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うたた寝


朝、身支度を整えた島田魁は縁側を覗いた。

一日中、日の当たるそこには小さめな座布団が常に置かれている。

この家に落ち着いてからずっと、そこがセイの指定席。




「セイを頼む」




土方歳三に、最後にかけられた言葉。

島田はその言葉で、自分は死ねない事を悟った。

後を追うなと言われたのだと……


それから三年。


長い謹慎生活を終え、島田は京都に戻り道場を開いていた。

戊辰戦争直後、セイは土方を探しよく姿を消した。

その度に、島田は謹慎中にも関わらずセイを探した。

居るのはいつも、五稜郭の近く……

島田はセイを見つける度、抱締めて泣いた。


そんな生活も名古屋に移される頃には落ち着き、セイは眠る時間が増えていった。

浪士組の始まりから、ずっと共に居たセイも十歳になる。

短い猫の一生ほども、新撰組は持たなかったのだ。

それを思うと、島田の顔は僅かに歪む。


一つ溜め息をつくと、改めて縁側の座布団を見る。

明るい日差しを浴びて、セイが丸くなっている。

静かに近づくと、座布団の側に置かれた懐中時計を手に取った。


セイに残された、唯一の土方の物。


そのリューズを巻いて蓋を開き、セイの耳元に置いてやる。

そして背を優しく撫でてやると。

セイはコロコロと喉を鳴らし、きゅっと丸まった。




「それじゃあセイ、出掛けて来る」




島田はそっと声をかけると、その場を後にした。













カチッ、カチッ、カチッ……




規則正しい音と。

暖かな日差し。

私は気持ち良くて。

ぐうっと。

横になったまま。

伸びをする。




「廊下で長くなってると踏みますよ?」




笑いながら。

物騒な事を言うのは。

総司だな!


私が目を開けて。

見上げると。

総司がニコニコと。

笑っていた。


本当に踏みそうに。

総司が足を上げたので。

私はさっと起き上り。

庭に下りた。




「残念、逃げられましたか」




笑う。

総司の声を。

聞きながら。

私は。

庭を走る。


目指したのは。

鴨ちゃん達のとこ。

今日も。

ちょっと。

覗いてみようかなぁ






いつもの様に。

健ちゃんに。

遊んで貰い。

錦から。

煮干しを貰って。

ゴロを。

観察し。


鴨ちゃんの。

袖の中で。

平間さんと鴨ちゃんの。

話しを聞きながら。

ウトウト。


暫くして戻ると。

三馬鹿に見つかり。

仕方ないから。

遊んでやる。


遊び疲れて。

近くの部屋を覗くと。




「おやセイちゃん、いらっしゃい」




山南さんが。

優しく迎えてくれた。


本を。

めくる音を聞きながら。

私は。

膝の上でまったり。


ん~、至福の時ぃ


しかし。

煩い足音がして。

その時間は終わる。




「お、セイこんなところに居たのか?」


「いらっしゃい、近藤さん」




山南さんが。

苦笑い。


むーっ

近藤め。

喧し過ぎぃ!


私は。

おもむろに起き出すと。

部屋を出るべく。

近藤と。

すれ違う。




「あだだだだっ!?」




近藤ってば。

悲鳴も。

煩い。


何しようかなぁ


特にあても無く。

屯所内を。

お散歩。

道場にさしかかると。

中から音がする。




「だあぁ! もう駄目だっ」


「……体力が無い」




中には。

烝と一さんが居た。

………………。

珍しい組み合わせ。




「何だセイ、お前もやるのか?」




木刀を持った。

二人の視線が。

こちらを向く。


全力で遠慮します!


私は。

走って。

その場を逃げ出す。

辿り着いたのは。

台所。


べ、別に。

何か貰えるかなぁ

とか。

思ってないよっ




「あれ? ご飯はまだですよ」




源さんに。

見つかって。

にっこりと。

言われてしまった。


分かってますよ!




「遊んでて小腹が空いた?」




笑いながら。

鰹節を。

差し出す魁くん。


わぁいっ

いっただきまぁす!


しょうがないですね。

と、笑う二人。


えへっ

美味しいぃ!


満足した私は。

またフラフラ。

辿り着いたのは。

土方さんの。

部屋の前の縁側。

やっぱり。

ここが一番!


まだ日の当たる。

廊下で。

私は丸くなる。


遊び疲れたし。

お腹膨れたし。

いちにのさん。

で、夢の中。






ぶるりと。

身体が震えて。

私は。

目を覚ます。

草の匂いと。

土の匂い。


あれ?

縁側で寝てたのに。


変に思って。

目を開けて。

辺りを見ると。

草むら。


え?


見上げると。

いつか見た様な。

月明かり。

風の肌寒さに。

ぶるぶる。

震えだす。


ここどこ?


混乱していたら。

砂利を踏む。

足音が。

近づいて来て。

私は。

反射的に。

身体を固くした。


音はどんどん。

近づいて。

私の近くで。

止まる。




「こんなところに居たのか?」




低く張りのある。

優しい声。


振り仰ぐと。

綺麗な。

優しい笑顔。


土方さああぁんっ!!


私は。

嬉しくて。

跳ね起きる。




「ほらセイ、わざわざ迎えに来てやったんだ感謝しろ」




偉そうだけど。

とても優しげな。

表情と声。


私は。

迷わず。

差し出された腕に。

飛び込んだ。




「良い子にしていたか?」




確り。

抱締めながら。

囁く土方さん。


してましたともっ!


私は。

全身ですり寄り。

喉を鳴らす。

暖かい腕の中。

大きな手が。

私の背を撫でる。




「仕方ねぇから、また一緒に居てやるよ」




笑いを含んだ。

柔らかな。

土方さんの声に。

私は堪らなく。

安心して。

また目を閉じた。


ずっと、ずっと。


土方さんと一緒。




ずううぅぅぅっと……













夕暮れ時。




「ただいま」




帰宅した島田は、縁側に向かって声をかけた。

いつもなら、流石にお腹を空かせたセイが駆けて来る。

しかし今日は反応が無く、首を傾げながら縁側を覗くと。

セイはまだ丸まって寝ていた。




「今日はよく寝るな……」




囁いてセイの背を撫でた瞬間、島田の動きが止まる。

撫でた背にいつも通りの柔らかさは無く、とても硬く冷たい感触。




「……っ!」




覗き込んだセイの顔は、すやすやと寝ている様だった。




「セイも皆のところかい?」




島田はそう囁きかけると、セイを優しく抱締める。

そして……


日が沈み、冴えた三日月が昇る頃まで。

そこには懐中時計の針の音と、密かな嗚咽が流れ続けたのだった。







 『完』


.

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