0周期、奈落、青羽国2
やっと折り返し地点って感じです。
十三:0周期〜、奈落
青羽宮の庭園は雨でも濡れることなく景色が見渡せるよう工夫されていて、今日は寒くもなかったので、丁度よい日和であった。
彼女が言ったとおり、水辺にたくさんの紫陽花が可憐に咲き乱れていた。その他も、青菫などの青い花が多く咲いていて、雨に映えて美しかった。
青羽国と言う名にもあってか、この国では『青』が美しいとされ、庭園もそれに従い作られているのだと言う。
「…確かにすばらしい庭園だ。ここには私の庭園とはまた違った美しさがありますね。どこかもの悲しい、可憐な感じといいましょうか。そして、雨もこの庭園の美しさに一役かっているようです。これほどに雨が映える、そして、雨に映える庭園は初めて見ました。」
「…お喜びいただけて、なによりです。あれからお変わりはありませんでしたか。」
「ええ、相変わらず国は平和でこちらの民もしきりにいらっしゃるようで…。」
「い、いえ、国のことではなく…あ、もちろん国のことも大事なのですが、その……。慶徳様、あなたは、お元気でしたか…。」
青妹は顔を伏せて言った。
「あっ、私ですか。私は、そうですね、とくに変わったこともなく平和な日々を過ごしていました。でも…。」
「…でも?」
「いつもより、長く感じられる四十五日でした。」
その遠回しな言葉でも、青妹には充分伝わった。
なぜなら、彼女にとってもまた同じ感覚を抱きつつ過ごした四十五日だったからだ。
「わたくしも…。そう、長い長い、四十五日を生きておりました。」
しばらく、そうしばらくの間沈黙が流れた。
それは冷たい沈黙ではなく、お互いがお互いに言うべきことを言うべきかどうか、悩んでいる上での沈黙であった。
切り出したのは、素直な青妹であった。「慶徳様、わたくしはどうすればよいのでしょう。このようなことは、許されないのかもしれないけれど…だけど…。」
先ほどの言葉でお互いの想いに自信はあった。
けれど、二人は共に国を治める身。そのような二人の恋など許されるのか、青妹はわかりかねていた。
「…けれど、ならば誰か、この想いを止める術を教えていただけないでしょうか。体から止めど無く溢れるあなたへの想い。わたくしはどうすれば…。」
青妹はいまにも泣き出しそうな顔で、慶徳に訴えかけてきた。
それは、ずっと後継ぎとして育てられて来た彼女が、初めて抱いた気持ちだった。
「…そのような心配は必要ございません。」しばらく考えて、慶徳が切り出した。
「あなたはその気持ちに素直なままでよろしいかと思います。
あの書にもありましたとおり、私たちは、古よりこの二つの国が交わる瞬間に、出会うことを約束されていた身だったのです。そう、私たちがここでこうして慕い合うことは、言わば運命だったのでしょう。私が聖人と呼ぶにふさわしいもの持っているかどうかは解り兼ねますが…。」
「…運命?」
「はい、ですから、自分の身分を案じてこの心を押し殺す必要はございません。どうぞ、お互いの気持ちに素直になりましょう。」いつの間にか彼は青妹の手を握りながら、そう言った。
「では、わたくしたちはこれで良いのですね?」
慶徳が微笑みながらうなづくと、青妹は大輪の花のような笑顔を浮かべた。
「これからも、周期の変化が訪れる度に、こうして二人きりになりましょう。待たねばならない日々は辛いですが、その分再会した時の想いは何にも代えがたいものになるはずです。」
「…はい。」青妹は静かにうなづいた。
その後、二人は前と同じような和やかな雰囲気でお話をした。 今回は国のことより、お互いのことばかりだったけど…。
時間はあっと言う間に過ぎ、二人にしばしのお別れの時がやって来た。
青妹とその部下は橋のところで慶徳を見送る。
「また、夏の終わりに…。」
「今度はあなたがこちらにいらしてください。あの『羽の書』と共に…。お待ち致しております。」
二人はなにごともなく挨拶を交わし、慶徳は赤羽国へ戻っていった。『なにごともなく、』…まあ側近にはもう気付かれていたけれど…。
「うまくいきましたか。」荘孫は帰り際、慶徳に質問をした。
「ああ、きっとこれが『羽』のあるべき形なのだろう。青羽国とは、良い関係を築けそうだ。」
「またまた。そうではなく、どうですか。青妹様とは上手く行きそうですか。」
慶徳は赤らめた顔を隠すことができなかった。
「…あの書に書かれた『聖人』とは、恐らく、いえ、間違いなくあなたがたお二人をさすことと思います。さすれば、御身分を案じて…などと言う訳にもいきませんね。それほどに前からの縁だったのですから…。それに、お二方はとてもよくお似合いですよ。」
からかうんじゃない、と言おうとした慶徳だったが
「…まるでこの太平な世を象徴するかのような微笑ましさでございます。」荘孫はこう、付け加えた。
しとしとと降る雨は橋の途中で止み、赤羽国では初夏の夕焼けが広がっていた。
「また、夏の終わりに。」慶徳はそう繰り返した。
続く
ありがとうございました。次回はちょっと時間が経ち、半年後にとびます。いよいよ後半戦です