コ・プロイス、wing-free:55年目
次の日、二人は朝食を済ませた後(二人にとって幸いなことに、食生活はそれほど二人の国と違いないようだった)、ラボイデとゲシヒテはルートヴィッヒに案内され、総長と呼ばれる存在と会談することになる。
二人が通されたのは泊まった部屋よりも更に高い所33階の一室。そこは更に荘厳立派な作りであり、二人はまるで王に謁見する間に入ったかのように、自然と背筋を伸ばした。
二人にはイスが用意された。(それもまた、王が座りそうな立派のものだったが)
いささか大き過ぎる机が二人の前にあり、その向こうには、美しいドレスを着、輝かしいアクセサリを着けた、綺麗な女が、二人と向い合うように座っていた。
つい見とれている二人に向かってその女が口を開く。
「はじめまして、私は第16代コ・プロイス総長、メリダ=セルフィアと申します」
「あ、あなたが総長…」
二人は驚きを隠せないようだった。
「あ、そうですね、国のトップが女と言うのは、二人の国ではありえないことなんでしたね。この国では、むしろ女性がなることが多いくらいなんですよ」
ちなみに総長は、代々決まった一族がなるわけではなく、その度毎に選挙で決められるとのこと。任期は10年。
「まあ、今日は両国の政治体制を比較しようとしているんじゃないので、この話はおいといて…本題に入りましょうか」 メリダは気持ち姿勢を正して話を切り出す。
「本題というのは他でもなく、あなた方の国…とりわけ王さまのやろうとしていることについてです。あなた方はまず、彼が赤い『羽』にご執心なのはご存じですね?」
「…はい、オレ達もその手伝いをさせられましたから」
「ちょっと法外というか…良くない手段を使って手を入れようとして、ヘマをしたために、あんな風に処刑されるところだったんです」
「なるほど。では、何故彼があの『羽』を欲しがっているかはご存じですか?」
「…いえ。それは全く…正直奇妙だったんですよね。もう十五年になりますか…急に王は『羽』を手に入れる為だと言って、世界を渡る方法を研究しだしまして、当時はそもそも世界がいくつもあること自体、僕らは知らなかったんですがね…。
それで何やら…これは僕らもわからないんですが、異界の存在からの伝授によって、世界を渡る術を身につけたらしいのです」
ラボイデは過去を思い出しながら、霧の世界のことなんかも考えながら言った。狂った研究員の様子なんかも、彼の頭の中によぎった。役職上、人を殺めたのは初めてではないが、彼らを殺したことには、言い様のない後悔の念が、心の中にずっしりと存在していた。
「…そうですか。実は、王が『羽』を集め出したのは、我々龍族の伝説があなた方の王に流れ、信じこんでしまったからなのです」
「…? でも、我々黒魔族の国とこの国は今迄交流があったのですか?」
「ありません。国の長同士ですら、両国はもう永い間隔てられていました。実はこちらとしてもあなた方の国の周囲には、例え龍に乗ってでも近付かないように決められていたのです。
いえ、そう規制するのは難しいことではありません。
我々の国の間には、深く広く黒い海があります。
あれを渡り切れる龍はそう多くなく、そう言った龍は私直属の者たちが管理しています。その利用には私の許可がいることになっていますし、私が許可を下すのは、国の要人がよほどの必要に駆られた時のみでございますから、遠洋へ龍で出ることはめったなことでは不可能なのです
あ、話がそれましたね。とにかく、私たちはかなり昔からお互い隔てて生きてきました。今回王に伝説が伝わったのも、そしてそれを真実と信じさせたのも、第三者が絡んでいると見て間違いないようです」
「第三の人間…」
「恐らくそれは異界の存在。恐らく彼に世界を渡る方法を教えたのと同じ人間なんじゃないかと思っています」
「ところで、なんなんですか、その伝説と言うのは」
「はい。実は『羽』は各世界に十二存在すると言われ、それらを全て集めたとき、永遠の繁栄を約束される…と言うものです。この繁栄というのは、自身の不老不死、権力的、富、名誉等々人が欲しがる全ての繁栄をさしているとのことです」
「…なるほど。如何にも王が望みそうなものだ」
人の欲望は底なしと言うことだろうか。
「問題点は、この伝説は真実…少なくとも大いにそれに近いということです」
「ほ、本当なんですか…?」
「はい。この『羽』はそれぞれ大いなる力を持つもの。場合によっては一国の、いいえ、一世界全体のエネルギーにすらなり得るものなんです」
「まさか、確かに光るのは不思議ではあるが、この『羽』にそこまでの…」
「確かに信じがたいことではあります…が、この国がいまこうあること自体がその証拠です」
「…と言うと?」
「…この国は、『羽』のエネルギーを抽出し、利用して発展して来たのです」
「ええ?」
二人は狐どころか、狸にもつままれたような顔をした。実際は夢じゃないかたしかめるため、互いが互いをつまんでた。
「尤も、今は別のエネルギーを発する方法が発明され、『羽』は国家機密の倉庫に大事にしまわれています。
それでです。そんな強い力をもつものを一人が独占すれば、『世界』達全てを支配するも同然なのです」
「…なるほど。しかし、この国は何故『羽』を使わなくなってしまったんですか?『羽』のエネルギーが枯渇したのですか?」
この時メリダの目はどこか遠くを見ているようだった。
「…いえ。あの『羽』のエネルギーは、少なくとも我々人間レベルでは永久的と言ってよいでしょう。しかし、私たちはあれを封印することに致しました。
理由は、いまでは二つあります。
一つは事後的に生まれた理由ですが、あなたの国の王が狙っていることがわかったためです。あなた方の国に奪われることのないようするため、人の目に触れないように封印することにしたのです。先ほども言ったとおり、『羽』は現在、国家最高レベルるのセキュリティでもって、厳重と言う言葉では不十分な程厳重に保管されています。
…でも、この理由は、先に述べたとおり事後的に発生したもので、本当は別にあります」
「…というと?」
「あの『羽』自体が危険なものだからです。
あの『羽』は、人の心を引きつけ、惑わせ、壊してしまう力があるようなのです。長年私たちの国では、『羽』からのエネルギー抽出に携わる人々が狂乱したり、ひいては傷害、殺人などの事件が発生していまして…これも国家機密の一つなので、口外は控えてくださいね…と言っても、国民もうすうす知っていることですが。
…とにかく、その様な弊害があったため、エネルギーを自力で作れるようになると、ただちに『羽』は人々の興味の届かないところへ封印したのです」
二人はその話を信じるに充分な光景を目にして来たので、特に疑う気持ちはなかった。
「さて、我が国は近年のあなた方の国の、特に王の動向を非常に危惧しています。もちろん、いまの『羽』に関連して、です。
まず、最も身近な危惧として、『羽』を求めてあなた方の国が攻め込んでくること。現在はこの国の存在はわかっていないので、切羽詰まっている、という程ではありませんがね。
そして、長い目で見ると、『羽』が一所に集まって王が全『世界』を支配してしまうこと。王が聖人君子で、世界の民は幸せに暮しました、というハッピーエンドならば良いのですが、現実の人間は慾深いもの…実際は、王はその力を欲しいがままにするでしょうね…。
そして、最後に『羽』にあてられて王が狂乱したり、或いはその家来などが『羽』にあてられること…その結果が国の内乱で済めば、あなた方には気の毒ですが、私たちとしては無傷で別に良いのですが、内乱の中心が、エネルギーの源である『羽』ですから、そのエネルギーの使われ方によっては、一世界など簡単に滅びます。
…と、私たちが『羽』を拒み、あなたがたの王を不安に思う理由はこんな所です」
二人が一気に語られたメリダの話を理解しきるのに多少時間を要した。
全ては二人にとってねみみにみみず。
しばらく空を見上げるように考えた後、ラボイデが質問する。
「…『羽』のことは概ね、大旨理解しましたが、して、貴方は…あ、恐らくは貴女の指示だと思うんですが…あなたは何故私たち二人を助けてくれたんですか。
いえ、もちろん命を助けていただいたことには感謝の言葉もありませんが、そのせいで、黒魔族や…ひいては王にもあの巨大翼龍と共に龍族が姿を晒してしまっては、今迄お互い隔たってた意味がなくなってしまうし、王は最悪こちらに積極的に干渉してきますよ?
そこまでして、何故私たちを…?」
「…ええ。もちろん。あなた方を助けたのにはわけがあります。…が、話には順序というものがございますので、お聞きくださいね」
にこりとしたメリダの顔は美しいと言うよりはかわいかった。
それは二人も話を聞かないわけにはいかなかった。
「…まず、龍国が何故、そちらの動向を知るようになったか、という話をする必要があるでしょう。私たちを隔てた見えない壁が崩れたのは、あなた方が世界を渡ったその時です。 あなた方の世界を渡る方法は、私たち龍族に伝わる『夢渡』と言うものと同じです。…早い話が、誰か、恐らくは異界の誰かが私たちの『羽』の伝説と『夢渡』による世界渡航術をあなた方の王に伝えたのでしょうね。
それで、とにかくこの『夢渡』なんですが、誰も彼もが世界を渡っては、面倒が起こるのは目に見えています。ですから、国直属の機関を頼ってしか出来ないようになっています。 彼らは『夢渡』を実行すると共に世界渡航者を管理する義務を追っています。
…それを遂行するため、彼らはその渡航を管理する特別な機械を持っていて…この辺りは詳しくは言えないのですが…とにかくいつこの世界の何処からどの世界のいつの何処へ渡ったかが分かるのです。正規の渡航も密航も含めて…但し渡航者がこの世界の成員でなければいけないと言う条件がありますがね。
その機械によって、そして、私たちの調査によって、あなた方が霧世界へ渡ったこと、そして、『羽』を手に入れたことはわかったのです。
ここまではいいですね?」
二人は頷いた。実際に二人は霧世界に行き、確かに『羽』を獲得していた。…三人を殺し、『陰』を持ち込んでしまったことももちろん忘れていない。
「では、ラボイデさんの質問に答えます。
まず、黒魔族が『羽』を手に入れたことで、先に言った危惧がかなり具体化してしまいましたので、最早お互い不干渉でやりましょう、なんてことには行かなくなったのです。こちらがいくら干渉しないようにしたって、近い将来、あなた方の国が私たちの『羽』を攻め込んでくることはもう目に見えています。
従って、最早不干渉を守る意味はなくなりましたので、ある手段を使って、私たちは黒魔族の動向を調べていたのです。その過程で、『羽』を手に入れた二人…あなた方のことですよ…二人が処刑台に立つことを知りました。
そこで、私たちは…私たちがいま立てている『計画』の遂行の為に、あなた方の力を借りようと思ったのです」
「ある計画とは…?」
メリダは計画について話す前に一つ呼吸を置いた。そして、話をつづけた。
「『私たち』の間では、『re-b計画』と呼んでいるのですが、端的に言いますと、12の『羽』を集めて処分してしまおうというものです。
『羽』は確かに多くの世界で力の源になっていますが、同時にそれ以上の弊害もあります。『羽』に頼って生きることは、目先の発展を掴む代わりに、遠い未来の破滅を決定づけるに等しいのです。
従って、このままでは、12の…或いはそれ以上の世界達が破滅の道を歩むことになります。
だから、幾つかの世界渡航可能民族…私たちの間ではCTPと呼んでいるのですが、CTPが同盟を組んで『羽』の回収を進めているのです。
…一つの民族が回収を進めてしまっては、いまの黒魔族の王のようになる危険がある為、互いが互いを監視しながら計画を進めています。
そして同時に、余計な諍いを避ける為、全てのCTPと『羽』を所有する世界民族達がこの同盟に加わり、計画を共に進めよう運動を展開しているのです。
…正直に言いますと、実際はなかなか難航しているのですがね。世界によっては『羽』は信仰対象になっていたり、今まさに発展中の世界では『羽』は欠かせない存在…あなた方で言う『陰』のような存在になっていたりするからです。
下手にこの話題を持ち込んで、世界を二分し兼ねない思想派を形成することなんかもありましたね…。
しかし、必ずしも積極的手段を使わないにせよ、私たちは少しずつre-b計画を進めていくつもりです。
そして、いまの話からCTPとして黒魔族にも同盟に参加して欲しいと思っていることはおわかりいただけたかと思いますが。更に言うと、龍族としては、黒魔族を組み込んで行かないと、具体的な危険に晒されることになりかねないので、是が非でも手を組みたいと考えています。しかし、王があの状態ですから、武力を使わない限りいきなり同盟に組み込むことはかなり難しいでしょう。 従って、良識が比較的ありそうな、黒魔族の協力を得つつ、漸進的に同盟への参加を働きかけようということになったのです」
「なるほど。それで、オレ逹が…」
「…はい。あなた方は『羽』に起因した人間の豹変を見ていますし、高位で学識もあり、王の使命を果たしながら死刑宣告を受ける立場でしたから、恐らくは王のやっていることに疑問を持ち始めていると思ったのです。
そんなあなた方は、私たちが今強く欲している存在だったんですよ。
…とにかく、なんとか戦争という最低の筋書きを回避したいのです。
戦争になれば、…かつてこちらのみに『羽』があった頃ならば、間違いなく龍族に分がありましたが、今となっては互角と言う所でしょうね。戦争において互角と言うのは生じうる最大の損害が双方に出る、ということです。
先ほども言いましたが、両民族がなくなることも充分考えられます」
「…なるほど。話はわかりました」
「協力して、いただけますか?」
二人は何か大きな渦のようなものに巻き込まれるような感覚に陥る。
それは逃れられないもの。いや、逃れる必要もないもの。
人は結局、それに流されながら生きるしかないってことだ。
どちらともなくそう感じていた。
「承知しました。オレ逹はその同盟に加わり、そして、やがては黒魔族全体があなた方に協力するよう働きかけていきます」
ゲシヒテがそう告げた。
「よかった。あなた方は頼みの綱でした」
「それで、具体的に何をすればよいでしょうか」
「はい。実は明後日にre-b計画推進委員会の会議があります。そこでは同盟に加盟する各民族の代表者が集まります。そこであなた方の紹介とこれからの方針を決めていくことになろうかと思います。ですから、明後日の朝まではどうぞ気楽に過ごしてください」
メリダとの話はこれで終わりだった。
二人は丁重に挨拶した後に、部屋を後にした。
廊下の窓から外の景色が見える。
33階の高さにはさすがに幹線『空路』は少ないらしく、それ以上の空中を滑る龍は少なかった。
眼下には列をなす龍が地面との間に幾重にもある。
どの龍も、どの列も、決まった方向へすきっと流れていた。
二人は広い廊下をエレベーターの方へ進んでいった。