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極東からの男 5

 トレーラー駐車場にて


 1


 太郎は簡易ベットに、ナムルを寝かしていた。

 時間は夕方、本来なら夕飯時だが、今回は食べられないでいた。  

 簡易ベットがダイニングルームを、占拠していたからだ。

 ダイニングルームからベットルームになったコンテナ内には太郎、アカネ、ラスク、マネキン、ナムルの母親がいた。


 「太郎、どんな感じだい?」


 ラスクが眉をひそめて、聞いた。

 

 「呪いがまわるまでは、時間がかかりそうだな。即効性はないが……」


 確実に死ぬ……その言葉は噤んだ。

 ラスクもその姿を、薄々感じていたが……


 「おじいちゃん、治療出来ないの?」


 アカネが縋るように、太郎に聞いた。

 

 「……やってみよう」


 太郎は言った。

 その言葉に、アカネとラスクは顔が歪む。

 太郎の「やってみよう」は、難しいことを指していたからだ。

 つまり……相当厳しいのだ

 

 「先生、どうなんですか?」


 母親の鳴き声に近い声に、太郎は顔色一つ変えず言った。


 「今は安静が必要です。しばらく、お預かりします」


 太郎が頭を下げた。

 それを見て、アカネも頭を下げ、マネキンが続いた。

 ラスクは出遅れる形で、頭を下げた。

 しまった……心で苦笑しながらだった


 2


 ベットにナムルは寝ていた。

 寝息が聞こえる。

 具合はあまり良くないが、落ち着いてはいるようだ。

 時間は夜になった。

 太郎とアカネが、付き添っている。

 母親は今日は返した。

 拒否されるかと思ったが、あっさりと帰った。

 少し意外だったが、居ないほうが都合がよい。


 「この子の呪い……治せそう?」


 アカネが言った。

 夕方頃言った言葉を、ここでも使う。

 しかし今回は、太郎と二人だけだ。

 太郎はナムルを見る。

 寝息を見届けると、アカネを見た。


 「呪獣の呪いは、クスリでは治らん。この子はしばらくしたら毛が抜けて皮膚から出血するかもしれない。そして……」


 そこまで太郎が言うと、黙り込んだ。

 

 「そんな」


 アカネが大きな声を上げる。

 太郎は、しっ! と口を軽く押さえた。

ナムルは眠ったままだった。


 

 3


 トレーラー収容所の近くに、宿屋があった。

 自動車商人トレーラトレーラーの専門宿だ。

 そこにラスク達が、遅めの夕食を食べていた。

 メンバーは太郎と、アカネを抜いた連中だ。

 あの二人は、付きっきりになるらしい。

 みんなとご飯たべたいけど……仕方ない

 ラスクは後ろ髪惹かれる思いで、諦めた。

 宿屋はなかなか広く清潔感がある。

 カルチが、強制的に綺麗にリフォームさせたものだ。そのための、清潔感だった。

 

 「ここは、人の臭みがないですね」


 ゼニーが酒を口にしながら、言った。 

 酒は米で作られている蒸留酒だ。

 見方は大人しく、口当たりはよいが、度数は高いので下手な飲み方をすると酒に呑まれてしまう。

 今のところ、ゼニーは呑まれてはいないようではあるが……


 宿屋は貸切状態だ。

 人気がない。

 広大な駐車場には、フリーランのトレーラーしかなかった。

 カルチが気をまわしたのだ。

 他の荒くれモノと、いっしょにしないためらしかった。

 

 「味気ないわ!」


 ライムが酒を口にしながら言った。

 味気ないには、二つの意味を込めている。

 一つは、料理と酒が不味いことだ。 

 アカネが作ってくれる料理と、トレーラーで飲む酒とは比較にならない。

 今日も本来なら、トレーラーで食事したかったのだが、カルチの余計なお世話とそれ以上に病人がいるために仕方なしなしに来ている。

 二つ目に、人気がないことだ。

 まるで活気がないのだ。

 貸切状態とはよく言ったが、これでは宿屋と同業者から反感を買う。


 「この宿屋、お金しっかり貰ってるよね?」


 ラスクが少し心配する。


 「余計な金を使いました。宿屋の亭主が、泣いてましたから」


 ゼニーが渋そうに言った。

 酒の渋さではない、不快な感覚だ。

 ゼニーは金庫番として、しっかりした男である。

 しかしケチな性格は、していない。

 必要と感じると、金庫を少しだけ開く。

 大盤振る舞いは金庫番であるから、しない。

 しかし死なない程度に、分け与えるのだ。

 

 「亭主は喜んでかい」


 スラトが酒を飲みながら、ゼニーを見た。


 「……これで、損失が大幅に減った! なんて号泣してたな」


 肉の塊を口に運びながら、ゼニーは言った。


 「そっか……カルチも駄目な奴だよ。僕がこんなことを望んでないのは知っているバスだけど……」


 ラスクが溜め息混じりに言った。


 三人の会話をマネキンは静かに見ていた。

 他のメンバーが、肉と酒を好んで飲んでいる。

 ラスクは酒は飲まないが、肉はシッカリ食べている。

 しかしマネキンの食べる食卓には、少しの野菜と少しの果物の絞りジュースがあるだけだった。マネキンはそれをゆっくりと、口に運んでいる。

 無表情は相変わらずだ。

 

 「マネキン、肉食うか?」


 ライムが、声をかける。

 マネキンは首を横にふる。

 

 「ハン! まあ、不味いから食いたくねーか」


 ライムが少しイラつきながら、顔を背けた。

 マネキンは気にせず、野菜を口に運んでいた。


 !!!


 マネキンが食堂の入口に、鋭い視線をとばす。

 ラスクがマネキンの視線に気づき、他のメンバーも食堂の入口を見る。

 一応、身構える。

 食堂の入口から現れたのは、カルチだった。

 お供の護衛を連れて、ラスクに会いに来た。

 カルチがラスクを見つけると、護衛達に入口で待っているように命令をする。

 少しラスクの顔が険しい。


 「ラスク様、よろしいでしょうか」


 ラスクの声が少し高い。

 

 

 4


 コンテナ内の簡易ベットにて、太郎とアカネはナムルを付きっきりだった。

 ナムルは先程から眠っている。

 まるで死んだようにだ。

 

 「おじいちゃん、この子、よく寝てるね」

  

 アカネが、心配そうだ。

 アカネが太郎の顔を見る。

 

 「おじいちゃん、どうしたの?」


 アカネが見た太郎の顔は、恐ろしく険しい。

 何かを太郎は感じとっていた。

 アカネは身体に、緊張が走る。

 先ほどのアカネとの頼みごとで、太郎はある答えを導いていた。


 「狂気だ……」


 太郎がポツリと漏らした。


 「……」


 アカネが俯く。

 

 「この子はいずれ、呪いに喰われる」

 「……」

 

 アカネの瞳に、涙が潤む。

 両手を顔に当て、しゃがみ込んだ。

 感染型狂気系、これは呪獣のろいの呪い(どく)で相手を感染させて相手を呪獣のろいに変貌させてしまうモノだ。

 つまりナムルはいずれ、呪獣のろいになり人々に厄を齎すことになる。

 アカネが泣いていた。

 太郎は、それを見ている。

 表情がどこかやるせない。

 アカネがしばらく泣きじゃくり、鼻水を啜ると太郎を見た。

 瞳は充血している。

 その瞳から皮肉なくらい美しい涙を、たくさん床に零しながら……


 「呪いをかけた感染者は?」


 そこまで言い、再び泣きじゃくり出した。

 太郎は静かに、アカネを見ている。

 見ているしかなかった。



                

 


 

 

 

 

 

 




 

 

 


 




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