Call
【第19回フリーワンライ】
お題:かける
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
ミノルは腐っていた。
学校から帰宅するなり部屋に籠もり、食事も摂ろうとはしなかった。
ベッドに身を投げ出して、虚ろな目でまんじりともせず天井を見ていたかと思えば、突然起き上がって液晶テレビに釘付けになった。それも一つのチャンネルを見続けるのではなく、落ち着きなく放送局を切り替えて漫然とザッピングするだけだった。
何もする気は起きないのに、何かをしていないと時間の流れに耐えられなかった。
目を閉じると、あの場面がフラッシュバックする。
下校時、自分の目の前で起きた交通事故。
見通しの悪いカーブで、曲がってくる車のタイヤ音を自分は確かに聞いた。しかし、轢かれた被害者――何かにつけてミノルに難癖をつけてくるあの上級生は、ヘッドフォンをしていて、車に気付いた様子はなかった。
止められた交通事故。
止めなかった自分。
何もしないでいると、そのことばかりが脳裏を過ぎり、事故の瞬間が目に浮かんだ。
その映像を見なくない、考えたくない……
やがてミノルはリモコンを手放して携帯電話に持ち替えた。誰に電話するでもなく、何を見るでもなく、ただいじるだけ。
そうしていると、何かの拍子に自分のプロフィールが表示された。そこに載った携帯電話の端末番号を見て、ふと思い付いたミノルは、その番号を選択してみた。
自分の携帯電話に、自分の携帯電話で電話をかけるとどうなるのか。
高校生にもなって、まるで小学生のガキような発想をするのは我がことながら恥ずかしいが、どうしても好奇心を抑えることが出来なかった。
受話口に耳を当てると、お馴染みの呼び出し音が鳴った。
プルルルル、プルルルル――
五秒ほど待ってみてもコール音は変化しなかった。
こんなものか、と若干残念な気持ちで電話を耳から離して、通話を切ろうとした。
すると、
――ガチャ
『……もしもし』
携帯電話の画面が通話中に切り替わって、受話口から応答の声が聞こえてきた。
「!?」
ミノルは驚きのあまりに端末を取り落としそうになった。
自分の携帯電話に自分で電話をかけたはずだ。では、この通話相手は一体誰なのだろうか?
聞き違いだろうか。
恐る恐ると言った様子でミノルは再び電話に顔を近づけ、
「も、もしもし?」
と言った。
『もしもし?』
と返事。
聞き違いではない。やはり誰かの携帯電話に繋がっている。
ミノルは唾を飲んで相手に問いかけた。
「もしもし……あの、あなたは誰ですか」
『……はあ?』
応じる声には、今度は少し険があった。
しばらくミノルは二人で話し込んだ。
数十分かけて、ようやく二つのことがわかった。
電話はかけ違いなどではなく、間違いなく自分にかかっていた。ミノルが話しているのは『ミノル』本人だった。
ただし――
「……一日ずれてる」
どういうカラクリなのか、あるいは運命の悪戯か。
日時を言い合ってわかったことだが、電話相手の『ミノル』はミノルから見てちょうど“昨日”にいるようだった。
二十四時間前の自分と話をするのは奇妙な気分だった。一日分の記憶しか異なる部分はないはずなのに、まったく別人のように思えた。スピーカーから聞こえる声が、普段喋っている時に聞こえるそれと違うせいかも知れない。そうでありながらも、口調、口癖が全く同じなのは、不気味を通り越して滑稽ですらあった。
とはいえ、自分自身というのは、これほど気の置けない存在もなかった。自分自身が他人として存在するなら、これほど気安い相手もいないだろう。
一卵性双生児よりも近しい他人。あれについてもこれについても、全てが通じ合っていた。
ミノルは『ミノル』とすぐに打ち解けた。
『しまった、電池がもうない』
長々話すうちに、すっかり時間が経ってしまっていた。見れば、ミノルの方の電話もバッテリーメーターが赤くなっている。
ミノルは思わず舌打ちした。使い始めて年数の経つこの携帯電話は、電池の減りが早く、こうなっては後数分も通話していられないだろう。電源ケーブルを接続するためのコネクターは壊れていて、充電は充電ドックでしか出来ない。
どうやっても、一端通話を切らなければならなかった。
(こんなことなら、早く機種変しておくんだった!)
ミノルは焦った。一度切れたら、次にまた同じように繋がる保証はない。
二度と昨日の『ミノル』と話す機会はないかも知れなかった。
何か、悔いを残さないように、最後に言うことはないだろうか。
何かを探すように、何かを思い出すように、ミノルの目がぐるりと自室の中を一周する。目に飛び込んできたのはテレビのスポットニュースだった。
今日、配当金一万倍の万馬券が出たというニュース――これを『ミノル』に告げれば、億万長者になれるかも知れない。
目を閉じて呼吸を整えたミノルは、その瞬間、瞼の裏で交通事故がフラッシュバックするのを見た。
「……!」
止められた事故。
億万長者。
どっちだ。
どっちを最後に話すべきだ。
バッテリーの赤いランプがちらつく。
最後に『ミノル』に言うべき言葉は――
「自分に誠実に生きろ!
正しいと思ったことをやれ!」
ほとんど絶叫にも似た声が、小さな部屋の中で木霊した。
いや、それはミノルの頭の中でのことだったかも知れない。
携帯電話の電源は切れていた。
その声が『ミノル』に届いたかどうかわからなかった。
その夜、ミノルは夢を見た。
見通しの悪い急カーブで、アスファルトをこするタイヤの音が聞こえる。
正面にはヘッドフォンをして、気付いた様子のないあいつがいた。
夢の中の『ミノル』は咄嗟に走って、
「危ない!」
声をかけながら“彼女”の腕を掴んで引き留めた。直後、二人の鼻先を法定速度超過の車が走り過ぎた。
危うく自分も巻き込まれるところだったと、ミノルは肝を冷やした。
呆気にとられた様子だった自分をからかう上級生――ナオコは、遅まきながら助けられたことに気付いたらしく、ばつが悪そうにヘッドフォンを外すと、
「あ、ありがと……助かったよ」
『ミノル』に礼を告げた。
果たしてそれは本当に夢だったのか。
夢だとしたらどこからが夢だったのか。
ミノルにはよくわからなかったが、確かなのは、目を閉じても事故現場をフラッシュバックしなくなったことと、そして、翌日からナオコがヘッドフォンをして歩くことがなくなったことだった。
幸か不幸か、それ以後からかわれることもなくなった。
違うちょっかいはかけられるようになったが。
『Call』・了
お題を見た瞬間に『時をかける少女』を思い出した。
時をかける。電話をかける。
うむ。
『時かけ』はアニメより先に大林実写版を午後のロードショーかなんかで観たはずだけど、なんか火事のシーンとラベンダーしか覚えてない。
後、この話は古橋秀之の「三時間目のまどか」の影響下にある、はず。なんとなく。同作が収録されている『ある日、爆弾が落ちてきて』は表題作が去年ドラマ化されたので多少知名度があるはずだけど……この人もうちょっと売れるといいよね。