A-1451 ヴァイスナハト〜Peaceful〜
「…さて、ここでもって私たちは残念ながら仲たがいになってしまったわけです。したがって、あなた方を生かしておく理由もないのですが…」
ライナスは手元に置いていた銃に視線を落とす。一気に空気が緊張する。
「…やめておきなよ」
館についてから初めて、ヒロの向かいに座っていた運転手が口を開く。
「…いま幹部を殺したりしたら、面倒なことになっちゃうだろう」
口調からして、ライナスが上位、運転手が下っ端というわけではないらしい。
ライナスは一瞬考えて、
「ふ、わかっているよ。少し脅かしてみただけだ。現時点ではこちらだって力不足だ。本家に本格的なけんかをする真似はしないさ。本家は平和主義で通っているわけだから、こっちがあまり過激な行動に出ない限りは、僕らが攻撃されることもないだろうからな」
もちろん三人にも聞こえるように、ライナスはこう言った。
「…まあ、講演会はもう少しで終わりますから、もう少し待っていてくださいね。その時間になったら、先ほどの駅までお送りしますよ」
それから、一時間後、三人は再び先ほどの車に乗せられ、三人が待ち合わせするはずだった駅まで連れて行かれた。
車から降りると、運転手は、
「まあ、とりあえずは、あまり面倒を起こさないようにしましょう。お互いにね」
とだけ言って、また車は走り去って行った。
休日の駅前に、三人は呆然と立っていた。
三人は朝から一切食事をとっていなかったので、駅前のレストランに寄ることにした。
休日の駅前…当然ながらレストランは満員に近い状態で、食べるものを注文したあと、何とか四人がけの席が空いていて、三人はそこに座った。
食事が来るまで、三人は一切の無言だったが、その後、最初に、口を開いたのはヒロだった。
「そうだ、ここで一つ気になっていたことがあるから、教授にちょっと聞いてみたいんですがね」
「…なんだい?」
「…鴉丸同盟の最終目的はElwinaをストップさせること。…まあ、最終的には廃棄することですよね。でも、一つだけ気になるのは、いったいその時『羽』はどうするんですかね?これについては、組織として何か話はあるんですか?オレはまだ日が浅い方なので、何も聞いていないんですが」
これはヒロが前から抱いていた疑問だった。
もちろん、Elwina自体は所詮人間が作った機械だから、機能を止めた後はスクラップにでもしてしまえばいいだろう。しかし、『羽』の方は、そう簡単に捨てられるものではない。いや、おそらく捨てるのは不可能である。なぜなら、(少なくともこの世界において)『羽』は宇宙の一部分の文明全体を恒常的に、永久的に支えることのできるほどのエネルギー媒体だ。それは、エネルギーを抽出する上では非常に喜ばしいものだが、破壊するとなると、何らかの形で、その無限に限りなく近いエネルギーはこの世界に放出されることになる。
そうなれば、世界の存在が危ぶまれるのは言うまでもない。
「…そう、それは非常に気になっていたことなんだ。あの『羽』は破壊することは物理的に不可能。かといって、たとえElwinaを破壊したとしても、『羽』が現存する限りは、人間の性質からいって、またElwinaに似たものを開発して、人はあれに頼るようになるだろう」
教授は腕を組んで考え始める。
「では、同盟の人々もその処理方法は知らされていないんですか?」
「でも、ゲジヒテさんは何か策を持っているらしい」
「策?でも、今言ったとおり、破壊は不可能なんですよね?」
ヒロが教授に問う。
「だが、たとえば、幽閉してしまうとかして、完全には無くさないが、誰の手にも届かない所にやってしまう、とか完全に破壊しなくても方法はあるんじゃないか?」
教授は答えた後で、独り言のようにこう続けた。
「…なるほど、ということは、その後は同盟の加盟者のみが『羽』のありかを知っているということになるのか…」
「いえ、もっと言うと、場合によっては、幹部や代表のみが知る、ということもあり得るでしょうね。状況がどうなるかは全くわからないですけれど」
つまり…。
「つまり、『羽』をこの同盟が管理できる可能性を持つわけですよ。あくまで可能性ですけど」
「…それは、ゲジヒテさんを疑っているということかな?」
教授はあくまで冷静に聞く。内心どう思っていたかは定かではないが。
「それも、全くない、というわけではありませんが…それより懸念しているのは、むしろ、『羽』を獲得することで、何らかの利益を得ようっていうやつが現れないかってことですよ」
「そうだよね。そんなすごい力を持つものを独り占めしたら、売ることもできるかもしれないし、『人質』代わりにして何らかの権力を持つこともできそうだものね」
ジュナが冷静に補足した。
「…さっきのライナス達も実際どう思っているかはわからない…注意すべきは、単なる異端だけではないってことですよ」
「…なるほど。それは考えていなかったな…一歩間違えると、この同盟から世界を支配するものが出てしまうということか…」
「この団体は確かに平和主義でいいことですけれど、やはりそういったいろいろな危険因子に対する意識は今一つ足りないように思えるんですよね…」
これはどこかでもあったようなジレンマである。平和主義でいることは確かにいいことだが、いくらこっちが平和を主張しても、相手が勝手に過激になられたらどうしようもないって話。自衛しなきゃいけないけど、どこまでが自衛なんだろうってことだ。
「…教授の言うとおり、この先は同盟の加盟者が増える分、(予定通りいけば)徐々にこの考えが世界に広まっていくにつれ、あらゆる危険因子のリスクも高まるってわけだ…。
おれ達はそういった因子をうまくいなしたり、時には同盟を守るために何らかの行動を起こしたりしながら、かつ、他人を巻き込まないように、できるだけ巻き込まないようにElwina停止にこぎつけなければいけないってわけですよ」
周囲にはたくさんの他人がいる。たくさんの他人が集まって遅めの昼食を摂っていた。
そんな風にその『世界』の中ではたくさんの人がひしめき合っていた。
その世界の中で、他人を危険にさらすことなく、世界のエネルギー源を変えていかなければいけないのだった。
それは途方もない計画のようだった。
…そして、もちろんこのシナリオは、完全なるグッドエンドというわけには行く筈がなかった。