管理室にて
「主任?」
「ああ、なんだ君か。どうした」
「いやあ、それが……また、なんですよ」
「またって、何だね」
「ヤマモトケンジくんです」
「誰だ」
「まだ覚えてないんですか? もう三度目ですよ? 彼がトラブルに巻き込まれるのは」
「そりゃ覚えたくないな。順を追って説明しなさい。何が起こった」
「えーとそうですね、主任は覚えてます? こないだ、世界が分裂したじゃないですか。室長とかが対応に追われた奴です」
「分裂? ああ、あったな。パラレルワールドがひとつ増えちまったやつな」
「そうです! そのパラレルワールド同士でですね、一時的にケンジくんが入れ替わってたみたいなんですよ」
「入れ替わった?」
「うーん、どっから説明すればいいのか……。ええ、片方の世界をA、もう片方をBとしますよね? それぞれの世界は元は同じ世界ですし、基本的には起こってることが同じです。それぞれの世界に同じ人間がいますし、ケンジ君もそれぞれにいます。世界Aのをケンジ君A、世界Bのをケンジ君Bとしましょうか。彼ら二人は基本的に同じ人間です。細かい違いはあるにしても、基本的には同じ16歳の好青年です」
「好青年なのか」
「ええ。二つの世界で起こってることも、基本的には同じです。例えば、Aの世界のとあるテレビ局で、とある番組の収録が行われていました。同時に、Bの世界でも同じTV局の同じスタジオで、同じ番組の収録が行われています。そのスタジオで問題のトラブルが起きたんですけど」
「テレビ局の中でか」
「ええ。スタジオには仮設のステージが作られてたんですが、どうも、ケンジ君がこのステージに上がるタイミングで二つの世界のケンジ君が入れ替わってしまってますね。ケンジ君Aが世界Bのスタジオのステージに、ケンジ君Bが世界Aのスタジオのステージに。何が原因かは今調査中ですが」
「二人はまだ入れ替わってるのか?」
「いえ、ステージから退場するタイミングで戻すことができました。今はそれぞれのケンジ君がちゃんと元の世界で生きてますよ」
「そりゃ良かった。何か混乱はなかったか?」
「それほど大きな混乱にはなりませんでした。もともと、二つの世界はほとんど同じことが起きてる世界ですから。一応、その番組中での会話内容などを調査班に洗わせてみましたが」
「ほとんど同じとはいえ、違いはあるだろう。ケンジ君Aとケンジ君Bではそれぞれの世界で体験してきた過去がちょっとずつ違う。会話も少しずつ噛み合わなくなっていくだろう」
「ええ……まあたしかに、全く影響が無かったとは言えないですね。例えばこの、エミちゃんの……」
「エミちゃんて誰だ」
「主任、覚えてないんですか? ケンジくんの彼女ですよ」
「何で君はそんなことを覚えているんだ」
「私は記憶力がいいんです。まあいいや、まずエミちゃんの秘密の告白の中で出てくる交換日記の代筆ですね、ここで微妙な差が出てますね。世界Aではエミちゃんのお姉さんが、世界Bではエミちゃんのお母さんが代筆してます。まあ会話を聞く限り、ケンジくんAとエミちゃんBの会話は噛みあってて、大丈夫です」
「大丈夫ってのはまた曖昧な報告の仕方だな」
「すみません。混乱は生じていないという意味です。で、それからその後のケンジくんの秘密の告白の場面ですが、ここで話されている過去……クリスマスプレゼントについてですね。世界Aではぬいぐるみが、世界Bでは……」
「ああ、混乱が生じていないのなら細かい話はいい。とにかく、大事にはなっていないんだな」
「はい。世界Aでの、ケンジくんBとエミちゃんAのほうも大事にはなってないと聞いてます。今回のトラブルに関して、誰も何が起こっていたか気づかずに済んだ筈です」
「なるほど。ご苦労さん。戻っていいぞ」