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15周期〜、奈落

さて、奈落編はあともう少しです。

十五:16周期〜、奈落





男が、民へ『羽』を広め始めて三年あまりが経過した。

『羽』の『意味』を知るものは日々増えていき、今では多くの人々が祠に訪れるようになった。


「『羽』は存在の拠り所のようなものになっているのです。なぜなら、『羽』の『意味』を知ることは、自らの『意味』を知ることに等しいからです。」

いつの間にか、それは一つの宗教と呼ぶべきものになっていった。『意味』を持った『羽』への信仰…それによって人々は、安泰な日々がすぎることを確信出来るのであった。


それは赤羽国でも同じであった。かつてから『赤羽』は祠に存在したけれど、それは『意味』のはっきりしない、民からすれば、それは君主に力を与える存在に過ぎなかったが。その『意味』を捉えた今では、一人一人の日々につながる存在…『赤羽』は人々の心の中で以前よりずっとずっと大きくなっていった。




「すばらしいですわね。『羽』がこんなに人々に浸透するなんて…

『羽』への信仰が、人の心に平安をもたらすようですわね。これが『羽』がもたらす真の平安なのですね。」


16周期に入るその日、慶徳と青妹は青羽宮にいた。二人は『羽』への信仰が人の心を平和にし、それによって世界も平和になるのだと、そう思っていた。

「本当に、喜ばしい限りですね。『羽』が有る限り、この世界はいつまでも平和なまま続きそうです。」



「本当に、いつまでも…。」

青妹は慶徳の目を見て言った。

「…いつまでも、わたくしはあなたのお隣りに…。」

慶徳はそっと顔を寄せ、青妹と唇を合わせた。


「…時々、煩わしくなります。私もあなたも一国の長であるということが…私が好きなのなはあなたなのに、つい国のことを考えてしまうのが…。」

「わたくしも…二国が平和であるからこそ可能な恋…。それはわかっているのだけれど…。…けれど、一度でいいから、そんな堅苦しいことは忘れて、ただ…あなたを愛したい…。」




初めて、二人がその地位についてから初めて、二人が自分の身分を忘れた瞬間だった。

あくまで一人の人間として、一人きりの人間として相手を愛し、感じあった。


その日、二人は『二人だけ』の時間を味わえるだけ味わった。

少しだけの間、国への願いなど、忘れてしまって…。




しかし、今、回想して見れば、一部の人々の間にちょっとした変化が見え始めたのは、その頃からだったような気がした…。



二十日程後…

その日、鈴音が朝一番に青妹に切り出した話題は、少し気になる内容だった。


「犯罪が増加している?それはまことですか。」

「はい、いえ、それほど深刻ではありませんが、当周期に入りましてから、窃盗などの軽微な犯罪の数が、わずかながら増加しております。」

平和な国と言えど、悪人が全く無い訳ではない。けれど朝餉後の話題がそのように犯罪に関連することと言うのも、稀なことであった。

「まぁ、それほど重大なことではありませぬが、刑部の方々に、少し気を引き締めるよう、言っておいた方が良いかと。」

「…そうですね。あとで刑部長をおよびしてください。」


この時、青妹は妙に落ち着かない気分になったと言う。それは何年か前に抱いた一縷の不安と、よく似ていた。



そのころ、『羽』が置かれている赤羽国は相変わらず平和で、

祠にはたくさんの人々が参拝に来ていた。

慶徳は、祠司に様子を聞きに、お昼下がりに祠を訪れた。


「今日はまた随分と多いな。」

「そうですね。ここの所、参ずる者は増える一方で御座います。」


「ふむ、良い事良い事。」

感心している慶徳に、言い辛そうに切り出した。

「そうなんですが、最近少し気になることを申す者がおりまして…その…次回の交換を止めて、もう少しここに『羽』を置いておかないか、とのことを…。」


慶徳は驚き、

「はて?なぜそのようなことを。あれは青羽国に置かれた『書』と共有し合うことによって意味をなすもの…。」

「しかし、『羽の意味』はもう充分民に浸透してしまいました。少なくとも民にとっては、『意味』は心に刻まれたもの…。書など今更必要ない。と言うことなのかも知れません…。それに…。」

祠司はその先を言うのを拒んだ。

そのわけは、一つは、まだ確信の持てることではなかったため。そしてもう一つは…

それが本当だとしたら、自分ももう『それ』にあてられそうになっている為。

しかし、彼は民とは違い、『羽』と共に、『その意味』を守る存在。そう、喩えいまの人々が『羽』と『意味』をもちあわせていても、形なき記憶はいつか、人々の心の奥底にしまわれて、気がつけば『羽』は、本当の『意味』をもつ『羽』ではなくなってしまうことを…少なくともいまは深く理解していた。だからその危惧を打ち明けた。

「実は、これは『羽』の『意味』を知った頃から時々感じたことなのですが、

あの光、赤々としたあの輝きを目にすると、時々妙な気分に陥ることが御座います。何か心の奥底を揺さぶるような感情がわきたちます。なにか『羽』に引きつけられるような、そんな不思議な感覚に…

それは、それほど大きな、強い衝動ではありませんが、ですが


…日に日に強くなっていくような…気がします。」

「…民も同じ感覚を抱いているのでは、と言うのか?」

「…はい。なにか引きつけられるような、裏を返せば、『羽』を近くにおいておきたいような、つまり…。」

「…青羽国には渡したくないような?」

口ごもる祠司の代わりに、慶徳が続きを言った。


祠司は、静かにうなづいた。



慶徳は彼の告白に確かに驚いた。驚いたが、何かその驚きを初めから予期していたような、不思議な感覚を覚えた。

…あの『羽』は、人々の心に平安を与えるものでは、なかったのか……

いや、あの『羽』が人々や我々の国にその存在起源を与え、人々に意味をあたえたことは間違いない。そして、それらが人々に心の平安をもたらすことも…

それらは確かにあの『羽』、そして、『羽』の『意味』を共有することで我々が掴んだ掛け替えのないもの…。隣国とともに得た大切なモノ…。

だが、いまひょっとすると『羽』は人々の心の平安を乱している……。


一体…どういうことなんだ。





その後、赤羽国も青羽国と同様に、『羽』が不在の周期には犯罪が増える、と言う現象が見られた。始めはその増え巾は僅かなものだったが、周期を経るごとに、少しずつ、だが確実に、その差は広がって行った。


慶徳は、この日の祠司の話を耳にしてからと言うもの、この現象を鑑みて『羽』の扱いを再び改める必要があると感じていた。


…しかし心の内なる自分がそれを止めていた。


未だ早い、と。


「そう、それは過程の問題なのだ、世界はいきなりは変われない。階段を一つ一つ昇ることで、我々は成長していくのだ…。」

そんな言葉が、頭に浮かんだ。





うだる暑さが体にささる24周期の夏のある日、慶徳を不安にさせる話を、祠司から聞かされた。

「…実は、最近『羽』に関して少々過激な思想を持つ集団が成長しておりましてな。」

「…過激…と言うと。」

聞くと、その一団は、この周期に入って毎日必ず『羽』をお参りに来て、その光を目にすると言うのだ。彼らは、『羽』は赤羽国固有のものであると強く主張しており、青羽国に断固渡すべきではない、と考えているのだった。

「青羽国に渡したくないと言う気持ちは非常に強いようで、交換を阻む運動を画策しておると言う噂もあります。

次の交換の儀の日など、何か事件にならなければいいが……。」



しかし、この祠司の願いは裏切られ、二つの国の平和を揺るがす事件が起こったのは、25周期の夏の終わり。残暑が和らぎ早い日の入りが秋の訪れを告げたその日。


いつものとおり、赤羽国の橋のところで、慶徳らは青妹を見送っていた。鈴音の手には『羽』の入った瓶があった。


「それでは、次は冬の始まりの頃に、青羽宮で…。」

「はい、おまちしておりますわ。」

互いが互いを見つめていたその時だった。


「待て!」

何者かが叫ぶ声が聞こえたかと思うと、赤羽国の部下の列の間を分けて、男が現れた。

…手には刃物が握られている。

「その『羽』は元来我々赤羽国のもの!青羽国に持って行くべきではない!」


部下は彼を取り押さえにかかるが刃物を振り回すがゆえ、上手くはいかない。

「その『羽』は渡さない!」

止めようとする部下たちをかわし、男は『羽』を持つ鈴音に向かって突進して来た。


思わず鈴音は目を瞑った…その時、

彼女が再び目を開けると荘孫が鈴音の目の前で刃物を掴んで男を食い止めていた。

手からは血が滴りおちていた――。

「行ってください!ここは私たちが!」

そう言って青妹たちを橋へ急がせた。



男はその後部下たちが取り押さえ、荘孫は手に深い切り傷を負ったものの、大事には至らなかった。



しかし、国を治める二人は共に、大きなショックを受けていた。


「…何が、何が人々の心のなかで起こっているのだ…。まさかあんな凶行を起こすものが現れるなんて…。」


彼の刃物の柄には『真赤会』の文字が刻まれていた。

それはどうも、祠司が言っていた、『過激な集団』のことのようだった。


その日、慶徳は、荘孫を丁重に見舞った後、早い時間から自室に籠り、そのまま床についてしまったという。



青羽宮の青妹もまた、強い衝撃を受けていた。


「…なぜ、このようなことに…?」

「実はお二人がお会いになっている間、あちらの側近と話をしたのですが、どうも『羽』に関して過激な行動を画策している一団が現れたのだそうです。恐らくは、その内の人間かと。」

鈴音が青妹に告げた。

「…やはり、やはりあちらもですか。」

………そう実は前の周期の間に、青羽国では『羽』を取りかえそうとする運動が活発化していた。

その中には、赤羽国の襲撃をほのめかす者もいたという。



(どういうことなの?あれは人々に心の平安をもたらすものではなかったの…?)

いや、少なくとも『羽』とその『意味』が再会したことで、人々も国もかけがえのないものを見つけた。

そして、二人だって…。


(ならば…ならばどうして………)

青妹もまたその日、早い内に床に就いてしまったと言う。


くしくもそれは、慶徳が眠りに就くのと、ほぼ同時刻であった…。




続く

ありがとうございました。奈落編は後一話か二話。暇な時間と長さを見計らいながら一気に行くか、分けるか決めます。

次回もよろしくです。

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