A-1451 ヴァイスナハト
その後、二人はまず、居住区に身を移した。
鴉丸同盟によって住処は提供され。しばらくそこを生活拠点にすることになった。
活動は、ゲジヒテの云うとおり、地道、という言葉がよく合っていた。
各地(地球内外の)で演説をしたり、ビラを配ったり、学者を通じて講義みたいなもの開いたりといったものだ。
テレビのコマーシャルによるPRなんかも頻繁に流されていた。
ヒロとジュナはまだ新入りなので、仕事は雑用が多かった。
ビラを作ったり、講義の会場設営をしたり、と言った程度のことだ。
もちろんヒロたちはそんな作業がやりたくて同盟に加わった訳じゃあない。
しかし、同盟の加盟者に接することでElwinaに関して、何かしら情報が得られるんじゃないかと期待し、二人は積極的に活動に参加した。
しかし、実際には同盟の活動自体が結実し出す方が先だった。
そう。同盟が情勢を動かし始めたのだ。
同盟を支持する政党は世界のあらゆる国に散らばっている。これは世界全体に働きかけなければ実現しないプロジェクトだから当然だ。
しかし、前にも言ったとおり、人間のほとんどは、『光』をかかせないものと信じて止まないので、大抵はかなり少数派の政党となっている。
しかし、この度、とある議会で、鴉丸同盟支持政党が遂に与党に転じたのだった。
とある議会。それは宇宙連合議会であった。
宇宙に居住する人々は、国と言うものには属していない。変わりに宇宙連合と言う特別な自治体に属している。
これは実務的には国とあまり違いはないのだが、当時の国々がお金を出し合って発足したものであり、また永世中立であるため、国とは別個の肩書きがついているのだ。
その宇宙連合の国会にあたる連合議会で、鴉丸同盟の支持するノア党が、与党に転じたと言うわけだ。
これが世界全体に大きな影響を及ぼすことは目に見えていた。
なぜなら、宇宙連合はElwinaとつながりの深い自治体だ。Elwina自体は全ての国の代表者が集まる、コンスルの管轄だが、やはり同じ宇宙空間に属しているため、より身近な存在であることは間違いない。
よって、宇宙に関しての世論は、宇宙連合の意見が大きく影響を及ぼすのが実態なのだ。
「…ひょっとしたら、本当に議会の力でElwina停止ってこともあるかもしれないな」
ゲジヒテはニュースを見ながらパタに話す。
「遂に、という感じですね」
「…ああ」
ゲジヒテはガラス張りの天井に移る空を眺めている。
そこには沢山の星空が。
地球からでは見えない星空が広がっている。
「地球の人々がこの星空を見る日も、近いのかもな。しかし…」
ゲジヒテは少し顔を曇らせる。
パタは、
「しかし、なんです?」と尋ねる。
「しかし、まだ話が順調に進むとは限らない。億単位の人々の意見を一つにまとめると言うのは極めて難しいことだからな…」
むしろここからが一番気をつけなければならないところだ…。
ゲジヒテはそう言う。
「…なにか不安なことがあるのですか?」
パタは、思いも寄らない、と言う顔で質問する。
「世論の分断をナメてはいけない。世論の分断が国家内外の分断、対立につながり、やがては…なんてシナリオは歴史上に腐るほど散らばっているからな」
「…そして、この『世界上』にですか」
パタの言葉にゲジヒテは無言でうなづく。
「まず大事なのは、私たちはあくまで、出来うる限り穏健派で居続けることだ。ここで私たちが過激になっては、止めるものがいないからな」
「ところで、今回の成果の報酬は誰に?」
「そうだった。忘れていたよ。後でヒロとジュナを呼んでくれ。重要な話があるんだ」
言うまでもなく、宇宙コロニーの居住区に住処を与えられた二人は、宇宙連合内で主に活動を行っていた。
この頃には、二人の仕事振りは評判になっていて、今回の功績も、二人にあると評するものは多い。
翌日、二人はまたあの暗い本部にやってくる。
「いつ来ても暗いな此処は」
相変わらずの星空を見ながらヒロが呟く。
「でもなんだろうね。用事って」
「さあ。まあ宇宙連合でノア党が与党になったことと関係あるんじゃねーか?」
「じゃあなんか貰えたりするのかな」
「…かもな」
話している内に二人はゲジヒテの部屋に到着した。
「こんにちは。お久しぶり…ではないか。ノア党の祝賀会にはいらしてましたものね」
「…ああ。まあこっちに来てくれ」
二人は案内に従い、そこに置かれたソファに腰掛けた。
「さて、まずは宇宙連合での君たちの活動。誠に精力的で実のあるものだった。
お陰で議会でも影響力を持ち始めているし、何よりも世論が動き始めている。本当に、宇宙連合支部の活動の成果だろう。
…そして君たちの協力は、その中でも大きなものだと聞いている。本当にありがとう」
ゲジヒテは恭しく礼をした。
「それで、だが。どうだろう。宇宙連合支部は二人に仕切ってもらいたいんだ。大分多くが議会に行ってしまったからね。人手が足りないんだよ」
それはつまり、幹部になると言うことだ。
「しかし、良いんですか? 僕らなんか団体の中じゃかなり日の浅い方ですが」
「なに、大事なのは年じゃない。むしろ、こういうのは未来ある若い衆がやった方がいいんだよ」
ゲジヒテは笑って言う。
今のところヒロはそれ程為になりそうな話をこの組織で聞いてはいない。
幹部になれば、議員なんかとの接点も増える分、 『羽』についてなにかわかるかもしれない。
そもそもこの活動が実を結べば、『羽』の活動を止めることが出来るのだから、積極的に協力すべきなのかもしれない。
始めは、何かしら強硬手段に出て、『羽』を得るしかないだろう、そう考えていたヒロだったが、今では、この活動を通じて『羽』に近づくことを決して非現実的ではない気がしていた。
「わかりました。それではやらせていただきます」
それからというもの。
ヒロ達は自ら活動を企画する側に回ることになる。
次はどのような運動をするか。
ビラはどれくらい撒くか。
誰の講演を企画するか。
どんな話を聞いてもらうか、など。かなり忙しい存在になっていった。
あの日、二人は次回の第三居住区立での講演の準備を進めていた。
地球の方では冬に当たる季節だ。しかし居住区は常に快適な温度が保たれているため、季節感はあまりない。
ヒロは事務所で7日後に講演を行う教授と打ち合わせをしていた。
「…では、話す内容は、大まかに言って以上のようなものですね」
「ああ。私の言いたいことが上手く伝わるといいね」
髭を生やした40後半の男がヒロに言う。
「大丈夫ですよ。先生は影響力をお持ちの方ですから。思いのままに話していただければ、きっと本意は伝わるでしょう」
ヒロはそう言うが。正直、彼はこの教授のことをよく知らない。
ただ、世界的に有名で鴉丸同盟支持者であることも有名であることだけは知っていた。(と言うか教えられた)
「そうだと良いね」
「券も早々と完売しましたからね。明日は大勢の方がやってきますよ」