第08話 無常
今回は海! 海が舞台になりますよ!
海と言えば! さぁ皆さんは何が思い浮かびます?
他にもいろいろありますよー。情報量が多いのでご注意を。
鳴り渡る蝉の鳴き声、ギラギラと燃え上がる太陽。そう、まさに季節は夏。緑はここぞとばかりに青々とした葉を広げ、生物たちの活動も活発に、開放的になる。そしてそれは、人間も変わらない。
「わーい! きゃはははは!」
「つめたーい! きゃー!」
黄色い歓声をあげ、はしゃぐ少女たち。ありすとリームだ。二人は、吉谷家の面々について来る形で凪波丘の夏の定番レジャースポット、凪波丘海水浴場に来ていた。
「いやー、久々ねぇ海なんて!」
「私もこうして娯楽目的で海を訪れたのは初めてです」
豊満な肉体をこれでもかと周囲に見せ付ける、吼太の母である燈とトゥード。周囲にいる男性の視線を釘づけにするのも仕方のないことだろう。
「おい、あそこの二人、かなりレベル高くね」
「よし、ちょっと声かけてこようぜ!」
勇気ある若者たち二人が、燈たちに声をかけようと近づいてくる。
「ねぇお姉さんたち。よければ俺達と遊ばない? いい場所知ってるんだ」
「あら、お姉さんなんて。うふふ」
「そうですね……」
まんざらでもない燈に対し、純粋に今後の予定を思い出して、余裕を確認するトゥード。よもやこの二人が、知る人ぞ知る猛者であることなど、若者二人が知るはずもなかった。
しかしそこに乱入してきたのは、吼太の父であり、燈の夫である吉谷透。
「こら貴様ら! 僕の嫁に何してんだ!」
「あん? なんだよ中学生か」
「ガキは向こう行ってな。おにーさんたちは忙しいんだ」
「ガキ言うな! こう見えても僕は28だぁぁぁ! 喰らえこの前出張先で身につけたムエタイ技の数々を!」
何故だか始まった乱闘騒ぎに、聞き付けた血の気の多い男勢が加わり、大乱闘になってしまう。
「あらあら、大騒ぎね」
「原因はこちらにもあると思われますが。しかし、流石はマスターのお父上。中々の身のこなしですね。一体どのようなお仕事を?」
「ひ・み・つ。でも、さすがは私の騎士さまね。調きょ――ゲフンゲフン。長年連れ添っただけはあるわ〜。後でご褒美あげなきゃね〜」
「流石です、燈様」
グラマラスコンビが交流を深めている一方で、近くのパラソルの下でどんよりとした表情を浮かべる少女――ではなく、少年が一人。大きめのTシャツを着ている上、下にも毛布をかけているため、水着に関してはまるで分からない。
「コータぁ〜! こっちきて遊ぼうよ〜!」
リームが吼太の元に駆け寄り、腕を引いて連れていこうとする。だが、吼太は微塵も動く気配を見せない。
「……どうかしたの?」
リームが聞くと、一際鋭い視線をリームに向ける吼太。
「……どうかしたのだと? どうかもするだろ! なんで、オレがこんな――」
「こら吼太! 子供なら日の光の下で元気に遊びなさーい!」
後ろから吼太を羽交い締めにし、Tシャツを脱がそうとする燈。喧嘩を見るのに飽きたのか、はたまたこちらの方が面白く思えたのか。どちらにしろ、自由奔放なのは間違いないだろう。
「あっ、止めろ母さん!」
「うりゃうりゃ! ここがええのんかええのんか〜!」
顔を真っ赤にして抵抗する少年と、その服を脱がそうとする女性。喧嘩とはまた別に注目を集めていたが、二人にしてみればそれはたいした問題ではないらしい。
やがて、疲れてきたのか吼太の動きが鈍くなる。それを見抜いた燈はそれを隙と見て、いっきに脱がしにかかる。
「そーれ!」
「わあぁぁぁ!」
そこにいたのは、紛れも無く美少女だった。
まだ膨らんでいないのであろう、小さな胸を水色の水着で覆い、しかしそれが逆に危うさと妖艶さを両立させている。狂おしいほどに美しい、一種の芸術性すら感じさせる肉体。
下を覆うのは、同じく水色の水着。パレオによって隠された下腹部、そしてそこから伸びる白磁器のような脚。まさにそれは、美の神に愛された子供。
そんな存在を目の当たりにした者がとる行動は、たった一つ。
「コ、コココココータ。今すぐ向こうの人気のない場所で僕と〇:イ△ゃ※≦ふ×∽→け」
「わぁぁぁ! リームが鼻血噴いてブッ倒れたぁぁぁ!?」
「リームちゃん!? コータ! リームちゃんが返事しない!」
「あらあらあら」
「マスター、よくお似合いですよ」
「ふざけてる場合かトゥード!? とにかくティッシュ! ティッシュー!」
「で、どうしてそんなことになってるの?」
気絶したリームを燈に任せ、パラソル下に寝かせた吼太は、ありすとトゥードに水着について問い詰められていた。
「それはだな――」
話は遡ること数十分前。先に着替えた一同を追う形で、吼太が更衣室に入ろうとした時だった。この時点で持っていた水着は、まだ男性用水着だった。
当たり前のように男子更衣室に入ろうとした吼太を、海の家の人間が引き止めたのだ。いわく、「女の子はそっちじゃない、こっち! 最近は危ないんだから、そんなことじゃダメだよ」とのこと。
どうあっても男子更衣室に入れないと分かった吼太は仕方なく女子更衣室に入り、そこで隠れるようにして着替えたのだが、いざ更衣室から出ようとしたら、今度は入ってきた別の客に見つかってしまい、「女の子なのに前を隠さないのはマズイ」と女性用水着を着せられた。というのが、一連の流れだった。元の水着はその客がうっかり持って行ってしまったようで、仕方なく上にTシャツを着てなんとか出てきたらしい。
「……もうヤダ。なんでこんな目に」
「…………それ、とりあえずもう一回洋服着ればよかったんじゃ」
「……あ」
日が傾き、赤い光が海岸を照らす。もう、気づけばそれだけの時間が経ってしまっていた。そんな中、オレとありすは二人で岩場に腰掛けていた。
母さんたちは先に帰っている。リームは残りたがっていたが、母さんたちに引きずられるようにして無理矢理連れ帰られていた。オレはありすに呼び止められる形で残ったため、結果的には二人きりになっている。なんだか少し恥ずかしい。
「何だか大変な一日だったな」
「うん。でも、楽しかった」
ありすの言葉に、頷きを以って返す。結局水着は帰り際に偶然件の女性と会ったことで返してもらえたし。まぁ、それまでは結局母さんが着替えさせてくれなかったせいで、ずっと女性用水着で過ごすことになったが。慣れって怖いね、途中から諦めの境地に達したせいで、それほどダメージはなかった。まぁ、もう二度と着るつもりはないが。
「そういえば、今年はスイカ割りしなかったね」
「リームが倒れてたし、仕方ないさ。また来ればいい。なんなら、来年とかでもいいしさ」
「…………うん!」
夕日に紅く染まった、オレの幼なじみの顔は、本当に綺麗で。
その瞬間を、永遠のように感じられて。
だからだろうか。オレは気づくことが出来なかった。
「あ、そうだ。コータにわたしたいものがあったんだ。この前お店で見つけたんだけどね、あれ……どこにしまったかな……」
――――ドンッ
「……え…………?」
ありすの胸から生えた、紅く染まったモノ。ありす自身もそれを認識した瞬間、ありすの口から大量の紅い液体が吐き出される。
力を失い、倒れるありす。なんとか反応し、ありすの体を抱き留める。
「おい、ありす! ありす!」
ありすの背中を抑える右手に感じる、生暖かい液体の感触。少しずつ、少しずつ、それが溢れていく。流れ出していく。失われていく。黒ずみ、固まり、乾き。ありすの身体から何かが無くなっていく。
刺されたきり、眼を開けないありす。しかし、血液は次々と手から零れていってしまう。
「おい、何をしている」
「すまないねぇ。でも、主の儀式を邪魔する可能性はなるべく排除するべきだぁろぅ?」
「流石は僕の騎士だ。感謝するよ」
「光栄の極みでございまぁす」
後ろで何か話している奴らがいるけど、そんなのは意識の外でいい。今はありすを!
「ありす! ありす!!」
「コー……タ…………」
ようやく反応をありすが返した。安心感が身体を一杯にする。だが、しかし。
「どこにいるの…………コータ……まっくらで何も見えないよ…………?」
「ありす……ありす……ッ!」
既に機能を停止したありすの視覚。ありすを助けるためにしなきゃいけないことが分からない。頭の中が真っ白で、まるで脳の中身がからっぽになってしまったみたいだ。
無力なオレが今この場で出来たことは、ただありすの手を握りしめ、ありすの名前を呼び続けることだけだった。
目の前に広がる、暗くて暗くて、ずっとずっと先まである何か。その中をわたしは泳いでいた。
息は、苦しくない。どこまでも、どこまででも泳いでいけそう。
ゆっくりと沈んでいっているのが分かる。何かに引き寄せられるように。逃げられそうにないけど、逃げたいとも思えないからべつにいい。
ふと、大きな泡がわたしの足元から浮き上がってくる。泡はやがてわたしの元にたどり着くと、わたしを完全に包み込んでしまう。
気づいたら目の前に――いや、わたしの目に見たことのある風景が映る。
前のうんどうかいだ。たしかコータがわたしがはじめて作ったたまごやきをおいしいってたべてくれたんだっけ。懐かしいなぁ。
また気づいたら泡がわたしからはなれてて。泡は少し浮き上がるとバラバラになって、小さな泡になる。
また、大きな泡が浮き上がってくる。泡がわたしを包むと、今度はちがう風景が見えてくる。
これは……そうだ。コータがカレーをどうしても食べないから、わたしがいろいろがんばってカレーを食べさせた時だ。結局コータはカレーが嫌いなままだったんだよね。好き嫌いしちゃダメなのに。
その後も、大きな泡は次々と足元から浮かび上がり、わたしに懐かしい時を見せては、小さな泡になって消えていく。初めてコータとケンカしたこと、そのあとの仲直り、コータや家族みんなで遊園地に行ったこと。
そうか、この泡はきっとわたしの記憶なんだ。
そして、わたしの記憶には、わたしの側にはいつだってコータがいた。
そっか…………そうなんだ。
わたしは――――
「……ねぇ……コータ。知ってた……? わたしね……コータのこと…………好き……だったんだよ」
意識も曖昧になっていたありすが言った言葉。真っ白だった頭に、その言葉は深く、強く、刻まれるように響いて。
でも、オレは何の反応を返すことも出来なくて。
「大好きだよ……コータ…………」
それきり、ありすの口が言葉を紡ぐことはなかった。
真っ白だった頭が、ドス黒く染まっていくのが分かる。
ありすだったモノを丁寧に地面に置き、そして振り返る。
見慣れない格好をした男が三人。それ以外の情報は要らない。必要無い。
「お前らか……お前らか!」
「……貴様、その瞳に宿す意思の意味を、理解しているか?」
男の一人が言う。
「知るか! 許さねぇ……テメェらだけは、絶対に許さねぇ!!」
エクスドリルを装備し、一瞬でオレの間合いまで踏み込む。身体が驚くほど軽い。おかげで、コイツらを簡単にブッ殺せそうだ。
「……自身の意思すら理解しようとしない者の末路、我が剣にて教えてやろう」
オレが狙った男が腰の刀に手をかける。だが、もう遅い。エクスドリルの先端は奴の顔を貫く直前だ。抜く暇なんてない。
「隙だらけだ、少年」
目の前を、何かが飛んでいく。それは、とても見慣れたもの。オレが生まれてからずっと持っていたもの。
感じたのは、反応できたのは、全てが終わってからだった。
オレの後ろで、エクスドリルが地面に刺さり、多少掘り進んで止まる。血を垂れ流す、オレの右手と一緒に。
「はぁい、残念だったぁね。ヒーロー君」
もう一人の男がオレの首を掴み、その握力で締め付けてくる。
「全く、この世界は邪魔者ばかりだな。さっさと始末しろザンク、ホルクス」
「御意、主」
「了解」
さらに握力を強め、オレの首を締め付けてくる男。死の暗闇が徐々に視界を支配し始める。
こんなとこで終わる……? 何も出来ないで……ありすの、仇も討てないで。
そんなのは、いやだ。
力が、力が欲しい。どんな力でもいい。この場をひっくり返すぐらい、強い力が……!
オレに、力を!!!
「ッ!?」
吼太たちの先を行き、家へ向かって歩くリームたち。しかしふと、トゥードが胸を押さえてうずくまってしまう。
「トゥード……?」
「これは……くぅ!」
苦しげな表情で、胸を強く押さえるトゥード。異常なことに気づいたリームがトゥードに駆け寄り、肩を貸す。
「ど、どうしたのトゥード?」
「わかりません……でも、これは……あ、ア゛ァァァァァ!!!」
凄まじい叫び声をあげた瞬間、トゥードが光に包まれ、そして光が消えると既にトゥードはその場にいなかった。
嫌な予感を肌で感じたリームは、その足を海岸へと向けて走り出した。
「ォ…………」
「ん……?」
今にも吼太の細い首は折られるかに思えたが、中々折れそうで折れない。彼の首を持つ男、ホルクスは訝しく感じる。
ホルクスの筋力は特に弱いわけではない。むしろ、一般成人男性のそれを明らかに上回っている。子供の首程度ならば片手でたやすく折れるはずだった。
「……まさか、魔法防御? でも、魔力は感じないねぇ。……ただの個体差か」
のんびりとしているつもりもないため、吼太を一度投げ飛ばし、腰の剣に手を掛ける。剣を使って斬り殺そうと言うのだろう。
一歩、また一歩と近づいていくホルクス。だが、彼は強者であるが故に気づかなかった。
吉谷吼太という弱者は、しかしただの少年ではないことを。精霊を従える、|自身と同じ存在【まほうつかい】であることを。
「ん……何!?」
何かに気づいたホルクスは、慌てて回避行動をとる。その次の瞬間、突如として天から流星のような光の柱が落ち、吼太を飲み込んでしまう。
「何なんだぁい!?」
「これは……。お下がり下さい、主!」
もう一人の剣を持つ男――ザンクが、主と呼んだ男を庇うように前に出る。
そして、光柱から何かが飛び出したかと思うと、ホルクスでもザンクでもなく、何処ともしれぬ場所に落ちる。
――いや、そこには他の場所とは違う点があった。地面に半ば埋まっている、エクスドリル。そして、斬り飛ばされた吼太の右手が。
やがて光が霧散し、中にいた者の存在が明らかになる。
銀色の、肩に装備された一対の盾が特徴的な中世時代のような鎧。右手が欠けている以外は、博物館にでもありそうな見た目の鎧だ。しかし、それは一瞬のこと。鎧は徐々にその形を、そして色を変えはじめる。
美しい銀色だった鎧は赤く、まるで血の色に染まっていくかのように変化する。形も、丸みを帯びた形状から突起物の多い、荒々しい外見に変わる。
そして何より目を引くのは、顔。赤く光る"四つの瞳"。そこにいるのは、怪物だった。
怪物は目の前に落ちている吼太の右手を掴み、自身の右腕に押し付ける。すると、右腕を光が包み込み、右手を一体化してしまう。
「まさか……」
「切断された腕をくっつけるってのはともかく、方法が信じられないねぇ……」
怪物は右手を握り、開く。ひとしきり感触を確かめると、怪物はその手に爪を立てる。
「オ゛ォォォォォ!!!」
怪物はおよそこの世のものとは思えない声をあげ、突進し始めた。その先にいるのは、ホルクス。
「くっ……!」
剣を仕舞い、意識を集中するホルクス。ホルクスの剣は細剣である。攻撃を受けるほど強度は強くない。ならば、魔法防御を強化して受けようと言うのだろう。
だが、その判断は間違いだった。――いや、どちらにせよ結果が変わらないのならば、間違いも何もない。
防御をするため、頭を庇うホルクスの腕。その防御を押し切り、怪物の爪が彼の肩に食い込んだ。
「ガ……あ……」
あまりのダメージに苦悶の声が洩れ、顔は苦痛に歪む。ホルクスが受けた攻撃は単純かつ原始的なものではあったが、それだけに威力は計り知れない。
「ハアッ!」
大きく踏み込み、怪物を一閃するザンク。しかし、その剣は瞬時に飛びのいた怪物を捉えることは出来ず、空を斬る。しかし、怪物をホルクスから引き離すという目的は果たされた。
「退け、ホルクス・ワンゲー。その怪我では無理だ。この世界に関する情報も必要な以上、奴に時間をかけても仕方ない。殿は私が受け持つ、主は任せるぞ」
「くっ……。流石に、言う通りにしたほうがよさそうだねぇ……」
ホルクスが自身の主の側までいくと、その周囲に魔法陣が発生し、中にいたホルクスとその主が消え去ってしまう。
「さて……私はザンク・ローサス。我が主、ブレラ・ファロメオが剣にして騎士なり。知性失いし憐れな獣よ。私に狩られる用意はいいか」
「グルル……」
残ったザンクを標的と定めたらしい怪物は、その赤く光る四つの瞳を以って自身の獲物を見つめる。
対しザンクは、沈みかけた夕日に染まった、美しくも残酷に研ぎ澄まされし片刃の剣、自身の得物を構える。
先に動いたのは怪物。瞬間的に距離を詰めた怪物は、ホルクスを撤退に追い込んだ凶暴な爪を大きく振りかぶり、そして振り下ろす。
だがザンクはそれより早く行動していた。片刃剣を小さく振り、怪物の首の隙間を突いた。
怪物の首に剣が刺さる。しかし、怪物の手は止まることを知らない。
「馬鹿な!」
爪を避けるべく、剣を引き抜こうとするザンク。しかし、首に刺さったまま、剣はびくとも動かない。
そこでザンクは見た。怪物を怪物たらしめている鎧。その兜、顎と思しき場所から生えた刺が剣の腹を貫き、穿っていることを。
やむを得ず剣を手放し、距離を取って爪を避けるザンク。怪物は剣を手に取ると、それを中心から真っ二つに叩き折ってしまう。
「我が剣を折り砕いたか。……殿の役目は充分果たした。名残惜しいが退かせてもらおう」
ザンクは一瞬で怪物に近づくと、怪物の目に砂をたたき付ける。そして怪物の視界が塞がれている内に、素早くその場を後にした。
ようやくたどり着いたリームが見たのは、どす黒く染まった大地、その中心で横たわるありすの死体、そして慟哭を続ける怪物だった。
「え……何……? どういうこと……?」
困惑するリームが漏らした言葉。それを聞き、怪物がリームに目を、赤い目を向ける。
その目を見たリームが、気づく。
「コータ……? コータなの?」
怪物は答えない。ただ佇み、しかし警戒心を微塵も隠そうともしない。赤く光る眼――狂気に満ちたそこからは、理性など欠片も感じられなかった。
怪物はゆっくりとリームに向けて歩みを進める。
ぽたり、ぽたりと雨が降り始める。雨は怪物の身体に付いた血を洗い流しながら、地面に吸い込まれていく。その顔を流れる雨水は、さながら涙を思わせた。赤い瞳から流れる、血の涙のような。
「コータ! 僕だよ! リームだよ!」
怪物は応えない。歩みも止めず、リームを見据えたまま近づいていく。
「分から……ないの……」
怪物が荒々しく腕を振り上げる。呆然としたまま、リームは動かない。全てを、諦めてしまったように。
一筋の涙が、こぼれ落ちた。
――リームちゃん
「…………え?」
刹那の時、リームの頭に響いた声。気づいた時、リームの目の前には怪物の顔があった。
どこを見ているか分からないような、ただおそらくは目の前のリームを見ているのであろう赤い眼。そこには、先程までの敵意は存在していなかった。振り上げられた腕も、いつの間にか下ろされている。
「今の声って……」
リームが目を向けた先。そこにあるありすの死体の右手に、何か光るものが見えた。
降り続ける雨の中を泳ぐように、必死にありすの元にいくリーム。怪物が動く気配は無い。ただ、視線だけはリームを、そしてありすを追っていた。
ようやくありすの元にたどり着いたリームは、ありすの右手に掴まれている"何か"を見ると、それを掴む。
「これを……コータに渡せばいいんだよね。ありすちゃん」
ありすが頷く。そう、リームには見えた。幻覚かもしれない。しかし、ありすが生きていたならきっとそうしたはず。リームの心には確信があった。
再び、怪物の元に戻ってくるリーム。怪物はやはり攻撃するそぶりを見せない。ただ、リームを見つめるだけだ。
そしてリームはゆっくりと怪物に、ありすが持っていた"何か"を――ゴーグルを付ける。狂気の瞳を、覆い隠すように。
波打つ海。降りしきる雨。吹き荒れる風。狂気から解放された少年の涙と泣き叫ぶ声は、それらに掻き消され、誰に知られることもなかった。
前半のコメディはどこへやら。シリアス回でした。
はい、流石に書いてて辛い話だったです。人の死なんて書いてもいい気がしないですしね。でも、物語的にはこうしていく必要があったわけで。それでも書いてて辛かった。
序盤から終盤で一気に雰囲気が違いますよね。シリアスとコメディが噛み合ってないと指摘されたばっかなのに。こういうの難しくて仕方ないです。一応、自分からするとコメディ部分で油断させて一気に落とすみたいな感じにしたつもりなんですが……。伝わっていれば幸いです。
次回からコメディは控えめになります。
……と言うとでも思ったか! この駄作者がそんなことするわけないだろ!←
コメディ部分はやっぱり入れていきます。主に女性関係で。ただ、まぁシリアス中心になるとは思いますが。
ちなみにザンクとホルクスはリメイク前からいたキャラクターですが、主さんは完全新キャラクターになります。
まぁ必要だったんで追加しただけなんですけど。←
次回からはバトル多めになります。多分。
ではではこの辺で! 次回もお楽しみに!