極東からの男 6
5
「え! それって、本出島に行けってこと!」
ラスクの瞳が、キラキラと輝き出した。
「はい、実はシュウ帝国最高補佐長様から、私宛てに直々に御命令がありました」
「あの大男が」
カルチの言葉に、ラスクは少し嫌な顔をした。
シュウの名前は、出来れば聞きたくはなかったのだ。
「それとカケル帝国一級魔導士様からも、ラスク様にお願いしたいと同じく御命令がありったことも報告しておきます」
カルチが補足した。
カケルの名前を聞くと、ラスクの表情は少し笑った。シュウの聞きたくない名前に、嬉しさが半減してはいるが、少しは気が楽になった。
「それでいつだい?」
ラスクが聞いた。
「明日です。おそらく、午後辺りかと」
「明日の午後?」
「はい、帝国から自動運転で鋼鉄鳥が来ます……と言うかもう向かっているそうです。それに乗って本出島に向かってほしいそうです。そして同乗者も御指名があります」
カルチがそこまで言うと、近くにあった水を飲み干した。
「誰と誰だ?」
ライムがほろ酔い気分で、言った。
「アナタは違いますよ! 指名はラスク様とマネキン様とお呼びするのでしょうか?」
カルチの言葉に、マネキンは相変わらず無表情だ。しかし俯き気味の視線が、上がっていた。
「へえ、僕とマネキンか」
ラスクは何故か安心した。
理由はわからない。
「しかし、どうして、あのお二方は本出島に行けと命じたのでしょう」
スラトが甲高い声で、腕を組んだ。
「さあ? それはお二方に、お聞き下さい。私が聞いたら後が怖いんで……それでは、失礼しました」
そうカルチは言うと、一礼をしてそそくさと帰っていった。
「出島ならぬ、本出島とは!」
スラトがビックリしている。
甲高い声は相変わらずだ。
引きこもりし、極東の島国はいつしか、青い壁で覆われいた。
いや壁ではない。
オゾン層である。
青いオゾンで島国は隠され、今どうなっているかはわからない。
いつからこの様な、青い壁ができたかはわからない。しかしこの壁のために、島国の様子を確かめることは出来ないのだ。
その島国でも、人工島である出島は青い壁に覆われてはいない。
しかし一部だけ、覆われた部分がある。
出島は大きな人工島で、タスタルの町より大きい。その人工島の中央部分は、大きな平地が続き両側面に色々な建物がある。
その建物は高度文明の遺産でもあり、引きこもった極東の島国を知る、手がかりでもあった。
そして中央の平地のたどり着く先に、青い壁がある。
青い壁は平地と両側面の建物を呑み込む型で、その先は壁になっていた。
その呑み込まれた場所が、本出島と呼ばれていた。
ここに入ることは、絶対に出来ない。
絶対に出来ないのだが……
しかしここに、ラスクが行けとなっていた。
「本出島には、どう行くんだ?」
ラスクは今、気づいた。
「……ラスク様、今のカルチの言葉……いいえあの方々の言葉は『本出島に行け』であり、『本出島に入れ』ではありません。つまり、そこで待っていることが、今回のラスク様へのお願いでは?」
ゼニーがラスクを見ながら、言った。
食事中のクルー達が、なるほど! そんな感じでいる。
「なるほどね……そうだよね……入りたいなあ」
ラスクは、かなりがっかりした。
「だけど、なんのためでしょう?」
スラトが頭を捻った。
「……明日わかるさ」
ラスクはそう言い切る。
そして席を立つ。
マネキンも席を立つ。
「先に食事をおしまいにするよ。太郎の所に行ってくるよ。誰でもいいから、彼等に差し入れしてね」
そう言うと、ラスクは食堂を後にした。
マネキンもラスクの後を追う。
後のクルー達は、それを目で追っていた。
「ん?」
ゼニーが何かを思い出した。
「どうしたゼニー」
ライムが酒を飲みながら聞いた。
「出島には、呪獣がいるはずでは?」
ゼニーが言った。
そう言えば……スラトとライムもそんな感じだった
6
ラスクが太郎とアカネを訪ねた。
マネキンも、お供している。
太郎とアカネはナムルの看病を、ずっとしている。
「なるほど……呪獣の呪いね」
ラスクがナムルを見る。
あどけない寝顔で、ベットにナムルは寝息をたてている。
「明日、この子に異変が起きる」
太郎が厳しい顔になる。
「……で? 僕にどうしろと?」
ラスクが頭を掻きながら、聞いた。
目つきが少し険しい。
ラスクなりに、異変を察知しているのだ。
「ラスクはラスクの事をすれば良い。これは私とアカネの仕事だ」
太郎が鼻息荒く、言い放つ。
アカネがその横で、穏便にとオドオドしていた。
「わかったよ、まかせる! ところで母親は?」
「はい、ラスク様、帰ってしまいました。それもどこか喜んでいたような……」
アカネが言った。
ラスクの顔が曇る。
「喜んでた? 何故?」
「わからん、しかし儂もそんな感じに見えたぞ」
太郎も言った。
謎だらけだ。
ラスクが頭を傾げる。
タスタルの町に来て、色々とあるなぁ。
そんな感じに、見える。
しかしどこか楽しんでいるようにも映る。
マネキンはそんなラスクを、無表情で見ている。
そんはマネキンを、アカネが見ている。
「ねえ、マネキン、アナタはどう思うの?」
アカネが聞いてみた。
「アカネ、マネキンは何も……」
ラスクが笑いながら、マネキンのフォローをしようとした。
しかしマネキンは少し違った。
無表情の瞳でアカネをそして太郎を見る。そしてアカネと太郎を、指差した。
!!!
二人の表情が驚く。
マネキンの指差しに、二人には思う所があるからだ。
太郎はアカネを抱き寄せる。
二人にどこか警戒感があった。
ラスクはその様子を、ただ見ている。
少し見ていたラスクが、我に帰ると三人の間に入りそれ以上は何もなかった。
しかしマネキンは、太郎とアカネに何かを見ていた。
そして二人もそれが何かを……察している
ラスクはどこか置いて行かれたような、感覚に襲われた。
7
リャンナ
住所 北の町一番の三
ナムルの母の名前と、住所である。
診察前に書いて貰う。
文字が読めない、書けない人間はアカネが書くのだが、これは母親が書いたモノだった。
スラトがこの受付名簿を持って、カルチの屋敷を訪ねていた。
一応、ライムもいる。
時間は夜だ。
しかし寝るにはまだ時間がある。
「ここは町の繁華街で、軍人相手の店があるところです。町の人間もよく遊びに行きますけど」
カルチが言った。
服装は、寝具になっている。
どこか迷惑そうだ。
ラスクの仲間でなければ、どうなっていたかはわからない。
それくらい、可笑しなオーラをカルチが出していた。
しかしそれはスラトとライムも同じであった。
ラスクにいきなり、カルチに会いに行けと命令されたからだ。
指示ではなく、命令だ。
何かあることは察しがついたが、やはり面白くない。
「話を進めようか!」
そんな空気をライムは感じてか、二人を促す。
服装は相変わらず、目が当てられないくらいだ。
時期的には冬になっていく。
もちろん寒くなる。
夜なら、更にだ。
「ハイハイ、ライムちゃん! へえ、繁華街ですか」
「こんな町にも、ありますよ。……道案内が欲しいみたいですな」
カルチが言った。
「その通りです! そのために、ここに来ました。夜勤の兵士を一人拝借願います」
スラトの甲高い声が響く。
カルチは頷き、一人の兵士を紹介した。
兵士はまだ若く、駆け出しのようだ。
丸坊主が愛らしい、すこし細身の少年か青年であった。
「コイツはマインと言います。今年から、屋敷に仕えさせてやっている小僧です。彼を使って下さい。マイン、失礼のないように! これも勉強である! しっかり任務をしてこい!」
カルチが激しい劇を若者に投げた。
見たことないカルチの姿と、口調にスラトとライムはどこか意外であった。
ひょっとしたら、これが本来のカルチなのだろうか? 二人がカルチを見た。
「はい、しっかり任務をして来ます!」
マインが敬礼をカルチにする。
「……まあ、いい」
カルチが面白くなさそうに、マインを見ていたが二人に向き直ると、表情を戻した。
戻したのか、演じだしたかはわからない。
しかしカルチは、カルチだった。