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花の国家*フラワール

 ある大陸の東の果てに、こんな島国がある。

 花の国家、フラワール。この国は法律で国民にこう義務付けている。


『我が国の国民、また我が国に滞在する外国人は、いずれも花をその服装に取り入れなければならない。』


 制定当初、この法律は物議を醸した。

 花の国家フラワールは、「花の」と冠している通り、全面的に花を象徴とする国家として成立した国である。元々あった軍事国家は先の世界戦争で敗れ、解体された。その後、諸外国の支配下から独立を勝ち取り、新たに平和民主主義を唱える政府が成立したのは今から約六十年前のことである。

 法律制定当初、政府はその義務について「花は人の心を和ませ、癒し、平和をもたらす。花は平和の象徴であり、先の戦争の教訓でもある。どんなときでも国民は花を愛する心を思い出すように、花のモチーフを身につけることを義務付ける。」と公式発表した。しかし一部知識層からは反発が起こった。「個人の表現の自由を壊す」「人権侵害」「服飾の選択が奪われる」といったものである。

 しかし、政府は断固として、法律を施行した。

 そしてその法律は、今日まで健在である。

 施行後、最初は渋った者がいたものの、一般庶民は慣れてしまうとこだわらなかったのだ。


 「誰でも好きな花はあるものだしね」

 「国会議員も率先して花柄を着ているしね」

 「どんな花柄を合わせるかでその人のファッションセンスが解かるし」

 「まあ悪い提案じゃないよね」

 「すごく仲良い国っぽいし」


 理由は色々である。軍事国家時代の愛国精神も影響していたと思われる。最初は難色を示していた知識層も、結果的に大した反発もせず、国民の服装の義務は定着してしまった。

 ゆえにこの国には花柄や花のモチーフを身に着ける人で溢れかえっている。

 派手なわりに温厚な性格の国の誕生であった。


    *


 花の国家フラワールは花で溢れている。

 道端には必ず花壇が並び、その手入れが怠られることはない。各地域の自治体には自治花があり、各々の町の花壇は主にその花を育てる。花の種類が変わると地域が変わったと判るので、道に弱い人にとってはよい目印になる。自治花が決まってはいるが、個人宅の花壇の自由は守られている。

 何処に行っても花壇はあるから、虫が発生し易い。天道虫、蝶々、蚊、蝿、蛾など。特に蜂は危険な種類もいるので、自治体は頭を悩ますところだが、蜂が多いのを逆手にとって養蜂家をする人もいる。養蜂家が多いことから、蜂蜜はフラワールの花と並ぶ特産品になっている。また、果実農業も盛んである。

 会社のオフィスには必ず花が花瓶に飾られている。オフィスレディたちは日々花の生け方を競う。美しく花を生けた人は一目置かれる。

 学校では花壇は当たり前、教室には花瓶がある。花柄の制服を着た子供たちには花係がいて、教室の花瓶に定期的に花を生ける係だが、怠惰な役割になりつつもある。しかし、元気に校庭で遊びまわるその側には、いつも花があり、子供たちは花を大切にする心を学ぶ。

 花を取り扱う企業もある。国自体が花を冠しているようなものなので、花に関する仕事には補助金が出るし、世界的な宣伝力もあり、フラワールは世界の花業界のリーダー的存在である。花の品種改良では他の追随を許さぬ技術があり、年に何度も花の博覧会が行われる。


    *


 この国が何故、花を象徴するようになったのか。それは戦争で焼かれた国土の過去にある。

 フラワールの前身の国には、かつて沢山のミサイルが打ち込まれた。敵の船が近くまで来て攻撃したのである。数多の不発弾が残った。建物も家も山も野も、焼き尽くされ、焼け出された人たちは路頭に迷った。首都はガラクタしかない、不発弾があるかも知れない危険な焼け跡となった。

 戦勝国支配下時代を生き抜いたフラワール初代総理大臣は、当時若者であった。仲間と必死に毎日を生きていた。人々が路頭に迷う中、まず食べ物が必要であった。戦争で焼けた土地は貧困で満ちていた。配給される食糧ではとても足りなかったので、焼けて何もなくなった土地で何かを育てることにした。種などはなかったので、空襲や攻撃がなかった農村まで歩いていって、やっと種芋と大根の種を貰って来た。

 畑を作るのも容易ではなかった。ガラクタを片付け、不発弾を取り除き、爆発を恐れながら耕した。苦労は実って、植物がもう二度と育たないのではといわれていた土地に種芋は根付き、沢山の実をつけた。彼らは芋を収穫し、人々と分け合って食べた。

 しかし、なかなか実を結ばなかったのが大根であった。ひょろひょろの細い大根しかとれない。育っても腐ってしまった。仲間とこれは駄目だと、大根はその場に放置した。

 すると、暫く経ってから大根の葉から茎が伸び、蕾を付けた。それからその大根は、白い花を咲かせた。

 腐り、虫に集られ、葉は病気になっていた。栄養不足で醜い形になっている。しかしその大根が可愛らしい白い花を咲かせたことに、初代総理大臣になる若者は感動した。大根は全く不毛ではなかった。

 駄目だと思うのは、そう思うからなのかも知れない。

 若者は、絶望している人々と、焼け跡の首都を諸外国の軍隊が闊歩し、独立国ではなくなったその土地を思ったのである。


 その後、独立を勝ち取ったその国はフラワールと名乗る。初代総理大臣はふくふくと笑う鷹揚な人物だったという。白黒写真の彼が着ているスーツには白い花の刺繍がこぢんまりとあしらってある。国民の大体は、その花が何の花であるか知っている。

 現在の国会議員のバッヂも、その白い花である。初代総理大臣の後に続く者たちが、戦争の悲惨さと独立までの苦労と、そしてかの人の精神を忘れまいと形にしたのである。

 国民の花柄着用の義務という荒唐無稽に思える法律は、花の不屈さをきっかけに立ち上がった初代総理大臣の思いがあったからこそ、受け入れられたのである。


    *


 花の国家フラワールは、国民の政治への関心が強い。

 皆、夕方から始まる国会中継を楽しみにしている。

 一家の団欒である夕食の時間にはテレビ中継を見る。

 しかし。見るべきところは政治への興味だけではない。


 とある一家の団欒を覗いてみよう。


「今日中井さん、党首討論だから新調したのかな。ぱりっとしてない?」


 と、ご飯を掻き込むのは高校生の少年である。朝顔柄のワイシャツを着ている。

 テレビでは年配の代議士が声を張り上げていた。党のシンボルである「家族愛」を象徴した真っ赤なサルビアの刺繍を施したスーツを着て、総理を攻めている。


“軽率なことを口にする大臣を任命した責任をどうなさるつもりですか。我々としては、国民の皆様にとっても納得がいきません。”


 死刑制度に対する発言によって問題になった大臣への非難である。向日葵のアップリケをつけたエプロン姿の母親は、「またあのことぶり返して」と零す。

「烏山さんだって頑張っているのにね。生活保護の悪用を弾劾したときは立派だったよ。」

「友愛党はいつまでも愚痴を言いっ放しだよね。」

 と、味噌汁を啜るのは大学生の姉である。ヤマツツジのスカーフをしてつんとしてる。

 党首討論をしている場で、衣川総理大臣が立ち上がった。「清楚」のイメージの白い百合をあしらったネクタイをしている。マイクの前に立って、反論をする。


“烏山法務大臣の発言は適切でなかったにしろ、本人は反省して正式に謝罪をし、ご遺族の方から許しを得ております。わたくしとしましてはこれ以上追求するべきではないと思っておりますが。”


「新村さん出てこないかな。」

 ふいにヤマツツジの姉が言う。朝顔の少年は「げ、またそれかよ」と言う。

「いいじゃない、新村さん面白いじゃない。それに中井さんとの、見れるかも知れないよ。」

「やだよ趣味悪ぃよあの人。・・・あっ、出た。」

 背の高い政治家が手を上げて立ち上がる。新村厚生相大臣はマイクまでしゃなりしゃなりとやって来て、自信満々に話し始めた。政党のシンボルの白い百合のネクタイをし、スーツは赤いバラがこれでもかとでかでかと刺繍してある。

 ヤマツツジの姉は途端に笑い出し、朝顔の少年は「うえっ」と言った。

「今日もけばけばしいわね。」

「バラと百合って、ありえねぇ。」

「組み合わせがよく解らないわね。」

「わざとああやって、笑わせようとしてるのよ。」

「何で姉ちゃん新村さんの肩持つの?」

「昔はもっとえげつないスーツ着て、パフォーマンスする政治家もいたよ。新村さんと中井さんは二世だからね。親父さんからそういうの、受け継いでいるんだろう。」

 フリージアのプリントがしてある普段着の父親がビール片手に呵呵大笑した。それにつられて向日葵エプロンの母とヤマツツジの姉もくすくすと笑う。

 テレビ画面の新村は指を差して強く指摘し、友愛党の中井は苦々しそうな顔をする。

 家族はテレビ画面に注目していたが、新村が席に戻ってしまうと少し落胆したように食事を再開した。

「今日やんなかったね。」

「中井さん新調していたのに。」

「新村さんも張り切っていたのにね。」

「まあ、いつかのチューリップよりかはまだ良かったかもね。」

 朝顔の少年が憮然として言った。


 このように、国民は政治家のファッションチェックをしているものなのである。花柄をどう取り入れるか、どう合わせるか。政治家は服装に気を抜いてはいられない。

 その反面、常に政治に興味を持ち、人々は抜かりない。ファッションチェックと同時に発言や議論を聞くので、国民は自然と誰がどんな政策を持ち出しどんな問題があるのか把握するのである。

 ゆえに、フラワール国では選挙投票率が九十パーセントを超える。


     *


 お茶の間で議論されるのである。

 当人がたの花柄攻防は熾烈である。

 各政党には象徴の花がある。自由進歩党が白百合、友愛党がサルビア、堂々公正党がタンポポなどなど。

 それぞれ党花を象ったファッションポイントを作ってあり、入党するとそのグッズを身につける。自由進歩党は白百合のネクタイを作っているし、友愛党は襟にサルビアの刺繍のワンポイントがあるワイシャツを作っている。

 しかし、それ以外でも花柄で競う。お茶の間からの国民の視線があるからには、より好印象を与え、他人に霞んではならない、目立つかつインパクトのある行動をしなければならない。


 党首討論を終えた友愛党の中井が秘書を連れて、幹部と連れ立って議事堂の赤い絨毯を歩く。スーツの赤いサルビアの刺繍がよく目立つ。表情は不満げである。

「全く、衣川はのらりくらりとかわすものだ。」

「いつまでも尻尾をつかませませんね。」

「次こそ政権交代だ。さっさと総選挙すれば良いものの、いつまでも総理の席に噛り付いて」

 と、中井は言葉を切って表情を変えた。向かいから先程まで党首討論をしていた自由進歩党首脳陣が歩いて来たのである。

 友愛党議員たちはさっとサルビアの刺繍の襟元を正す。自由進歩党一行は揃いの白百合のネクタイの胸を反らせる。双方は向かい合った。

 真っ赤なバラの刺繍のスーツを着た新村が見下ろすように中井を見る。

「これは中井友愛党党首、羽振りが良いようですなぁ。またスーツを新調なさったのですか。育ちの良い方は違いますね。」

 中井は頬をぴくぴくと引きつらせ、新村を見る。

「新村大臣こそ今日はどこぞの女性とお出掛けですか。実に情熱的な赤いバラで。」

 新村はむっとした顔をする。「まあまあ」と他の大臣が窘める。

「新村君、中井さんは党に熱心なのだよ。どこまでも赤いサルビアで真っ赤っかだ。」

「こちらは党の方針に一途なのでね。皆、一致団結ですよ。」

 別の友愛党議員が言う。

 中井はわざとハンカチを出して見せ付けるように汗を拭く。ハンカチも無論赤いサルビア柄である。

「こちらは党の方針と違った発言をするような失敬なものはいないのでね。」

 いや、何もハンカチまでサルビアじゃなくても、という自由進歩党と友愛党の議員たちが暗に思っていることに、中井は気付いていない。

「我が党の議員は柔軟に考え、自由に発言するだけです。皆、行くべき方向は同じだが、様々な考えの人たちが集まっている。偶に齟齬があるのは、当たり前ですな。」

 衣川総理はそう言うと、老獪に笑って、では失礼と友愛党の脇を行く。それに付いて行き、わらわらと一行は移動してゆく。

 中井は忌々しそうな顔をしていたが、同じように忌々しそうな顔をしている新村と目が合うと、睨み合った。そして次の瞬間、互いにスーツの前をばっと開けて広げた。中井のスーツの裏地は青の背景に赤いサルビア、新村のスーツの裏地は深紅の背景に白いテッポウユリであった。二人とも確認すると、ふんと鼻を鳴らしてさっとスーツを正した。新村はそのまま総理一行に付いて行き、中井は手を後ろで組んで何食わぬ顔をした。周囲からおおーという声とぱらぱらという拍手が起こった。新聞社のカメラマンが「やったぞ、裏地見せを撮った」と言いながら走って行った。

 中井は鼻を鳴らして、「なかなかじゃないか」と呟いた。

 国会名物、『裏地見せ』である。

 自由進歩党と友愛党の発足以来、派手どころの議員がスーツの裏地の花の刺繍を見せ合って張り合う光景である。元々、仲の良かった議員同士がスーツの裏地の刺繍を自慢したいがために始まったといわれる。今は自由進歩党、友愛党、その他の党関係なく、党同士の睨み合い、威嚇として派手な花柄を好む議員がやる。それぞれ『裏地見せ』をやる相手が決まっており、相手が新品のスーツを着てくるとその度にやる。

 自由進歩党と友愛党なら新村と中井なのである。そんな二人は実は仲が良いという噂である。

 噂といえば、普段シンプルに白百合のネクタイしか花を身に着けているようにしか見えない、総理の裏地が実はすごいということである。同じ党の某議員が見たらしい。


 議員食堂へ向かう総理一行は談笑しながら中井を皮肉る。

「あれはもう、党粋していますな。」

「サルビアだらけ。下着もサルビアかも知れませんな。」

「中井さんが党首で友愛党が政権をとったら国民総サルビア化になりかねませんな。」

「それはなんとかして阻止せねばなりませんね。」

 と、一行はどっと笑った。そしてあやめ定食にしようか菊御膳にしようかとか相談し始めた。

 勿論、いくら中井がサルビアだらけだからといって、国民総サルビア化なんて政策をとらないだろうと解かっている冗談である。

 何故なら花の国フラワールは民主主義国家であり、国民一人一人の花を選ぶ権利が守られているからである。

 一行は、友愛党という好敵手が、それを壊すような、愚かものだとは思ってはいない。

 独立当時からの、好敵手としての信頼による憎まれ口なのである。


 双方暗黙の了解の憎まれ口と忌々しそうな態度は、一種のパフォーマンスである。記者たちは政治を逐一報道する他に、議員たちの行動も記事にする。裏地見せや憎まれ口がテレビ中継で映されることもある。国民はそれを見て喜ぶのである。国民も冗談めかした犬猿の仲を、一種の信頼関係から成り立っているものだと承知している。

 大事な国政の場ではないか、もっと真剣にやれ、という声も一部では根強い。

 しかし、まず政治の舞台は注目されなければ。

 国民を面白がらせることで政治の高参加率があるということも、確かなのである。


    *


 晴れの日に、花弁を精一杯に開く花壇が美しく映える。

 太陽の光をたくさん受けて、花は元気よく開く。

 街の人たちは、今日は花が元気でよいねと言う。


「午後に雨が降るらしい。」

「丁度良いよ、花壇が程よく湿るね。」


 花の国家フラワールは、今日も平和である。

2009.7.23制作 サークル発行部誌に寄稿

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