A-1451 ヴァイスナハト/環の着地点
続きがまとまらなくてかなり止めていましたが、やっと固まったので書きました。
事態は突然動きだすことになる。まあ、情勢の変化なんて常に突然ではあるのだが。
二人は相変わらずの「布教」活動にいそしんでいた。
いつからだろう。鴉丸同盟の活動は、今や完全に「布教」という認識を持たれていた。それが悪いことなのかどうかはわからない。(少なくともいいことではないだろう。彼らの目指すものは宗教ではないのだから)しかし、誰彼ともなく、鴉丸同盟は宗教という扱いを受けている。
そのため、(彼らが強硬手段を全く行わないにもかかわらず)彼らの活動に反発する輩がいないとも限らなかったわけだが、活動はどちらかといえば順調。
だが、当然なかなか考えがつたわらない地域もあった。
特に、地球に於いては、かなり厳しく反対する所もあった。
多くの地域では、学者の助力により、その科学的な主張により、考えが浸透していった。
そう、あの教授に限らず、学問の力はとても助けになるのだった。
でも、逆に元々学術的な面で発展していない地域、或いは宗教と学術が不可分な地域では、この理論を浸透させるのは困難だった。
とりわけ苦労しているのは、エルガルド自治区を始めとする、通称「Land of Round-環の着地点-」と呼ばれる地域。
このあたりはエルガルディアと云う宗教の信仰者がほとんどで、この宗教の教えが、Elwina停止理論と全く相容れない。
その総本山であるエルガルドは、未だに鴉丸であるだけで、入国すらできない。
今日もこの地域の懐柔策について話し合われていた。
鴉丸の幹部は25人いるが、内15人は、各々自分の持ち場の地域があった。
だから、この会議の参加者は11人。鴉丸同盟幹部の会議の、最もスタンダードなスタイルだ。
ヒロとジュナも勿論参加していた。彼等には担当地域がない。エルガルドのように特殊な事情のある地域を除けば、地域担当の幹部は、大抵その地域出身の有力者がやるので、元々出どころのはっきりしない彼らは、地域担当にはなりにくいのだ。
円卓を囲んで、11人の幹部がみな、顔を合わせている。
「まあ、宗教の存在は厄介なのは確かだが、結局まずはさ、ある程度信頼の置ける人間の文章を以て、考えをもう少し受け入れてもらうしかないとおもうんだ」
ヒロは会議に於いてそう云った。
「だが、文章じゃあなかなか伝えたいことが伝わらない」
「そうだな…もう少し中立な観点があった方がいいのかもしれない」
「何かこう、うちらの支持者ではない筋からの科学的な証明なんかが出来ればいいのだが…」
ヒロとは別の幹部が各々に云う。
この筋を見つけるは簡単なようで難しい。何故なら、そんな科学的な証明を正しく出来る者の殆どは、その重大さに気づき、既に支持者となっているからだ。
「…それに、エルガルディアの思想は、『Elwina』を光の神とし、それと共に滅びゆくのは『Heaviness』と云う幸福の世界への解脱を意味するから、そもそも滅びる事への抵抗がほとんどないんだ」
「流石に環の着地点担当だけあって、詳しいね。リルケさん」
「まあね。これくらいは流石に向こうとのコンタクトを試みる過程で、嫌でも知ってしまう事だ」
「でも、環の着地点の人たちは、昔から、世界が滅びると知っていたの?エルガルディアって、結構歴史の長い宗教だよね?」
ジュナが疑問を挟む。
「ああ。彼らの教書には既に、世界の終わりについて言及している。流石に、千年以上前にこの事態を予想していたとは思わないがね」
「宗教は色々あるが、無常感をその教えの中にもつものは多い。つまり人も動物も、大地も、世界だって『いつかは滅びる』っていう考え方だ。きっとエルガルディアも、そう云った観点から、世界の終わりについて書いていて、それがこの『Elwina』のエピソードと合致しちゃったんだろう」
「ふむ…つまり、彼らも『Elwina』の危険性は理解している、と?」
ゲジヒテがリルケに訊く。
「少なくとも、首脳や宗教関係者の上の方は。只、民間の末端まで、正しく理論が伝わっているかは疑問ですね。何しろ、貧富が大きい地域ですから」
「『Elwina』から来る厭世観が、却ってエルガルディアの教えの強さを助長してる可能性もありますね」
「ふーむ、厄介だな…」
「何にしても、環の着地点との交渉は早急に進行させたいですね、何やら不穏な動きもあるようですし…」
リルケは、ヒロたちに目配せしながら云った。
「なに?どういう事だ?」
ゲジヒテの問いに、実際に会っているヒロが答えた。
「…えーと、どうも同盟の一部に、今より強硬な手段に出ようとしている輩がいるようでして、先日も、ちょっとトラブルがあった所なんですよ」
「強硬な手段?」
「はい、つまりは、議会のみ出なく、武力などで制圧しよう、と云う…」
「無理に『Elwina』を破壊すると云うのか?」
ゲジヒテはあからさまに不快な表情を呈した。
「そこまでは…」
ライナスの言葉を信じるなら、あくまで世論を勝ち取った上で『Elwina』を停止するつもりのようだった。
それは、Elwinaを無理に破壊する事への恐れか、それとも?
やがて、午前の活動時間は終わり、会議は、話をまとめられないまま終わった。二人は昼食をとることにした。
二人は食堂で、各々の食べたい物を買い、あいているテーブルに座った。 昼時なので、すいているってわけではないが、そもそもこの食堂がかなりのスペースを確保しているものなので、座れないほど混んでいるわけではなかった。
ヒロは頼んだリゾットを一口食べたのちに言う。
「さっき本を読んでいて、一つ気になったことがあったんだ」
「なに?」
ジュナが皿から顔をあげて尋ねる。
「一体どういう経緯で、『羽』はこの世界にやってきたんだろうって。なんでかはわからないけれど、そのことについては、歴史書にも科学書にも全く書かれていないんだ。ただ『いまから1452年前に羽からのエネルギー抽出を始めた』とだけ書いているものばかりなんだよ」
「そうね、いまはA-1452年だもんね。でも、『A』はなんなの?」
「そこもわからないんだ。それより前は普通に数字だけで歴を表していたみたいだしね。なんにしても、何らかの形でその頃、あるいはもっと前に、『羽』はジュナのいた世界からやってきたはずなんだけれど」
「…そういえば、みんなどうしているんだろう。もう大分経つよね…」
ジュナはさびしげな表情を浮かべた。
「…そうだな。こことあっちの時間の流れがどうなっているかはわからないが、おれらにしてみればもう長い間離れてしまっているな」
「そういえば。私たちは結局。どう動いたらいいの?『羽』を処分するんだよね?」
「さあな。あの男はこの世界では見ていないし。いつか遭遇と思ってるんだけどな」
ヒロは手を広げて云う。
「いるとしたら、烏丸同盟じゃないかな。利害があまりにも一致しているし」
「でも、この世界の人って、『呪』使えないよね?本当にこの世界の人なのかな…」
「…そうか。呪印で人を別の世界に飛ばせるってことは、あいつも元々はラング=ナハトの人間の可能性もあるのか」
「或いは又別の、ね」
「ああ。正直若干忘れかけていたよ。オレ自身、この世界は三つ目だってことも、世界は少なくとも、二つよりたくさんあるってことも…」
ヒロは天井を眺めて、呟いた。
独り言のような。
ジュナに告げるような。
「でも、彼がもし、別の世界の住民だとしたら、その目的は尚更にわからないね」
「いや。例えば世界がたくさんあるのだとすれば、『羽』の存在については慎重に扱わないといけないだろう」
「?」
「そっか。オレ、ジュナにオレがいた世界のこと、余り話してなかったっけ。オレの世界では『羽』は只の木の箱に封印されていたんだ。オレ、その時は別に専門家じゃなかったからわかんないけど、あの世界にとっての『羽』は、世界全体のエネルギーになる程の存在じゃなかったって思うんだよ」
エネルギーも、時間も、人間も全て、比較されるべき存在。全ては相対的なものなのだ。
「そっか。彼がエネルギー的に巨大な世界にいた場合、この世界程『羽』の扱いは難しくないし、むしろ莫大なエネルギーを得られるから、有用ってわけなのね」
「そう。『羽』の意味も色々ってわけ。オレの世界なんて、『羽』は全く意味をなしていないし。そもそもほとんどの人はその存在を知らないよ」
その時、食堂のスクリーンが映すニュース番組で緊急ニュースを知らせるアラーム音が響く。
ニュースキャスターが字幕と共にニュースを読み上げる。
「えーっと、只今速報が入りまして、テラ・エルガルド自治区の大統領官邸が占拠されました。詳細はわかっておりませんが…」
ニュースキャスターはいかにも突然のニュースと云った感じで文章を読んでいる。ただ突然なだけでなく、内容もあまりに衝撃的。いくらプロと云えど、戸惑いを隠しきれないようだ。
「エルガルド…まさか」
だが、ヒロやジュナのショックの大きさは、キャスターの比ではなかった。
何故なら、彼らはこの事件の意味を知っているから。
そして、恐らく、犯人の事も。知っているから。