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1周期〜4周期、奈落

奈落編。この回は大事な回だと思っております。

十四:1〜4周期、奈落





二人で共に『空の祠』を訪れてから数ヵ月が経過した。

いまは1周期の最中、赤羽国は紅の季節であった。


この季節の特徴は、全くと言ってよい程雨が降らないことと、何と言っても、木々が赤く色付いた様を二か月あまり保ち続けることである。

『羽』の赤が乗り移ったと信じられている紅葉が見せる情景は、この国で春の桜に並ぶ美しさだと言われる。

そんな色付いた木々の紅の庭園で、慶徳は例の『書』をもらう際に一緒にお借りした、青羽国の歴史書や説話を読んでいた。



「今日は随分と勉強なさっておりますな。」荘孫がお茶を出した時に声を掛けた。

「ああ、やはり青羽国のことを知ることは必要なことだと思ってな。

説話に関して興味深いのは、やはり『羽』についての記述は多いが、永年の隔絶があったためか、『羽』を持つ国、つまりこちらの国の事は、時代が下るにつれて、神が住む天の国だと思われたり、あくまで伝説の国だと思われたりしたようだ。

『羽』についても、その実在はあまり信じられていなかったらしい。」

そういえば伝説の内容の割に、初めて『羽』をことを話した時、青妹様は随分と驚いていたな、と彼は思った。

「…しかし、一方で谷の対岸を知ろうとする研究はかなり昔から進められていたようで、

あの橋はその結晶とも言えるものだそうだ。人々の記憶から『羽』や遠い昔約束を交わしたこの国のことは遊離してしまったものの、どこか根源的な所で『羽』を追い求めていたのかも知れんな。」


「世界に秩序を与えた『羽』…永年の内に、人々は大切なことを忘れてしまったのですね。」

「まあ、無理も無いだろうな。その時から今までには、壮大な数の世代交替がなされ、数えられない人数の人々の生死を経ているのだから。

だからこそこうして、二つの国が再び交わることに意味があったのだろう。…しかし…。」そこで慶徳は言葉を止めた。

「しかし…何です?」

「…いや、遠い昔この『羽』が争いを呼ぶのを避ける為に国を分けたと書いてあった。それなのに、ここに来て二つの国を交わらせることで、また『羽』がその争いの火種にはならないものなのか、と少し不安でな。」

「しかし、それは、民も国も充分に成長したからであると、あの書にも書かれているではありませんか。」

「そう、なのだが…」


慶徳の心の中にはこの平和がいつか危うくなるのではないかという一縷の不安があった。


人は時に大事なものを忘れてしまう。時には、自分がなぜ今の自分としてそこに存在出来るかという理由さえ。だからこそ、人の心はうつろいやすい。大事なものを見失ってしまうから。


「私と青妹様は本当に聖人となるのだろうか。そうだとしたら、私たちは聖人として、何をすべきなのだろうか。」


はっきりした確信ではなかったが、彼は知っていた。

世の中がただ平和であり続けるならば、聖人など必要ないことを。聖人が必要になるのは世の中の平和が崩れそうになる時である。聖人はその時に、世の中を平和へと導く存在となる…そのことを彼は知っていた。だからこそ不安であった。自分たちが聖人であると思わせる記述が、古代の書の中にあることが。


一方で、彼の中、その根源には、記憶とは呼べない何者かがあった。その潜在的な何かが、彼に自身を聖人であると自覚させようとした。

傲慢と言う言葉が最もふさわしくない彼が、そのことを外に漏らすことはなかったが…。…しかし、いまは不吉なことを考えるのはよそう、現実の世界は平和なのだから…と考え直し、彼は読書を続けた。





それから何日かして、落葉とともに、冬の訪れを知らせる雪の華が世界を白く染めた。冬の季節が訪れた。



交換の儀を終えると、二人は青羽宮へ行った。庭園はもう雪景色。二人は宮廷のなかから庭を眺めていた。

「寒くはございませんか。冬の季節の入口は、急に冷えて辛く感じられますね。」

火にあたりながら青妹が言った。

「…ですが、今日はこうして二人でいるせいか、妙に心は暖かく感じます。」二人は寒さのせいと言うことにして前会った時よりも近くに寄り添っていた。


「このままこの幸せ日々が続くことを願って止みません。いいえ、続くに違いありませんわ。」

「そうですよ。この平和な日々を、私たちは二人で一緒に過ごして行くのです。」


二人は一周期に一日のその日を大切に過ごした。お互いの、お互いへの愛を感じ合いながら。

けれど、その日以外は、あくまでお互いの国を治める存在として過ごすことを約束した。

また次の季節に二人が会えるよう、世界の平和を保つために…。


だけど、青妹もまたこの時、慶徳と同じ感覚を既に抱いていた。この平和が永続はしないのではないかと言う、根拠はないぼんやりとした不安。そして、自らの根源あたりで感じる、自分が聖人であるという感覚。


だからこそ、二人はこうして共に会えるように、確認し合っていた。そんな不安を抱いていたから……。







さて、それから数日後、ある男が『空の祠』にやってきた。

彼は『羽』と『記憶』の共有を伝えられてから、時々ここに足を運んでいた。

彼に限らず、ここの所、その『羽』の輝きを一目見ようと、『空の祠』を訪れる者は、かつてより幾分増えていた。

そして、一度それを見た者はたいてい、それ以後定期的にお参りするようになっていった。

「こんにちは。今日も冷えますな。そういえば、『羽』は今赤羽国に渡りまして、ここにあるのは『書』の方ですよ。」

男はそれにこう応えた。

「ええ、それはわかっておりますが、ついついここに足を運ぶのが習慣のようになっておりまして…。それで…。」

彼は街で私設塾をやっている人間。その勉強熱心な性格と、旺盛な好奇心は有名であったという。


その日彼は、『書』を読ませて欲しいのだと頼みに来た。『赤羽』を実際に見てからと言うもの、その『意味』についての『記憶』をもっと深く知りたくなったのだと言う。


青妹は初めての交換の時にその『羽』が空の祠に置かれたことは民に伝え、そのいきさつにも触れたものの、それを隅々まで語れば一昼夜かかってしまうため、あまり深くには関さなかった。


「…実は、この『羽』の『意味』をもっと民に広めたいと考えておりまして。

この『羽』は、私たちの世界を秩序づけたもの…そして、二つの国を分かったものながら、それは記憶には残っていないけれど、記憶よりも深い人の心のどこかで、二つの国を再会に導いてくれたもの…。

私はそんな存在にもっと敬ったほうが良いとおもうのです。しかし、民はまだその『意味』を深く理解していない。

大切なのは、赤羽国と青羽国がそうするように、人々の心に『羽』そのものとその『意味』を共存させることだと思うのです。

そうすることで、自分という存在を知り、この国の意味を知ることが出来る…そして、それを知らしめる『羽』に私たちは敬意を払い、こうしてお参りをする…。そういうことが、あるべきなのではないかと、思うんです。」

この男の考えに深く感心を抱いた祠司であった。

「確かに。『羽』と『意味』を共有するからこそ、この国を知り、自分を知り、またそれらを大切に思うのかも知れません。

我々祠に関する者や、王族は既にそれらを合わせていますが、民にはまだ充分に共有されていませんでしたね。しかし、国のこと、民のことを考えれば、むしろ民に積極的に共有を促すべきなのかも知れません。

わかりました。あなたに書をお読みになって、それを塾を通じて人々に広めていただきたい。」

一般の民は、それが傷むことを案じて、『書』に触れることは出来ないとしていたが、彼は平民の中では博学で有名であり、塾という機関がその『意味』を広めるのに適していたため、特別に書を扱うことを赦された。


これは、青羽国にとって一つの契機となった。

時を経るにつれ、その『羽』を『意味』と共に知るものは増え、比例して祠を訪れるものは増えていった。最早、『空の祠』は全くもって『空』ではなくなっていったのだった。





「ほう、一人の男が中心となって、民に『羽』の『意味』をひろめているのですか。」

4周期目に入るその日、青妹は慶徳にそのことを話した。

「はい、わたくしの国の成り立ちの歴史と共に。そうすることで、我が身の存在理由も、我が国の存在意義もわかるのではないか、と。」

「確かに。今のままでは民には『羽』が何たるかはきちんと伝わっていないかも知れません。

そして、人々の心に根付かなければ、私たちの『羽』の共有はあまり意味をなさないのかもしれない…。」

慶徳もやはり、青妹の、そしてあの男の考えに賛同した。

そしてその後、赤羽国でも、『羽』を本当の意味で広める活動が進められていった。


「荘孫。私たちは共有の意味を、ただ青羽国との共有、とだけとってしまっていたが、それだけでは、あの『羽』と『意味』の交換にあまり意味はないのだよ。大事なのは、赤羽国の民と、青羽国の民がそれらを共有していくことなのだ。

そして、その『羽』の『意味』が民に隅々まで浸透したとき、

我々は真の意味での共有を達成するのだよ。」

「なるほど。私たちは、少し解釈を違えていたのですね。」

「いいや。過程の問題だ、始めは国と国の共有…そして次は民と民の共有…何ごともいきなり全てを達成させることなど不可能なのだよ。一つ一つ段を上がることで、私たちは成長していくのだ。」


雨の季節の入り口の雨は、橋の途中で止み、赤羽国の方では初夏の夕焼けが空を染めていた。

『羽』の輝きが、人々の心を染めてゆくのを予期するかのように……





続く

ありがとうございました。奈落編は予定では後2〜3回になると思われます。次回もよろしくお願いします

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