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未来の映像

作者: 有宮休一

 白髭の老人が広い公園のベンチに腰かけていると、ボールが転々と吸い寄せられるように転がってきた。

そのあとを追うように女の子が走って来て、「すみませ~ん、ありがとうございます」とボールを受け取った。

友達とドッヂボールの練習をしていて受け損なったものらしい。

二人の男子が二人の女子にボールの取り方を教えているらしく、身振りと声で指導している。

そして時間が来たと見えて三人の子は散らばっていったが、さっきの女の子だけは老人のところにツカツカと近寄って、「今日はボールをとってもらってありがとうございました」とはにかむ様にお礼を言った。

「礼儀正しい子じゃのう、皆はもう帰ったのかな?」

「スイミングや英会話教室です」

「名前は何という?」

「そういうのには答えれません……」

「あっはっは、なるほど……、ではA子でいいかな?」

うんとうなずく。

「A子は塾や習い事はしてないのか?」

「していないよ」

「何か夢はないのかい?」

「ケーキ屋さんになりたかったんだけど、今は別に……」

「どうして今はなりたいと思わなくなったのかな?」

「何回か作ってみたんだけど、ぜんぜんうまくいかなくて、お母さんからそんな無駄なことやめなさいって止められたんです」

「なるほど、何回くらいケーキを作ったんだい?」

「5回くらい」

「もっと作ったら上手になるかもしれんぞ。よかったら、A子の未来を占ってやってもいいが……」

「当たるの~?それにお金ないよ」

あまり信用していないA子の顔から自分のカバンに目を移した老人は、

「サービスで試しに見てみるとするか」と言いながら、15センチ四方の紫色の座布団と、大きな水晶玉を取り出してベンチに置いた。

そしてなにやら唱えながら両方の掌を玉にかざすと、まもなく玉の中に映像が現れた。

それは1分間くらいの映像が流れたかと思うと、また次に別の映像が1分間流れて終わった。

はじめの方は中学生になったA子が勉強を真面目にしているところと、会社に就職して事務作業をセコセコとしている場面の後、足取り重くアパートに帰宅してベッドに大の字になるというものであった。

次の映像は、何度もケーキづくりを失敗をしているところと、ホテルでパティシエとしてイキイキ働いているところの後、自分のお店を持ってお客さんが次から次へと買いに来ている映像であった。

A子も玉の中の映像を食い入るように見ていて、映像が途切れると老人に質問をした。

「どうして二種類あるの?」

「二つの道があるということじゃろな」

「じゃあバティシエの道がまだあるってこと?」

「そのようじゃな」


A子は家に帰ると、パートから帰って夕食の準備をしている母親に今日あったことを話した。

すると母親は、「そんなのでまかせに決まっているじゃないの。毎日のようにケーキをつくる練習なんてどれだけお金がかかると思っているの。それにいつも台所がグチャグチャになるからダメ。綺麗に洗って片づけたことないじゃないの」

A子は何度も泣いてお願いしたが、家のローンでやりくりに困っていた母親はOKを出すことはなかった。

翌日、A子はドッヂボールの練習があるわけでもないのに、学校帰りに公園に寄った。

すると昨日の老人がポツンとひとりでまたベンチに座っていた。

「お母さんが反対でケーキづくりはできそうもないよ」とA子は、母親から言われたことを半分泣きながら老人に説明した。

「ん~、何か交換条件を出さないとダメじゃな」と老人が言うと、A子はまた急いで帰って、母親に条件を聞いた。

「ダメって言ったでしょ。お金がないんだし、今でも学校の宿題も完全に出来ていないくせして何言ってるの?」と取り付く島がなかった。

また翌日、A子は公園に寄った。するとやはり老人はベンチに居た。

A子はしょぼんとして老人に言った。「やっぱりダメだった」

「そうかぁ、で、どうする?ケーキ屋はあきらめるか?」

「あの未来の映像が頭にあって、あきらめたくない」

「仕方がない……、じゃあおじさんがなんとかしてみよう」

「ほんと~」と言ったときのA子の笑顔に老人は決心した。


翌日A子が公園に寄ると、老人はいなかった。

そして、その時、けたたましい音を立てて救急車が通りすぎて行くのが公園に響いた。

A子が家に帰ると鍵はかかったままで、インターフォンの返答もなかった。



                                                             <完>


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