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A-1451 ヴァイスナハト

 その日、ヒロとジュナはホテルのラウンジにいた。

 ヒロはブラウバーグコーヒーを、ジュナは虹色のジュースを飲んでいた。

 二人とも、この世界にはだいぶ長い間いる形になっていた。このホテルのラウンジは、最早彼らの住家の一部に等しかった。

 ヒロが時計を見る。

 長、中、短、三つの針がそれぞれ赤、緑、白を指していた。

 「もう、そろそろだな」一人ごとのようにヒロが言った。

 それから、一色程経った頃、二人の目の前に、黒いネクタイ、黒いシャツの上に黒いスーツを羽織った二人の人間が現れた。

 その格好だけでも、ヒロが判断するには充分だったが、更に胸についた円の中に鴉が描かれたエンブレムを見て、確信した。サイトで見たトレードマークだった。

 「鴉丸同盟の方ですね」

 「ええ、よくわかりましたね」

 敢えて流して。

 「あなた方が代表者ですか」

 というヒロの質問に対して、

 「…いえ、我々はあなた方を代表者の下へ案内すべく参りました。私はパタ、こちらはハイドと言います」

 よろしく、とハイドが頭を下げた。

 パタなのにもう一人はハイド…?

 「それでは殺鼠く、こちらへどうぞ。私たちの本居地へ案内致しましょう」

 パタはそう言ってヒロとジュナを促した。



 たどりついた先は、私用宇宙飛行機の発着場だった。

 いくつもの飛行機がそこには止まっていたが、一つだけ真っ黒のそれがあった。

 「あの黒いのに乗るんですか?」

 ヒロがパタに聞いた。

 「はい、よくおわかりになりますね。以前も私たちの招待を受けているのですか」

 敢えて流して。

 二人は簡単なチェックを受けた後、問題無しと判断されたようで、飛行機に乗り込んだ。

続いて操縦席と助手席にハイドとパタが乗り込み、飛行機は滑走路へ向かった。

 「三周程度の長旅になります。しばらくおくつろぎください。そこに簡単なお飲み物等も御用意させていただきましたので、どうぞお好みにあわせて召し上がって下さい」

 ヒロの席の隣に謎の透明な素材で出来たグラス、その横には四つのボタンと液体の出口が付いた機械があった。

 ボタンの上にはそれぞれ、ブラックコーヒー、黒烏龍茶、黒葡萄ジュース、そしてミルヒ…と書いていた。ミルヒはミルクのことのようだ。


 やがて、飛行機は離陸し、スペース空間を滑空し始めた。

 ヴァイスナハトの地球周辺の宇宙空間はヒロの住む世界のそれと比べるとかなり明るい。もちろんElwinaの光の為である。

 しかし、飛行機はみるみる内に地球から遠ざかって行く。それは同時に星の周辺にある、Elwinaや居住区からも離れていくことを意味する。

 少しずつ、未開の、本当の『宇宙』へ向かって飛ぶ。

 空は次第に色を『失って』逝く。暗黒に近付いて逝く。

 「こんな果てに本拠地が?」

 ヒロが不安になってパタに聞く。

 「はい。私たちの本拠地は、可能な限りElwinaから離れた所にあります。鴉は黒を好みます。黒より暗く、です」


 やがて辿り着いたのは漆黒の建造浮遊物。 一か所だけ飛行機の発着場らしき入口が開いていて、四人の乗る機はそこへそこへと近付いてゆく。

 中には滑走路があり、間も無く機は着地した。

 「さあ着きました。いま扉を開けますので、お降りになってください」

 二人は、滑走路からつながる通路へ案内される。外見とは違って、中は普通に明るく、先ほどのホテル同様、清潔さを感じさせた。

 この施設はかなり広く、ヒロとジュナは、案内なしには再びここら出ることは不可能に感じられた。

 しばらく歩いた後、黒い大きな観音開きの扉の前に到着する。

 扉の横にはスピーカーと、何かセンサーのようなものがあり、パタはそれに手を当て、何かを話しかける。

 やがて、扉が開き、ヒロとジュナは中に招かれた。

 中は果てしなく広い部屋。果てしなく高い天井。真ん中に誰も座っていないイスが二つ。

 その前に、向かいあうようにもう一つイスがあり、そこには誰かが座っている。

 その『誰か』は真黒なローブを着ていた。そのローブは鴉丸同盟によく合っていた。つまり言えば、黒魔族のそれに違いなかった。ちなみに黒を羽織る本人以外の四人全員が黒魔族を知らない。彼らは本来『交わるはずではなかった』存在達だった。

 流暢に流動していた世界に一の羽が舞い落ちるまでは。

 「はじめまして。私は鴉丸同盟の代表役。ゲシヒテと言います。よろしく」


 三人は互いに軽く会釈した。

 「君達は、私たちの鴉丸同盟に興味があって来たんだね」

 「はい。僕がヒロ、彼女がジュナ、と言います」

 よろしく、と再度軽く会釈した。

 「ふむ。君達が協力の意思を持ってくれたことは代表者として非常に嬉しい限りだ。もしよかったら、動機のようなものを聞かせてくれてもいいかな」

 ヒロは少しだけ考えたが、一応答えは用意してあった(と言うか、それは実際に理由の一部であった)。

 「元々、世界が無気力に陥っていることは知っていたのですが…」

 ヒロは長い話をした。病院で入院したこと。その時に老人が突如自殺し、自分達に大金を託したこと、そもそもそのお金でもって地球外に来ていること…。図書館で調べた『羽』のことや、実際暮してみて感じたこと…。もちろん彼らが別の世界から来たことは言わなかった。

 「なるほど。君達は私たちの活動の主旨を充分理解しているようだ」

 「Elwinaは確かにこの世界の発展に大きく貢献して来た。しかし、もうその役目は充分果たしたと思います。これからは人間が自ら努力して生きていくべきなんじゃないでしょうか」

 「そう。世界は既に充分に発達しきっている。今ならば人間は自らで必要なエネルギーを自ら作り出して、自らの力だけで発展していくことが出来るのだ。にもかかわらず、空にElwinaが存在しているのは、過保護な親と同じで、正直あまりいい影響を人間に与えない」

 「無気力感から来る欝はその端的な形と言う訳ですね」


 「しかし、Elwinaの撤去運動はかなり難航しているのが実情だ」

 「どうして?爆弾か何かで壊してしまえばいいじゃない」

 ジュナの方を向いてゲシヒテが答える。

 「…もちろんそう出来れば話は早いのだがな…しかし、二つの理由からやはりそうは出来ないんだ。

 一つは、私たちは別にテロ集団ではない。カルト宗教でもない。れっきとした根拠の下、平和的にElwina稼働停止の必要性を主張する集団、一国の政治に喩えるなら政党に近いものだ。だから、もちろん武力は使おうとは思わない。

 倫理的に間違っているのは明確だし、その様なことをしては事後的な弊害があまりにも大きくなってしまうんだ。

 だから、Elwinaの稼働停止は、きっちり地球首脳会議で取り決め、その後の人類の発展の方向性や具体的方法などを準備した後に稼働停止へと進めていかなければならない。

 第二に、図書館で見ただろうが、Elwinaの核になっている『羽』は超強力なエネルギー体だ。従って、それに爆発物やそれに準ずる破壊兵器を用いるのは危険極まりない行為だ。それだけで『世界』が消えるような事故が起きかねない。

 …繰り返すが私たちは別に世界をスクラップにして神と共に新しい世界を作りましょう的なアブない考えを持っているわけではないんだ。

 …その辺りを誤解している人はいまだ数多くて、なかなか困っているんだが…」

 「難航している、というのはそれが理由ですか」今度はヒロが尋ねる。

 「そうだな。その誤解ゆえ議会での理解をなかなか得られないってのはある。しかし、難航するのにはもっと大きな理由があると、私は思っている」

 「と、言いますと?」

 「君達は感じないだろうか。あの光は単なるエネルギーと言う意味での力以外に、何か人を引きつけるような、安心させるような力があることを」

 それは『羽』の光の力。

 人の心を、理屈よりずっと曖昧な階層で、思考よりずっと原始的な部分で共鳴させる、魅力…いや魅力よりももっと穏やか…しかし、強い感覚。

 「…あたしは感じことがあるよ。あの光が良くないものだと知った今でもね…」

 ジュナはなにかも手に取るような仕草をしながら云う。

 「なんだろうな…光がなくなることに…明るくなくなることに…不安のような、暗く…いや暗いのはあたりまえだけど、何か冷たいようなものを感じる…。もちろん『想像でしかない』んだけどね

 …まあ実際は人工的な方法で光を作るんだろうから、真っ暗って訳じゃないんだろうけど、やっぱり何かね。

 なんだろう、子供の時に置き去りにされたような…仲間外れにあうような…それに似た怖さがあるな」

 彼女は想像だというが、本当は彼女は『ここ』に来る前に実際に感じていたことだった。

 永久に等しい『永い夜しかない世界』で…。

 「そう、やはり、『そう言う誤解』も一つの原因ではあるのだろうな。君達は天文学にはそれほど詳しくないのかね?」

 二人は首を横に振る。

 「ふむ。実はこれは何故かあまり知られていないことなんだが。この世界にはちゃんと『世界を照らす存在』が他にあるんだよ」

 「ええ?」

 ジュナは非常に意外だ、という声を出した。ヒロも一応そう言うリアクションをとった。

 しかし、ヒロにしてみれば、彼が住む『地球』にしてみればそれは普通のことだ。よほど高い緯度にいないかぎり、どんな季節にだって、一日の何時間かは、太陽というものが世界を明るく照らす。

 「なぜこのことが、これほどに科学が進歩していながら、信じてもらえないのか謎なんだが、宇宙には自ら光を放つ星がたくさんある。

 そして、私たちの住む星の近く…近くと言っても私たちが飛行機で行ける距離ではないが、その放つ光が充分届く距離にその光る星が存在する。従って、Elwinaがなくなったとしても、その光によって一日の大半は今同様に明るいんだ。…まあ、自転の関係で暗い『夜』ってやつも来るがね。

 人々は、Elwinaの為にあまりにも空が明るいせいで、そんなこともわからないんだ。我々を照らすものは、ちゃんと存在するんだよ。Elwinaなんて言う人工物なくしてもね」


 「…そうなんだったんだ。知らなかったな…星が世界を照らすなんて」

 「…先ほども言ったが、なぜこのことがあまり知られていない、或いは信じられていないのか、本当に疑問だ。

 この事実が広まれば、私たちの目的も果たしやすくなるだろうに…」

 そうゲシヒテはつぶやいた。しかし二人は、そんな簡単な問題ではないような気がしていた。

 『羽』の光は特別…例えそれに代替する光が、自然なる光が存在するとしても、やはり、多くの人間が、『羽』にとりつかれるのではないだろうか…。

 「…ところで、仮にElwinaを停止させたとして、『羽』はどうやって処分するんです。

 さっきの話を聞いた所、破壊するわけにはいかなそうですが……」

 「それについては、また考えてある。いまはまだ詳しくは言えないが、あれの処分には、コツがいるんだ」

 ヒロはさっぱり解らなかったが、それ以上は語ってくれなそうだったので、更に質問することは避けた。

 「さて、実際の活動だが、しばらくは地味なものしかないんだ。まだ議会で勝負するには足場が不十分だからね。二人は明日から、更に協力者を募って欲しい。主に政財界の有力者に会って、PRをしてもらうことになるだろう。詳しい連絡はメールでするから、とりあえず今日はここまでと言うことで」

 二人はその後、再びパタとハイドに案内され、ホテルへの帰路についた。


「殺鼠く」誤植ではございません

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