表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/38

0周期、奈落、青羽国

引き続き奈落編です。相変わらず短めですが勘弁してくださいね。

十二:0周期〜、奈落、青羽国





青妹が女后として初めて赤羽国へ行った記念すべき日から四十と五日程度が過ぎただろうか。


橋を利用する民もかなり増えているようで、交易も整って来ているようだった。大きなトラブルも無く、二つの国は橋完成以前の不安が嘘みたいに感じられるほど平和であった。

それはやはり、二つの国の長の人柄のお陰もあったのかもしれない。


さて、青羽国は十日ほど前から雨降りが多くなっていた。雨の季節の到来のようだった。青妹がかつて慶徳に言ったとおり、青羽宮の庭園では紫陽花が可憐に咲いていた。

青妹はその日、いつもより早く、使いの者に起こされること無く目を覚まし、部下に客人を迎える準備を始めさせた。

自分もまた、部下と共に、庭の紫陽花のように雅ながら可憐なかさね(着物)を選び、お召し換えや、化粧など、着々と準備を進めた。


「ああ、やっとこの日が来たのですね。慶徳様にお会い出来る日が来たのですね。待ち遠しく思いますわ。」

かさねの紐を調節しながら彼女が側近の鈴音に言うと、

「まだ四十五日しか経っておりませんよ。そのような大袈裟な…。」と、側近は笑った。

「この四十五日は人生で一番長く感じられた四十五日だった気がします。ああ、早くお会い申しとう御座います。」

「また、そのような、あちらもあなた様も一国の長なのですから…ほどほどに、ですよ。」そう言ながらも、鈴音には、青妹らしい素直な振る舞いが微笑ましく感じられた。

平和が最も似合う方…彼女はよくそういった評判を受けると言う。これといってすばらしい政治家らしきことはしていないのだけれど、彼女の下では、国は自然と平和になってしまうのだ。



彼女もまた、聖后として後の世に語り継がれる存在なのであった。


数々の支度を終えると、予定の時刻が近付いて来たので、部下たちと共に橋の前で慶徳を待った。雨よけの沢山の傘を用意して。



「あ、お見えになりましたわ。」

側近の一人が向こうから渡って来る一団に気付いた。


慶徳はあの日の青妹同様に、車に乗ること無く、橋を歩いて渡ってやって来た。



「お待ち致しておりました。かつてわたくしが話したとおり、この雨の季節にお会い出来てうれしいですわ。…と言っても、ここではぬれてしまいますね。ひとまず車に乗り込みましょう。行き先はまず、『空の祠』でよろしいですね?」

確認を取ると、部下たちが出発の準備し、一同は『空の祠』へ向かった。


「こちらの国では、雨の季節は多くの花々が咲く美しい季節とされていますの。雨の季節と言うだけあって、ほとんどの日はこういった雨降りなのです。雨はお嫌いでしたかしら。」

慶徳は首を振り、

「いいえ、民の生活に支障をきたすような大雨は考えものですが、このような静かな雨の景色は悪くないと思います。それに、私の国はもう初夏の季節。こちらにくるととても涼しく、過ごしやすくかんじます。」


これも二人が会談してわかったことなのだが、谷を隔てた二国では、季節の変化も異なるのだ。

青羽国には春夏秋冬に加え、今の雨の季節が春と夏の間に訪れる。赤羽国には秋と冬の間に紅の季節が訪れるという。


二人はしとしとと振る雨の中を進み、街の西側にある『空の祠』へ向かって行った。


それから半刻ほどで、一行は『空の祠』に到着した。部下たちは傘など二人が濡れないように準備をし、それが整うと、二人は外へ出た。


その祠は赤羽国のそれと同じくらい特異な、しかし立派な建物だったが、どこかがらんとして、空虚な感じがした。

「ここには祠司や守者はいないのですか。」中には誰もいない様子だったので、慶徳が尋ねた。

「はい、『守るもの』が現れるまでは、そのような者を置かないきまりになっているのです。城の部下の者が、この祠の管理を行っておりますわ。」


中には台座のようなものがあるが、その上には何もなかった。確かに、祠るものが不在になっている。と言う感じだった。


その台座のある広間の左側には勝手口のような扉があり、その奥はたくさんの書物が置かれていた。


「普通、貴重な書は宮廷内の書庫室に保存されるのですが、伝記の内、特に古いものはここに保管されることになっているのです。ここにあるものは全て、新しいものでも数百年前に書かれたものだと言われています。」

その書庫室の奥にはさらに部屋があった。そこは先ほどの部屋よりも広めであったが、ただ一つの書だけが中央の台座の上に存在していた。

「これはこの祠や青羽国の存在理由が書かれた、この国で最も重要な書の一つで、書かれたのはこの祠が建てられたのと同じ頃。また、国が出来たのと同じ頃と言われておりますわ。

前に慶徳様にお話したことは、この一番最初の章に書かれております。」「少し、拝見させていただいてもよろしいですか。」祠司が後ろから声を掛けると、青妹はどうぞと言って横によけた。


「ふーむ……まず、中を見ずとも不思議なことがある。この表紙の字体は赤羽国の最も古代の頃に正式な場で用いられているものと酷似…いや恐らくは同じだ…書式も赤羽国古代のそれに非常に似ている…。」

更に彼は鈴音から渡された手袋をはめ、その表紙を捲った。

「…これは驚いた。まさかとは思ったが、文章も我が国の古文字で書かれているではないか。」

言語に於いてこの二国には面白い特徴があり、発話の上では類似していて、お互いの話はある程度通じるのに、文字はかなり違うのだ。

「しかし、これがここにあると言うことは、文字についても源流は同じと言うことか。その後の時代の経過で変化したために違いが生まれた…と。確かに、発話言語より文字言語の方が古代より大きく変遷していると言われているから、その点でもうなづける。しかし、なぜそのようなことが…?二国は今迄交わりがなかったと言うのに

…言語の源流が同じと言うことがなぜ起こるんだ。」

祠司はそのような疑問を抱きつつ、中身を読み始めた。

以下はその内容を要約したものである。



まだ、世界が混沌でしかなかった頃のこと。

どこからともなくそれは現れた。

それは『終えることなく輝き続ける羽』。この世を秩序づけるモノ。

やがて、その『羽』の力によって、人間界に二つの国が生まれた。

二つは共に世界を秩序づける『羽』を欲しがった。けれどもそれは一つだけ。

そのままでは争いになると感じた二人の聖人に近い存在は、この世界を超越する存在に判断を委ねた。


彼は思いを聞いて、解決策を告げた。

「二つの国の間に奈落を創りましょう。そして完全に世界を分断するのです。そうすれば、戦は避けられます。

しばらくの間、『羽』と『羽に関する記憶』をそれぞれの国が分けて保管するのです。そうすれば、あなたがた皆が欲しがるものとしての『羽』は分断されましょう。

あなたがたは『羽』が世界を秩序づけた偉大なものだからこそ、それを欲しているのですから。

そして、二つの国が、そして、二つの国の民が充分成長して、奪い合いを起こさない平和な気運を持った時に、そして、この奈落を渡る術を見つけた時に、二つの国は再び出会うこととなりましょう。

その時もまた、二人の聖者が現れ、双国を治めているはずです。」

こうして、人間の争いを避けるべく奈落は生まれ、赤羽国が『羽』そのものを、青羽国が『羽に関する記憶』を保管することとなる。

両国はそれぞれを保管するために祠を建てることになる。

そして、遠い未来、二つの国が再会したときには、それぞれの持ち物を共有しあうことになろう。それが実現したとき、両国に平和と繁栄が訪れる…。

そして『羽』は、自らの役目を終え、真の意味で万人に共有されることとなる…。



「なるほど。『赤羽』にそのような意味があったなんて…。」「信じて下さいますでしょうか。」青妹は心配そうに言った。

「もちろん、本当に確かめる術はもう無いが、あの谷…この伝説で言う『奈落』によって二国は完全に隔てられていたにもかかわらず、こちらに『羽』のことが書かれていることや、双国の古代文字が共通していることから察して、この内容は充分に信憑性があると言えるでしょう。」

しかし…と祠司は少し考え、

「しかし、この先どうすればよいのでしょう。『赤羽』と『その意味』を共有すると言っても、現実二つの国があるのにそれらは一つずつ。如何にすれば…。」

そこに慶徳は提案した。

「こういうのはどうだろう。片方が『羽』、片方が『羽の意味』…まあこの書で代えるとして、それぞれをそれぞれの祠で保管し、四季を基準に、季節が変わる毎に交換しあうと言うのは。そうすれば、ここでいう共有を出来るのではないだろうか。

『羽』が役目を終える、と言う所はよくわからないが…。」


ここで『四季』とあえて言ったのは、両国それぞれにしかない季節二つを除いて考えると言う意味である。


祠司もまた、これに納得した。

「そうですね。それがよろしいのかと。『赤羽』は最早、我々の赤羽国だけでなく、青羽国をも守る存在になったのです。我々はここに訪れたことにより、その『羽の本当の意味』を知ることが出来たのですね。」

両国は、赤羽の夏の季節の終わりにその最初の交換を行うことで合意した。

そしてこれ以降、二国に共通した暦として『周期』を用いることにした。一回の交換毎に『周期』は変わり、次の交換の日から『一周期』になり、それまでを『0周期』と定めた。



一行は祠を後にすると、青妹は宮廷の庭園に来るよう、慶徳をお誘いした。彼は当然その誘いを受け、一行は青羽宮へ向かった。




続く

さて、次回は庭園での二人の会談と言う名のデートからです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ