序章-Part.2_帰路に辿る
陽は傾き、辺りは一面茜色に包まれてもうじき夜を迎えようとするこの時間。
機騎は書店に買い物をしに行った後、そのまま他の店にも2,3店立ち寄りぶらぶらと一日を過ごし、たった今帰路についたところだった。
「いやーまさかこんなものを手に入れることができるなんて、時間をかけて練り歩いたかいがあったな」
機騎はバッグから本を取り出し、その表紙を見る。
取り出された本には丁寧に透明フィルムでラッピングが施してあり、帯もきちんと付いている。それから何か小さなカードのようなものも付いている。
「(偶然でも自分が読んでるラノベが漫画化されてるのを見ると何かほしくなる不思議な力があるよね~。しかもラスト一個で特典の特性カードが付いてくるっていうのはラッキーだったな)」
隠す必要もないから機騎はそう振る舞ってはいるが、機騎本人は自他共に認める『ちょっとしたオタク』である。
汚したりするのはアレなので、機騎は本をバッグにしまう。
「(ま、こういう思いもよらぬ発見や収穫があるから実際に本屋に行くのは楽しいんだけどね)」
若干高揚した気分で機騎は自宅へと歩みを進める。
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住宅街の道路沿いに並び立つ電柱が地面に等間隔で影を落とす。
その電柱の一つに、電柱の天辺にしゃがみこんでいる者が紛れ込んで地上を見下ろしていた。
「......対象を確認。指定ポイントに居住する家族の一名を補足した。これより作戦の第一段階に入る」
『大丈夫ですか、リーダー。こちらでも遡行者を妨害、引き離す準備をしておりますが』
通信機越しにリーダーと呼ばれた男に言葉が放たれる。
それを聞いた、リーダーと呼ばれた男は、電柱の上でスッと立ち上がり不敵な笑みをこぼす。
それはまるで、いや、『暗殺者そのもの』のように。
「大丈夫だ、そのために一日準備をした。...まぁ、意外にも遡行者に手を拱いたのは癪だが。まぁそれもこの時のための前菜だと思えばのこと」
『敵いませんな、リーダーには』
プツッ、と通信機から声が途切れ、暫しの沈黙が訪れる。
そして、
「さぁ、狂劇のはじまりだ」
リーダーの一声で、この舞台は廻り始めた。
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「(ふーふふーふふんふーん)」
脳内鼻歌を機騎が刻みながら自宅が見える所まで来ると、交差路の向こうからサラリーマンが歩いてくる。
手に持った携帯機器を操作してるためか、サラリーマンは機騎に気が付いてる様子はない。
歩く歩調を変えずにカツカツと靴音を鳴らしながら近づいていく。
「(あのサラリーな人、この辺じゃあんまり見ない顔だな~。最近引っ越してきたのかな)」
機騎は気に留める様子もなく、そのサラリーマンとすれ違い
「止まれぇぇぇぇぇ!!」
そうになったのだが、この近隣に響き渡るような大声が轟く。
「はぁ!?」
何が起こったのか分からないが、大声に驚いた機騎の動きが一瞬硬直する。
その瞬間、ドゴォ!!という擬音で例えられるような音と共に見えない何かに吹き飛ばされる。
あまりにも不意な出来事に機騎は身構えることもできず吹き飛ばされ、近所の家を囲む鉄製の柵に引っかかる。
「うっ...!?」
飛ばされてぶつかった衝撃で肺から空気が出切ったのに、それでもなお圧迫されるように呼吸が一瞬出来なくなる。
呼吸ができない苦しさに胸を手を押さえる。
それとほぼ同時に、パラパラと雨のように液体が飛散してくる。
「...ハァ、ハァ、......っ、...?........っ!?」
機騎の体にもかかったそれは、まぎれもなく血液だった。
しかし、機騎はすこしの距離を吹き飛ばされただけで、出血するような怪我はしていない。
驚きのあまりに顔を上げると、そこには体の左半分が抉れるように失っているサラリーマンの姿があった。
「あ...が、ぐ、ひゅ」
擦れるような呼吸音の後、サラリーマンは片手に持っていた携帯機器をカタリと地面に落とし、崩れるように倒れた。
そして、考える暇など与えないようなタイミングで、黒い布と黒い保護装備に身を包んだ男が宙から機騎の近くに音も立てずに地面に着地する。
その黒い姿の男は、周りの夕闇に溶けてしまいそうなほどだった。
「ほう、手元が狂って関係ない一般人を殺してしまったか...。まぁいいか、関係ないのだからな」
降り立つと同時に言葉をこぼす男。
顔は機騎の方に向いている。が、しかしその視線は、機騎には向けられていなかった。
「関係なくなんかないわね。この世界に生きてる時点でその事実から逃れることなんてできないもの」
「っ!?」
機騎がぶつかった柵の上に、知らない間に少女が立っていた。顔は、フードを被っていてはっきり見えない。
「あ...んた、は...?」
擦れた声になりながら、機騎は少女に声をかける。
「あ、うん、貴方の味方だよ、安心して。とりあえずいったんここから退こう。今のままじゃ分が悪すぎるから」
そういうと少女は、機騎の体を片腕で軽々と抱えてしまった。
「ふむ、逃げる気かね?」
その様子を見た黒い男が話しかけてくる。
「いいえ、こういうのは戦略的撤退っていうのよ」
それに冷静に答えた少女は、空いているもう片方の手で地面に黒い筒のようなものを投げつける。
「...!!」
黒い男がそれがなんなのかに気がついて腕で目を庇おうとする、その瞬間。
眩い閃光と、それに伴って発せられる途轍もない音が周囲に広がる。
「閃光弾か...!」
少女は黒い男がこちらを黙視できない間に。一目散に住宅地の細い路地に駆けこんだ。
「(え、なにこれ...最近はこういうアクション系の漫画とか増えてきたけど、それに影響された過激な人たちのイベントか何か?)」
頭の思考速度が追いつかなくなっていた機騎は、もう半分現実逃避しかけそうになっていた。
しかし、それと同時にさっき死んだサラリーマンの最期の様子と、身体や服に被着した血液の匂いや温かさが、それを許さない。
そして、徐々に今現在の状況を考えようとするうちに、今自分が、自分より小さな少女にマグロ担ぎされて運ばれていることに気づく。
「ってちょっとちょっと下ろして!降ろして!」
うわ、という声とともに少女は急停止した。
「うぐぅ」
止まった勢いで腹を圧迫された機騎は変な声を出した。
そして、ゆっくりと少女は機騎を地面に下ろし、座らせた。
少女は、自分が被っているフードに手をかけながら、
「まぁ、自己紹介するのもなんだし。手っ取り早く状況と要件を言うね」
一呼吸置いた後に、少女は顔に被っているフードを取り払った。
そこに見えたのは、朝に見た、あの、バス停で会った、あの少女の瞳。
「朝にも会ったよね?機騎君。殺し屋から追われてる貴方を、守りに来たの」
そういうと少女、ローは、ゆっくりと、機騎に手を伸ばして。
「さぁ、一緒に変えよう。この世界が迎える、最悪の未来を」
特に無し。誤字脱字がある場合は出来るだけ早めに対応します。