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夢・25周期〜、奈落(奈落編完結)

奈落編ラストです。意外に長くなったと言うのが正直な感想ですかね。

十六:時間不定、夢〜25周期、奈落





そこは何もない草原のような所だった。

慶徳はその草原の中をゆったりと歩いていた。


どこかで見た景色…。いつかどこかで感じた風…。

その先は見晴らしのいい丘のようになっていた。

下の方に街が見渡せた…けれど、奈落は見当たらない。赤羽国の街は奈落のすぐ淵から奥の方へ広がっているはずなのに。街全体を見渡しているのに、奈落はそこにない。ここは…どこ…


丘の中腹になぜか二人がけの長椅子があったので、彼はそこにこしかけてしばらくぼんやりとしていた。すると、

「慶徳様!」

後ろから青妹がやってきた。慶徳の名を呼びながら…。


二人は並んで長椅子に腰掛けた。


「ここは…どこなのでしょう。」


二人が知る世界とは明らかに違う景色。だけど、どこかで見た覚えのある景色。

遠い昔の…いつかに。


眠りは『記憶』を呼び起こす。

それは普段で言う表面的な記憶ではなく、心の奥底に眠る、潜在的な『記憶』。本人たちですら、普段は想起することない、心に埋もれてしまった『記憶』。



慶徳はようやく、気付いたようだった。


「これは…夢?先ほど私は床に就いたはず…」

「わたくしもですわ…。」


縁あるものは、夢の中ですら巡り逢うことがあるという。

深い『記憶』や『想い』をつてにして…。


「それにしても…この景色はわたくしを不思議な気持ちにさせます…見たことのないような…だけどどこか懐かしい…。」


それは、二人の心の中に眠る景色…


「そして、この感覚は…私が時々抱く感覚に似ている…。私を聖人だと自認させたがる、心のどこかが鳴るときの感覚に似ている…。」


「わたくしたちは、これに似た…いや、同じ景色を見ていました。遠い過去のどこかで…そして、…。」

「その時も同じ悩みを抱いていた。」


世界に、人々に秩序を与えた存在が…人々に心の平安を与えるはずの存在が、それが存在するということで、人々の心を波たたせると言う『悩み』。

平和たらしめるものが平和を壊すことへの『悩み』…。



それは…。

「わかった。思い出しました。私たちはやはり、遠い昔に会っている…。そして、『何者かの処置』により、その別れを受け入れた…。世界に平和をもたらすために…。」


そう、私たち二人は…


かつて聖人に近付いた者…。

あの日、二つの離別を、二人の離別を受け入れた者…。


「だからわたくしたちは、、この出会い、いいえ、再会に強い想いを感じたのですね…。」


長い間の隔絶でも途切れぬ、永く、深い縁…。

二人は『羽』を共有させ、人々に平安をもたらすために再び現れた。それは二つの国が別れたあの時に既に決まっていたこと…。




そして、二人は、それを想い出した瞬間に、これから現実ですべき最後の事に気付いていた。


それは遠い昔に、運命に命ぜられ、心のどこかにしまっておいたこと…だけど今、夢を通じて浮かび上がった、『これからすべきこと』。それは、二人が再び巡り逢った『理由』であった。


世界に、本当の『平和』をもたらすために…。

「それをすると、わたくしたちは、どうなるのでしょう…。」

「心配はいりません。私たちは、『そうするため』に生まれた存在…それが終われば、もう役目は終わりです。

『二つの国』を結んだ私たちは、真に、永久に結ばれるのですよ。」


「さあ、もう時間がありません。『それ』をするのが手遅れになれば、人々は争いを始めてしまう…。

早すぎても、遅すぎてもいけないのです…。」



それは、今宵、再び朝日が国を照らす前に……。





青妹が目を覚ましたのは、まだ日を跨いだばかりの真夜中だった。

見た夢は朧げにしか覚えていない

(…慶徳様とお会いしていたような…?)

けれど、不思議とすべきことを知っていた彼女。

隣りの部屋で仮眠をとる鈴音を起こさないように、そっと部屋を抜け出した。


彼女が向かったのは、もちろん『空の祠』。目当ては布に隠された『羽』…。

祠司に無理を言って錠を解いてもらい、彼女は祠の中に入る。


「どうしたのですか。こんな真夜中に…。」

「申し訳ありません。先ほどの事件のせいか、どうも『羽』が気になってしまって…。」


それはかつては空席だった台座に据えられていた。人々が置いた供えと共に…。供えの数で訪れた人の数が見て取れた。


(先ほど戻ったばかりだと言うのにもうこんなに人が訪れたのですか…?

やはり、これは…この『羽』は人々の大切な心の支えになっている…。)


(…いいえ、でもその『信仰』の為に、これは存在していたのではないのです…もっと人々の深い所…深いからこそ大切な所に働きかける為に。

もう、その役目…物体としての役目は終わった…)


あとは…人々の心の中に……。


台座に昇ると彼女は祠司の隙を突いて覆いごと『羽』を持ち出した。

「青妹様!それを持って何処へ!」

「ごめんなさい!これはもうここには置けないのです。」

祠の出口に向かって走りながら祠司に告げた。

彼もまた光にはまだあてられてはいなかった…。


相手は女后…無理に追って、とり掴まえるわけにもいかず、祠司は彼女を逃がしてしまった。


そこから彼女は出来るだけ急いで橋へ向った。とはいえ、馬車でも半刻の距離…それほど自らの足で外出もしない彼女にとって楽ではなかった。


(早く…早く…人々が目を覚ます前に!)






そのころ、慶徳は書を持ち出して、橋の中あたりで青妹を待っていた。


(これはやはり、『羽』と一緒に在るべきだろう…。人々はもう、『意味』を文面で見られなくはなるが…。)

心深くに『意味』が刻まれた今、このような文章は最早必要あるまい。

『記憶』はいつまでも受け継がれるだろう。人々の深い所で。




「慶徳様!」

一刻ほどの遅れで青妹が現れた。

「間に合いましたか?」

「はい、まだ夜明けには、人々が起き出す時間までには、幾分の時間があります。」


よかった…。


「…でも、これでこの世界とはお別れなのですね…。」


心のどこかが『役目は終わり』だと告げる…。

「でも、二人は離れることはありません。これからもずっと…。」


二人は互いを抱き締め、同時にうなづくと、一緒に空へ倒れこんだ。橋から、下の谷へ向かって…。


その谷に底は存在しない。そこは世界の割れ目、混沌が混沌のままで眠る所。

『羽』はもとの混沌に還り、二人の聖人も『役目』を終え、体を混沌に帰した。





『羽』は人々の心の中の存在となった。本当の意味での共有が、実現した。

今はなき『書』に書かれていたとおり…。


そして、役目を終えた聖人は、今度こそ永久に結ばれた。

それもまた、初めから定められた運命だった……。



その日、人々は皆それぞれの夢を見た。夢はそれぞれだったけれど…『羽』の夢を見た者が多かったという。

『羽』は今も、人々の心の奥深くにある。人々に、そして世界に意味を与えるものとして…。

翌朝、二人と『羽』が消えたことは、ちょっとした事件になったけれど、不思議と人々に受け入れられた。まるでそれが当然であるかのように…。


その後人々の生活は落ち着き、再び平和が戻ったという。


そして、『羽』と共に消えた二人は…いつしか世の平和のためにその体を捧げた聖人、聖后として歴史に語り継がれるようになった。

二人にとってそれは必ずしも犠牲ではなかったのだけど…。




その後、世界は平和を保ったまま現在に至る。これらのできごとを正確に記憶している人はいなくなってしまったけれど、『大切なもの』はつねに、人の心のなかに…。




続く


ありがとうございました。奈落編は終わりましたがストーリーは続きます。次回もよろしくお願いです

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