は個人差があるが、ほとんどはバケモノのような容姿になり、あるものは腕が何本にもなる。あるものは髪が髪が鋭利な刃物になる。
それぞれである。
しかし中には全く変化せずに、意識と知識だけが侵食される形態がある。
これを、媒体系 と呼ぶ。
媒体系は見た目は変わらないが、感情が外れると体内が変異を起こし、感情が戻ると普通になる。
この媒体系は、注意が必要で見た目は同じだが、意識は死んでいるために、見極めがつかない。
先程もあるが、注意が必要である。
もう一つの呪いは、呪いと呪いを受けた人間の意識が共存してしまうものがある。
これを、共存系 と呼ぶ。
この形態になった人間は、感染系とは違い呪いの意識と人間の意識が共鳴するために、新たな能力を得た英雄と呼ばれる。
その能力は凄まじく、普通の人間の姿のままでとんでもない身体能力を発揮し、いざとなれば呪いに身体を変異させることなどが出来るようになる。
しかしこの形態はほんのごく一部のため、この形態になったものはかなりの運を兼ね備えていると言ってよい。
なお、共存系を研究する学者は多い。
ここまでで、一番大切なことがある。
それは、 媒体系と共存系の見極めである。
呪いにはどうやら、性格があるらしく、性格次第では二つの見極めがつかないことだ 』
ラスクはネットを閉じた。
なるほど……そんな表情だった