派遣先が魔王城だった
俺、進藤は至って普通のサラリーマンだった。
毎日毎日起きて仕事の準備して通勤の満員電車に揺られて出社する。そしてパソコンに向かってカタカタとキーボードを叩き、上司に向かってペコペコとゴマをすりながら飲みニケーションと言う今はそんなやらないであろうことを仕事終わりに連れていかれ、そして帰ったら寝る。
そんな毎日だ。
「はいこれ、今までご苦労様」
そんな俺が、なんとあろうことか上司にトントンと肩を叩かれた。
退職届。つまりリストラ。俺はこの会社からリストラされたのだ。
わけが分からないままに俺の居場所は、会社から消え去ったのだった。
そんな俺は今、別のところで働いている。派遣会社だけど。
そこでは色んな体験をした。ただその中でも一番の違いはこの会社がブラック企業だと言う事だろう。
労働基準を余裕で超えて残業代は問答無用で無し。なんなら給金だって一週間遅れるのは当たり前。酷いときは一ヶ月遅れとかあった。
その時はまだ貯金があったからなんとかなったが、今はもう無理だ。労働と比べて貰える給金額か割りに合わない。
だからと言って他の仕事を探そうにも辞めるわけにはいかず、結局この仕事を続けるほかないのだ。
「一体、俺がなにをしたって言うんだ……!」
社会の理不尽さに、ビールを片手に手に持ったソレを恨めしい気持ちで睨む。
そこには派遣先の住所が書かれていた。
異世界。フィートシリウス魔王城。
魔界領三百五十八番地の二。
どうやら俺は、次元を超えなきゃ給料が貰えないらしい。
「なんだよ、魔王城って! 魔王のメシになれって言うのかこのヤロー!」
ガン! ドン!
俺が叫ぶと部屋の両隣から壁を叩く音がする。慌てて「すみません、すみません!」と謝ると壁向こうにあった気配が遠退いた。
しかし、どうやれと言うのだ。ここは地球で三次元。二次元に渡るなんて夢のまた夢だ。それこそ科学が発展しても無理だろう。
発展し過ぎた科学は魔法と見分けが云々言ってる人もいたが、本当の魔法でもない限り異世界に渡れるわけがない。
ビールを飲む。キレのある喉越しと、苦味が体に染み渡り思わず唸る。と同時にこれぐらいしか楽しみがないことに嫌気がさしてくる。
「はぁ……考えるのはヤメだ。これ飲んだら寝るか」
イカをつまみに一人淋しい晩酌を終えた俺は、ベッドに入る事なくしてその場で寝落ちしてしまったのだった。
悲しいものかな。人間と言うのは習慣で生きているものである。何が言いたいかと言うと、俺は目が覚めたのだ。
俺の部屋ではなく、見知らぬ世界で。
「ほう……やっとお目覚めかお主。我を数時間も前にしてそのクタクタの姿で寝ているとは、よほど疲れておったのじゃろう?」
寝ぼけ眼で声がする方を向く。女の子が居る。以上、終わり。
疲れているんだ、これは夢だ。じゃなければこんなあり得ないものを見るわけがない。
そう俺自身に言い聞かせていると、更に声が飛んできた。
「お主、魔王であるこの我を前にして、なお寝ようとするその心意気。いたく気に入った。かくなる上はそれ相応の事をしてやらねばな」
カツカツとヒールの音がこだまする。本能がヤバいと警鐘を鳴らす。なんでだ、夢だろこれ。なんでこんな事になっているんだよ。
ただ近付いて来ているだけなのに足が震え息が詰まりそうになる。
逃げろ、逃げるんだ。逃げなきゃ、逃げなければ。
フフンと笑う女の子。まだあどけない顔立ちだと言うのに、一体何故ここまでも怯える必要があるのか。だって女の子だ。俺がその気になれば力で簡単にねじ伏せられるはずだ。
じゃあなんで俺は怯えてるんだ?
その問いに答えがわかった時に俺はソレに目を向ける。
異形の左腕。それはまさしく悪魔だと言ってもいいだろうその左腕は、銀色に鈍く輝く鋭い爪で、女の子の体とは不釣り合いな大きさだった。
「ま、待ってくれ、助けてくれ!」
やっとの思いで声を出したら、単なる懇願だった。
「俺は生きてて良いことなんて何もなかった。学生時代はいじめられ、入社したら上司にゴマすりしたのにリストラ。あげくの果てにはブラック企業な派遣会社でなんとかやって来たと言うのに異世界の魔王城が次の派遣先だと突きつけられて。そして今、殺されかけてる。俺がなにをしたって言うんだ!」
堰を切って溢れる感情の怨嗟は止まらない。
「学生時代が青春時代なんて嘘だ。嘘っぱちだ。ジメジメして濁ってて灰色なんて生ぬるい。あんなのもう二度と御免だ。大学卒業してそこそこの会社に勤めて三年間。良いことなんて何もなかった。毎日毎日同じ事の繰り返し。彼女が出来るわけでもなく親しい友人がいるわけでもなかった。そんなクソみたいな人生がなんでこんなところで終わらなきゃいけないんだ!」
「そうか。ならばこれはリセットじゃ。眠れ」
女の子がそう言うと左腕の悪魔の腕を俺の首を狙って振り抜く。
冷たく硬いものが俺の首をはねて、それとは正反対の暖かくて柔らかいものが溢れていく。
チクショー、なんてこんなところで……。
残った胴体を見て、俺の意識はそこで途絶えた。
はい。バッドエンドです
書いてる時の精神状況によって物語は左右されるんだなーってのがよくわかりました←