リサ、遭遇する。
リサの彼氏はイケメンだ。イケメン(笑)ではなく、紛う方ないイケメンだ。正統派のイケメンだ。繰り返す、イケメンだ。
イケメン、と一言で言ってしまえば誰もがイケメンになる。イケメン、一言でなんて美味しい言葉だとリサは思う。
ちなみに、リサの彼氏は背の高い、世間さまでは細マッチョといわれる体格、雅な和風のイケメン。顔は分類で言えば醤油顔か。
光源氏みたいな平安のお公家サマみたいな格好をさせて、満月を背景に竹藪の辺りで横笛でも吹かせたらさぞ似合いそうだと、リサはいつも思っている。
そんな雅な和なイケメン、モテナイはずがない。いつも微笑みを絶やさないものだから、“微笑みのお公家サマ”とかあだ名されてたりする。
そんな彼の横の居場所は、リサひとり。
彼の回りをハイエナの如く女豹がうろつこうが、空から獲物を狙うハゲタカの如くねっとりと見られようが、おまえは忍者かとばかりに気配を隠してストーキングする犯罪者という棺桶に片足突っ込む輩から影から嫌がらせを受けようが、リサはへこたれはしない。
だからリサは、今日も今日とてジャ○リコをカタカタと高速で噛みながら、泰然としていた。その顔は無我の境地に達している。ジャガ○コの高速噛み噛み大会があったら優勝間違いなしだね、とリサは自分に惚れ惚れした。
「苦情は本人まで」
リサは次のジャガリ○に手をのばしながら、前を見て呟いた。
今、リサは漫画や小説、ゲーム等でテンプレ的王道展開に直面していた。
リサに立ちはだかる敵は三名、装備はリサと同じ制服で、化粧やら気崩しやらで守備力と魅力を上げた高レベルな敵。気崩したら守備力下がりそうなのに、何で強そうなんだとリサは思う。
対するリサは、正常な校則範囲内の制服。いじっていないので補正やらはない。あれだ、改造していない制服というものは、○○属性の結晶やらドラゴンの鱗やらで強化していない革の服と同じだ。
しかも、リサの武器はジ○ガリコと携帯だけ。あとは敵との遭遇率を高めてしまう“イケメンの彼女”という称号だけ。どんなゴキブリほいほいだと思う。リサは常日頃から効果テキメンな虫除けスプレーが欲しかった。彼氏による虫を除けるのではなく、こういったリサにたかる虫を除けるのに使うのだ。
そして戦いの舞台となる場所の補正も、敵方に有利に働くだろうと、リサは戦局を見極めてみた。
―――校舎裏、体育館裏、倉庫裏。どうして皆も揃って裏が好きか。目立たないからか。呼ばれる側としては、冬だけは避けてほしい。寒いんだ、裏は日陰で寒いんだ、寒さはマイナス補正だとリサは思う。
―――戦局を冷静に見つめてみた結果、リサは今日も今日とて建物裏にて囲まれていた。誰に? ここでようやく、リサは敵方の見た目の詳細を見てみた。服しか見ていなかった。だって、リサは小柄なのだ。小柄すぎて、相手の首から下しか見えないのだ。
リサはうんしょと顔をあげ、敵方三名を下から見上げた。こちらは見上げるのに、上から見下ろすのはプラス補正だよ敵得かよとリサは少し悔しくなる。何で小柄なのだ。そうだ両親は高いのに、ああ確かばっちゃんが小さいんだ。
「……びじーん」
見上げた先には、思っている以上にレベルが高い女生徒が三名。どれだけレベルが高いと言えば、思わず感想が棒読みに漏れるくらいのレベルだ。
今でなければ、合掌して拝み倒して眺め回したい目の保養の女子生徒集団だった。
またの名を怖いもの知らずの勇者発ちとも言う。命名はリサだ。リサは自分のネーミングセンスはどうであれ、なかなか的を射ていると思っていたりする。これから勇者として発つのだから。発ちと達をかけてみたのだ、どうだとリサは内心で胸を張った。……張るほど胸はないのだが。
「……は、ぁっ?!」
マスカラもつけまつげもしていないのに、瞬きをするたびにわっさわっさと送風するまつげがすごい。よし、天然扇まつげ先輩と呼ぼうとリサは決めた。そんな扇まつげ先輩はすっとんきょうな声をあげ、リサを睨み付けた。
「……貴女。どうして自分が呼び出しされてしまったか、おわかり? あたくしたちを馬鹿にしてますの?」
口をパクパクする扇まつげ先輩の代わりに、アイロンあてまくってぺっちゃんこなストレート長髪が、髪を腕で払いながらいう。
どんだけぺったんこだ、それが第一印象だった。しかしそれ以上のインパクトを、リサに与えたのは―――
(うわ、あたくしだよ)
リサは絶滅危惧種を見た気がした。いまの時代、あたくしお嬢様がまだ生存していたとは驚きである。リサは決めた。よし、絶滅危惧お嬢様種と呼ぼう。確か同学年だから、先輩呼びは不適切だからタメだ。
いかにも高飛車にざますとか言いそうだから、絶滅危惧お嬢様種・推定高飛車ザマス属だ。
「あたしたちはー、あんたが身の程知らずだからぁ、呼び出したのよ!?」
絶滅危惧お嬢様種・推定高飛車ザマス属の背後から、背の高い多分後輩が腰を振りながらご登場なすった。
三食きちんと食べているのかと疑いたいくらいにガリガリだった。しかし、出番まで鏡で恍惚としていたし、自分に自信ありげなモデルウォークで歩いてくる。うむ、自分大好きなんだなとリサは思う。よし、決めた。
「まっ平らナルシスト」
あ、と気付いてリサが口に手を当てたときは遅かった。
「だっ、誰が」
まっ平らナルシストは、まっ平らナルシストが自分を指すと瞬時に理解し、瞬時に顔を沸騰させた。真っ赤になって、頭頂部から湯気がしゅっぽっぽーと出ている。機関車まっ平ら兼自信家地獄耳に改名しようかと、リサはのんびり思う。長いからまっ平らでいいやとも思う。
リサはのんびりしていた。
天然扇まつげ先輩と絶滅危惧お嬢様種が、あーあこいつ馬鹿じゃねという顔をリサに向けて肩を震わせていた。
でもリサはのんびり、我関せずだ。そして、リサはほっとした。こういった“ずのうせん”は、心のお友のともちんと、イケメンに任せるに限る。リサは安堵した手付きで、ようやく次の○ャガリコに手をのばせた。
「だから、本人にいえっていったのに」
リサは、心から安堵した笑みを向けた。その顔は三人の向こうにむけられている。
「ね、そうでしょ」
リサに直接焼きを入れようとした輩は、イケメンからそれはそれは口に出すのも躊躇する叱咤が待っているのだから。
「リサ、いた」
「まーた囲まれてるじゃなぁい? ほうら、アタシの守りから離れた隙に!」
「でも、売られたからには買わないと、相手に失礼」
リサの笑顔が向く先、そこには捕食者の微笑みを溢れんばかりに浮かべる二名。
醤油顔和風イケメン彼氏と、心のお友(お伴)のおネエ・ともちんである。
リサは固まって動かない敵方三人衆の間を縫い、胸に飛び込んだ。
「……何で、俺じゃない?」
「はっはーん! 自称彼氏が片腹痛いわね! お菓子や手料理で胃袋掴んで了承させといて! おーほっほ、ざまぁ!」
リサは、ともちんの腹部に頭をグリグリ押し付けた。リサはれんあいの経験値がまだまだ一桁だ。だから照れ隠しに、ともちんの腹部に顔を預けて凌いでる―――なんて気付いているのはともちんだけ。
気付かない誰かさんは、固まった三人衆に笑顔を向けた。
「ひっ」
そう声を漏らしたのは誰だったか。
いつの間にか、リサはともちんに連れられ退場していた。
「覚悟、いいよね」
だからリサは知らない。リサは、「リサに焼きを入れた相手が、彼氏が行うずのうせんによって、口に出すのも躊躇うくらいに、説教と叱咤を受ける」と思っているだけ。
本当は違う。
「さぁ、公開してもらおうか」
―――後日、三人衆が“おやのじじょう”で転校していったと、リサは知った。
でもリサは知らない。
本当は……公開されたくない色んな色々を、知人友人身内関係者に暴露という公開処刑にあって後悔させられた結果、だと。
おバカさんで、思考斜め上なリサは、一生知らないだろう。彼女のバカ正直な性根と、真っ直ぐすぎる素直さを愛する二人によって作られた鳥籠の中、可愛い可愛いと保護されているのだから。
だから―――リサはこの世界が、別の世界でのゲームの舞台で、リサはヒロインの一人で、逆ハーレムなど良しとしない二人によって、攻略対象やらライバルやらから守られているなんて。リサは、知りよしもしない。
ご覧いただきありがとうございます。これは、先日の活動報告に掲載した掌編の加筆修正版になります。
リサは、愛すべきおバカさんを意識しました。彼女の発想やらネーミングセンスは斜め上どころか、行方不明になっております。
以上、連載作品がネタがあるのにかけないという初スランプのリハビリに書いた短編でした。お粗末さまでした。