歴概念なし、日の昇らぬ世界『ラングナハト』
さて、そろそろ出ていただきましょうか。
一話目に登場した彼に。
十七:歴概念なし、日の昇らぬ世界『ラングナハト』
ある女の夢…。
彼女は暗闇をあるいていた。決して晴れることのない暗闇を。
仲間はいたけれど、、、心は不安で浸されていた。
心に光を照らせたら。
心を照らす光があったら……。
女は幾度となくそう思っていた。その時…
西の空の方に見た…赤々とした光…女の心に強く響くような輝き…。
空から舞い降りた光は、やがて地面へ落ちて行った。
あの光の着地点へいけば…光が手に入るだろうか?
あの光が手に入ったら。皆を闇から救えるだろうか?
女は歩み始めた…光が見えた方向へ…
男が気がつくと、そこはなにか大きなテントのような物の中。男は広めのベッドに体を預けていた。 テントのようだが、ベッドの横に窓があった。今は夜のようだ。
ここは…?
一瞬記憶は曖昧だったが冷静に思い返した。
おれは確かに自宅で眠って…そして、気がつくと赤い光を追いかけて…。
その時、はっと彼女の言葉を思い出した。
「恐らく近い内、あなたは夢を通じて別の世界へ行くことになるでしょう。」
(そうか、ここはおれが今迄生きていたのとは別の世界…!)
(…それにしても、記憶によればおれは、 確か平原で倒れたはず…誰が運んでくれたのだろうか…?)
その時だった。
見知らぬ女がテントのなかに入って来た。
「お気付きになりましたか?」
「あなたが…おれをこのテントに運んでくれたのですか…?」
女はそっと頷くと、茶のようなものを差し出した。
「どうぞ…あ、普通のお茶ですが…お口に合うかどうか…。」
男はそれを一口飲み、女に質問した。
「…あの…ここは?」
「ここは私たちの村。…と言っても、常に移動して生活している、流浪の村、とでも言いましょうか…。」
「それはまだなぜ?難民か何かですか?」
「なんみん…? いえ、実はずっと『光』を探して、一族で旅をしているのです。」
『なんみん』は女には通じなかったようだ…。
「『光』?」
「はい、我々を照らし導く『光』…。そこに辿り着ければ…私たちは救われると、遠い遠い先祖が『夢見』たのです…。」 彼はその時夢の淵で見た『光』を思い出した。彼はそれを一生懸命に追いかけていた気がした。あれはこの世界の現実だったのか…?
「それにしても、気がついてよかったです。『呪』に当てられた者の反作用の大きさは人それぞれですから…最悪二度と目覚めない人すらおりますし…。」
(しゅ…?)
「あら?ご存じありませんか?一部の人間だけが使える『呪』。その作用は色々だけれど、他人に使う場合は、その対象に抵抗力がないと、反作用に当てられて、あなたのように意識を失ったり、時には死に至ったりと、色々な悪弊が生じるのです。あなたはその『呪』をかけられたのですよ。
…その見覚えのない格好から見て、あなたはこの辺りの人間ではないようです。だとすると、恐らく瞬間移動を促す『呪』をかけられたのです…。」
瞬間移動に心当たりはあったが、あれが『呪』かどうかは知りようもない…。 だが、とりあえず『呪』と言うことにして話を合わせることにした。
「よくわかりませんが、恐らくその『呪』とやらなのでしょう。確かにおれはこの辺りの人間ではなくて、眠っている間に、いつの間にかここに…というかあの平原に飛ばされて来たのです。」
少し女は考えて、
「…だとすると、あなたはこの辺りには居場所がない、と言うことになりますね。しかも、このあたりにそのような『呪』をあやつるものいませんし、帰ろうにも、あなたの『故郷』の方位を知る術はない…。」
この世界にはまだ地図の類はないようだった。まあ、男の場合、『この世界の』地図があってもムダだけれど…。
「そうですね…。」
少し思案した後、女は提案した。
「…では、しばらくこの村と同行してはどうでしょう。」 急な提案ではあったが…他に選択肢はないように思えた。独りではこの全く勝手のわからない世界では、どうしようもない…。
「…わかりました、迷惑をかけてしまう気がしますが…その好意に甘えさせていただきます。」
「…そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はティナ=ラクシュウェル…。ティナと呼んでください。村と同行するとなると、後で村の者も全員紹介します。あ、村の者と言っても、全員私の親戚ですからそれほどおきになさらず…。」
「おれの名前はヒロシ…聞き慣れないかもしれないけれど、おれのいた所では普通すぎるくらい普通の名前なんですよ。」
「…確かに変わったお名前…。」
ヒロシは、ピンとこない様子の女を見て、
「あ、でも、気になさらず呼びやすい呼び方で呼んでください。」 と、いうと、ティナは少し考えて。
「…では、ヒロ、でどうでしょうか。それならばラクシュウェル家の先祖におりますし、村の人達も呼びやすいかと…。」
「じゃあ、それでかまわないですよ。」
「それでは、もうすこしおやすみになってください。まだ体は万全ではないと思いますので。病ならば薬を差し上げるのですが、『呪』にあてられた者に効く薬は、残念ながらありませんので…。」
ヒロは言葉に甘えて、再び目を閉じた。
ヒロが再び目を覚ますと、外はまたも夜であった。
(どれくらい時間が経ったのだろう。一昼夜眠っていたのか、それともまだ一刻、二刻程度なのか。)
ヒロはベッドから抜け、外に出た。
外は草原のようなだだっ広い所で、周囲に数棟のテントがある他は地平線がほぼ360°見渡せた。
空を見上げると、いっぱいに星空が広がっている。『故郷』では見ることのできない、綺麗な星空が…。
「目を覚ましましたか?おはようございます。」
「あっ、おはようございます。今は夜明けまえなのですか?」
ティナは首を傾げ…
「夜明け?夜明けとはなんですか?」
ヒロは、世界が違えば言い回しが違うのだろうかと思い。
「…その、空に日が昇って、明るくなることですが…ここでは言い方が違うのですか?」
「…その、日とは、空に昇る光るものなのですか?」
どうも話が通じない。
「ヒロさんのいた所では、それが昇るのですか…?」
ヒロは気付いたようだった。…そうか、世界が違うとそう言うこともあるのか。
「と、そのような質問をすると言うことは…。」
「…ここでは空は常に暗闇のままなのです。」
やはり。
「…だからこそ、私たちは探しているのです。…『光』を。」
ヒロは先程一度目を覚ました時に聞いた話を思い出した。
「…なるほど。そう言うことだったのですか。」
「私たちは探しているのです。私たちを照らしてくれる存在を。
それを見つけることにより、私たちに深く根付いている、暗闇に由来する不安や沈んだ心を溶かしてくれると信じているのです。」
それは彼女の先祖が『夢見』たこと…。
「…それは、喩えようのない輝きを持つ光…赤々と永久に輝くもの。…と、代々伝えられております。」
ヒロには心あたりがあった。
…『羽』だ。
「…あなたたちのお役に、立てるかも知れません。」
「…え?」
「…僕が気を失う直前、あの辺りでそのような、強い光を感じました。」
続く
もちろん次回は『ラングナハト』編の続きです。ありがとうございました。