フォグナ歴紀元前五年、霧の世界
なかなか長くなりそうです。霧の世界編
五:フォグナ歴紀元前五年、霧の世界2
ルシウスとユリコはその後、その街の自警団詰所へ行き、その晩の強盗について聞き込みに行った。
「おう、ルシウスじゃねぇか、どうした何か用か?」
詰所の受付にいたのはカッツ。ルシウスとは顔見知りだった。
「実はこのまえ家にはいった盗人のことを調べようと思ってな。」
「へぇ、そりゃまたどうした。昨日までは、大したもんはぬすまれてねぇから別にいいって、話してたじゃねぇか。」「いや、そうなんだが、この娘がなんかその盗まれた物を欲しいって言ってな。なんだか大切なものなんだとよ。この娘にとってはな。」
ルシウスは後ろのユリコを指差しながら応えた。
カッツは後ろのユリコとルシウスを交互に見ながら言った、
「ふ〜ん、こりゃまた随分べっぴんな娘をつかまえたもんだ。どこでみつけたんだい?」
カッツは明らかに勘違いをしているようだった。ルシウスはまあそう捉えるわな、と思いながら
「そんなんじゃないんだよ、この娘はその『羽』を探して家を尋ねてきたんだ。突然な。」
ユリコも何かいおうとしたが、ルシウスがめんどうになるから止めろと、手で制した。
「まあいい。ちょっと待ってろ。事件についてまとめたノートがあるから、、、えーと……あったこれだ。
…悪いがあの事件のことはそれほど深く調べてなくてな…被害も小さかったし、なにしろお前がそんなに協力的じゃなかったからな…
しかし、ふむ、二件ほど、気になる証言があるな…一つ目はおまえの家から北側に三軒先のリイスの話だが、真夜中に数人が道で話しているらしき音を耳にしている。その中で『光』という言葉を発していたのを記憶しているそうだ。お前さんの盗まれたものは、ランプだったんだよな?」
ルシウスは、変な顔をされるのが嫌だったので、盗まれたものを『火入りのランプ』と言っていた。
「つまり、犯人は街の北側にいるわけだな。」
そうルシウスが言うと、カッツは首を横に振った。
「いや、残念ながらそう簡単な話ではないんだ。もう一つの有力証言と言うのは、街の一番北側の牧場区との境目あたりに住む老人の話なんだが、その夜、三人くらいの人間が街を出て行くのを見たそうだ。さらにその後北の方で馬が駈けるような音も聞いたとのことだ。
つまり、その犯人…どうやら数人いるようだが、奴等は街の外へ逃げて行ったようなんだ。」
「この街の北には何があるんですか?」
ユリコが突然口を挟むと、カッツはそんなことも知らねぇのか、という顔をした。
「ああ、この娘はこのあたりの人間じゃねぇから、この辺の地理もわからないんだよ。
この街の北は、南と違って普通の馬でも行ける道が整備されているんだ。この街から出て、少し行くと森がある…そして森を抜けると…。
学術都市ヴィエンだな。」
「学術都市ヴィエン…?」
「ああ、いろいろな分野の学問に関する学校やら研究所やら何やらが集まっていてな。ハルプ国の文明進歩を牽引する都市…とかうたわれてるな。この街もそのヴィエンに近いせいか、小さい街にもかかわらず、学問の真似ごとみてぇなことしてるやつは結構多い。おれは違うがな。」
『羽』の話もそういうやつに聞いたんだよ。とルシウスはユリコに耳うちした。
「そこは、例えば、神話とかを調べたり、なにか古典なんかを研究するような所もありますか。」
これにはカッツが応えた。
「ああ、あるある。古書学とか言ったかな…なんかそんなのがあるよ。古い本なんか漁って、何が楽しいのか凡人には全くわからねぇけどな。」
「そういうおまえも、『数学』に凝ってるってきいたが?」
「ああ…あれはおまえ、すげぇぞ。東方からもたらされたらしい、インダス数字ってのはすごく便利だぜ。これのすごいところはな…」
カッツはその口調に似合わず数の概念を語る傍ら、ユリコは『羽』の行き先に確信をもった。
…ヴィエンに間違いない…。
「やれやれ、あいつにあれ語らせたらキリないんだから。わかんねぇってな。ヴィエンの書物や器械みたいなものの中でも価値の低いものなんかはここに流れることも結構あってな。
面白がって読み出したり使い出す奴が結構いるんだよ。幸か不幸か、字読める奴もほかの街よりケタ違いに多いんだとよ。それで、どうも犯人は北にいるらしい。北といっても、森にいるのか、ヴィエンにいったのか、あるいは更に更に北なのか…」
「犯人はヴィエンにいると思います。恐らく。」
「へぇ、どうして?」
「あなたの家から唯一『羽』だけが盗まれたことから察して、犯人は『羽』が目当てだったのだと思います。しかし、あなたの今迄の話を聞くところ、一般的な町にしては知的な人の多いこの町でも『羽』については表面的な情報しか伝わっていない…。そしてそういう人々は、あなたの言うように、あまりあの『羽』を欲しいとは思いません。『地』を破壊したいとは誰も願わないからです。だから、『羽』を欲しがるのは、あれの本当の使い方を知っている人、古い神話や伝説をより深く知ることが出来る場所…。」
「なるほどね。だからヴィエンてわけかい。で、本当の使い方ってのはなんだい?『地』を造り替える以外の力ということかい。」
「まあ『地』を破壊しなければならないことは間違いないんですが…本人は助かるというかあらたな『地』で生きる方法があるんですよ。」
「へぇ、本当かい。そりゃ惜しいことしたなあ。」
「いえ、でもそれを実行されては困るんです。困る人がたくさん出るんです。」
ユリコの顔が今迄で一番真剣なのにルシウスは気付いた。
「なんだかよくわからんが、俺は何とか『羽』をあんたに渡さなきゃいけないらしいな。…仕方ない。ヴィエンに行くとするか。」
ルシウスは街の事務所で働いていたから、散歩コースよりも街の外側へ出るのは久々だった。盗人探しの為とは言え、ちょっとした旅行気分にもなった。彼は着替えを済ませ、お金などを用意し、出発した。
「これでも、おれにしては、上等なよそ行きなんだ。笑うなよ。なにしろヴィエンに行くんだから、できるだけおしゃれしなきゃな。
あんたはそれでいいだろう。ヴィエンには異国の人間も多いと聞くからな。その白い長いやつも特に浮いたりはしねぇよ。」
ユリコの白いローブを上からしたまで眺めながら言った。
「さて、街の北側まで歩いて行って、そこからは馬車に乗ろう。」
休日のにぎわいを見せる街の中心を通って、二人は街の北門へ向かった。
中心部から十分程いくと、大きな門と、その置くに馬車小屋があった。
「このでけぇ門が閉まってりゃ、あんな盗みも起こらなかったのかも知れねぇが、最近この辺は平和でな。夜も開けっ放しなんだよな…。ま、この街の人間がおおらか過ぎるのかも知れないな。」
それはユリコも感じていた。彼女は格好からして『よそ者』とすぐわかるにもかかわらず、この街に来て引け目を感じたり、変に避けられたりということがなかった。
彼女の故郷では感じることのできない、好ましい、だが無防備な空気を感じた。
門をくぐるった先の馬車小屋で、ルシウスは役人のような人に金を払い、小屋のなかでも小さめな車と馬を選んだ。その後、役人が車と馬をつなぎ、二人は中に乗り込む。
「あんまデカくはないが我慢しろよ。庶民のおれにはこれがいっぱいいっぱいなんだ。歩いていくよりゃましだろ。半日かかっちまうからな。」
なるほど、随分しっかり整備された道が延々森の方まで続いているようだった。
二人は馬車にゆられながら、ルシウスの住む街を後にした…。
三、四時間のち、ユリコたちはヴィエンの南門到着した。
なるほど、そこがこの『世界』で進んだ『都市』であることは外観からも見て取れた。ユリコの住む世界で言えば前近代であたると思われるこの『地』にしては近代的な建物が、所狭しと並ぶ景色が、その立派な門の外からも見ることが出来た。ユリコが経験した二つの世界の歴史観からすると、二つの時代が一空間に並立しているように思える、不思議な感じがこの『地』にはあった。
門の横にある詰所で手続きを済ませると、二人はその異空間の中へ入って行った。
ユリコがまず驚いたのは、街路脇にずっと街灯が並んでいることだった。一瞬『電灯』かと思ったが、どうもそれとは違う感じがした。
「この明かりは、どうやって光っているんですか?」
「さあな、でも普通の炎とは違うらしい。おれがだいぶ昔来た時にはなかったな。」
「以前にも、来たことあるんですか。」
「ああ、もう十年くらい前になるかな。その明かりに限らず、この都市は日々変わって行くよ。おれたち民族はどうも勉強好きが多いらしい。そのせいで、どんどん進歩していっちまうのよ。」
その他、ユリコが驚いたのは、種の多様性だ。それら全てがこの『地』で同種の生き物として扱われるのかどうかは不明だったが。外見的にはとても多様な人々が普通に街路を歩いていた。なるほどこれでは私のようにちょっと変わった服を着た所で浮くはずもない。と思った。
市街地を進みながら、二人は(ルシウスはよくわかってなかったが)『古書学』に関する研究をしている所を探した。事件の関係者がそこに携わる人である可能性もあったし、ユリコはこの『地』に本当に『羽』の正しい使い方に関する説が伝わっているのかを確かめたかったからだ。
その後街の人に聞いたり、案内を辿ったりして、ついに目当ての場所についた。もう日が落ちてからだいぶ経ったが、そこはまだ全ての窓から明かりが漏れていた。
全く前連絡もせずに、研究所の人が会ってくれるか、ユリコは正直不安だったが、そこにいた、深緑色の制服のようなもの着た男は、あっさり二人を招き入れた。
その男は、二人を応接室のような所に通し、自己紹介から始めた。
「こんばんは。我がジョセブ研究所へようこそ。私は所長のジョセブです。今宵はなにか、古書に関して知たいことがおありですか?」
「こんばんは。ユリコと申します。こちらはルシウスさんです。夜分に申し訳ないのですが、実は、…ぇえと『太陽の鳥の羽』の伝説についてお伺いしたいのですが。」
ユリコはつい一瞬、『鳳凰の羽の伝説』と切り出しそうになって、言葉に詰まった。
「ほう、『羽』の伝説ですか。それはこの『地』の伝説の中でもとくに古代から伝わるものの一つですな。よくご存じで。」
それ程有名な伝説にはなってないのだろうか、と思いながらユリコは続けた。
「その、解釈の問題なのですが、遠い昔に於いて、その『羽』の力…つまり、『地』を造り替える力を多くの人が求めて、争いを起こしたとありますね。しかし、もし誰かが『羽』の力を使ったら、いまある『地』が壊されて、新たな『地』に『造り替えられる』ことになってしまい、当然それを使用した当事者も消えてしまいますね。だとすると、その『羽』の力にそれほどの魅力があったとは思えないのですが。」
ユリコはここで、あえて正確ではない解釈をジョセブに話した。
「ふむ、なるほど。ユリコさんは『羽』の伝説についてなかなかお知りのようだ。感心なことです。しかし、その解釈は二つほど間違った、というか不正確な点がありますな。
一つは『羽』の力を求めて争ったと言う部分ですが、争ったほとんどの人々は『羽』の力を実用するつもりはなかった。人々の間でその不思議な力を持つ『羽』は権力の象徴と見なされていたのですな。こういうことは他の伝説でも、また実際の歴史でもあることだそうです。人々になにをもたらす訳でもないものが、何らかの理由で神格化されたり、権力の示すものとされたり…。」
『羽』の場合、両方よね。とユリコは思った。
「…そして、もう一つの不正確な点は、この『羽』の力を使うためには、いまいる我らの『地』を壊さなければならない。と言う点です。確かに造り替えるという言葉をそのまま考えると、そう考えてしまいがちですが、
この伝説に於いて『地』は七つあると考えられていました。」
ユリコはやはり、と思いながらも、一応初耳のように振る舞った。
「七つ?私たちの住むような『地』がですか?」
「はい、そしてそれらはそれぞれ『地の果て』でつながっていたため、互いに行き来出来る。とあります。そして、『羽』の力を行使する時、壊す必要のある『地』はその七つの内一つでよいのです。
従って、自分の住む『地』以外を滅ぼすことで新しい『地』をつくり、『地の果て』からそこへ赴いて、『地』の創造者になることが可能なのです。『羽』の伝説の争いの章では、これらのことを理解し、『地』の創造主になろうとした者もいた、と書かれているのですが…。難解なためか、この部分を省いてしまう書が多いのです。
知っているのは、我々ヴィエンの学者くらいでしょう。」「なるほど。そういうことだったんですか。やっと長年抱いていた疑問が解けました。ありがとうございました。ところで先日、あなたが着ている制服と似たものを着た男の方を南の町で見たのですが、
研究員の方々はよく外出されたりするのですか?」
これももちろん、嘘である。
「はて?研究員は皆この近くに住んでいるし、一日の多くはこの建物内で過ごすことがほとんどで遠出もめったにしないと思うが…そういえばここ一週間の間、ずっと姿を見せないのが三人ほどいましてな。どこにいるのかと思っていたのですが…彼らかも知れませんな。
どんな目的があるのか知らんが、来ないなら連絡くらいは欲しいものです。
まあ、ここに来ることは義務ではないから、仕方ないのかも知れんが…。」
「なるほど、きっとその方達だったんですね。あ、それではそろそろ帰ります。貴重なお話ありがとうございました。」
ユリコとルシウスは『三人』という点に半ば確信を抱いて、研究所を後にした。
とりあえずその日は、近くの宿をとることにした。
「やはり、あの研究所員が関わっていそうですね。」
「いや、でもあの所長自体が…ってこともあるだろ。」
「はい、その可能性は確かにありますが…。でも後ろめたいことが思いあたるのならば『知らない』とか『研究員はよく外出する』と、もっと簡単に嘘をつけばいいんじゃないでしょうか。
それに、『羽』のことについても、彼が盗んだとしたならば、彼は羽を使おうとするわけですから、あまり知られていない『羽』の本当の使い方は話したがらないのではないのでしょうか。
先ほどの私の質問は、一つ目の彼の指摘だけでかわせるものでしたし。
とりあえずは、彼の話を本当だとして調べてみた方がいいのではないでしょうか。」
「てことは、今度はその『三人』を探すことになるな。
「そうですね。」
そこまで話した所で、二人はそれぞれの自室にもどり、ベッドに入った。
しかし、翌朝、事態は思わぬ方向へ進んだ。
朝、朝食をとりに二人が一階に降りると、下で先に食事をしてい人達の間では、ある噂でもちきりだった。
それは、
「魔法使いがあらわれた」というものだった。最初にそれを耳にしたとき、ユリコは一瞬あせったが、どうも彼女のことを言っている訳ではないようだ。
彼らの話を要約すると、全身『色のない』服の二人の男が夜中に都市の外れ、スラム地区の通り裏、で光るランプのようなものをもっていたらしい。二人はしばらく何かをしていたが、その後その光を消してどこかへ消えて行ったと言う。
それを聞いたユリコは、さっきより一層顔をこわばらせていた。
一方ルシウスは魔法使いが何のことかすら知らなかった。
「へぇ?いろんな奴がいるヴィエンでも『色のない』服の奴はさすがに噂になっちまうんだな。まあ、『色のない』布なんて、めったにねぇからな。でも『まほう』使いって何だ?いや何かを使うのはわかるが、『まほう』てぇのはここでは知られたものなのか?」
「あ、あの『色がない』って言うのは、透明ってことですか?」ユリコは恐る恐る聞いた。
「いや、まあ透明も色ないと言えなくもないが。『色がない』ってのはそーゆー状態だ。この『地』に初めから『色がないもの』なんてあったんだな。おれは、光を遮らない限り、物の『色』はなくならないと、思ってたんだが…。」
彼は宿の物置きの奥の光のあたってない闇をさした。
(やっぱり。)
そういえば彼女は、この『地』に来てから、『色がない』つまり『黒い』ものを目にしていないことを思い出した。夜の真暗闇を除いて。このヴィエンに着いてからは、夜も外は街灯が明るく照らすから、闇は室内の暗がりくらいにしかなかった。ここには黒色の概念が存在しないのだ。
ここには存在しないはずの黒を着込んだ存在、つまりは、恐らく別世界の存在……。
(まずいわ。でも、どうしてココに?奴等は世界を渡れないハズ…。ハズだけど…。)彼女は既にその存在に心当たりがあったようだ
そうは案じたものの、彼女は既に、本来『渡れない』
者たちが、白魔力の助けなしに何らかの形で世界を渡る例を既に二つ知っていた…。
博史と、そして、自分のことである。しかし、いずれも極めて特殊なことで、他にはそうそう出来ないことと踏んでいた。
(いや、人違いの可能性もあるけど…たぶん間違いない…のかしら)
彼女はいろいろ思案をめぐらせた。
しかし、やはりその二人を追うのが、最善の選択のように思えた。本当に二人が『黒魔族』だったら…
「ルシウスさん、その『まほう』使いを追いましょう。」
「なんだ。やっぱり光るランプってのは『羽』のことなのか?」「わかりませんが、しかし、もし黒ずくめの二人が『まほう』使いならば、そうだと思います。彼らもまた『羽』を欲しがっていますから…。私は出来れば彼らの手に『羽』が渡るのを防ぎ、私が回収したいのですが…こうなると、それよりも彼らに会うことの方が重要になります…。」
「なぜだ?」
「あなたの知らない『まほう』というものは、この『地』に良くないことをもたらすものなのです。何ていうか、この『地』の自然の決まり事を崩してしまうというか…。まあ毒をまかれるようなものなのです…。」
「そりゃ、確かに、まずいな。しかし、どういうことなんだろうな?その『まほう』使いといなくなった研究員に何の関係があるんだろうな。それとも、実はどっちかは無関係なのか?」
「……わかりませんが、とにかく黒ずくめの二人を探しましょう!」
続く
すいません昨日嘘つきました。まだ続きます。ありがとうございました。