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「B」春日絵美の場合

「あ~あ、なんでステージに入るまでバラバラなの」

 私は呟いた。

 テレビ局のスタジオというのに来たのは初めてだった。大掛かりなセットが組まれ、観客席は百人以上の一般人で埋まっている。私がいるのはステージ袖の通路。ステージからは司会者と前のチャレンジャーカップルの話し声が聞こえている。

「凄い秘密が飛び出しました! なんと彼女のケイ子さんは昔、彼氏であるモトユキさんのお兄さんとつきあっていたそうです!」

 アナウンサーの坂野さんの声だ。私はステージ袖から様子を伺おうと顔を出そうとして、スタッフの人に肩を掴まれて止められた。

「これはショックですねぇ、柴野さん」

 柴野さんというのはもう一人の司会の人だ。アナウンサーなんだけど、失敗の多いおじさんとして有名な人だって、お姉ちゃんが言ってたな。

「そうですね、兄弟は兄弟でも……」

 ここでは「それでも彼女を愛せますか?」というゴールデンのバラエティ番組が収録中だった。カップルで番組に出て、彼女のほうが告白した秘密を彼氏が受け入れてくれるかどうかを試す。その秘密が大きければ大きいほど賞金が貰える。そんな番組だ。秘密はいくつ告白してもいいし、彼氏のほうが秘密を告白してもいい。

 私は今、次のチャレンジャーとして出番を待っている。番組に応募したのは私だった。面白そうだったし、というのが応募理由。

「あ…………あ、愛します!」

「モトくん!」

 舞台の上では前のカップルの彼氏が彼女の秘密を受け入れ、愛を宣言した。私もつい頬がゆるむ。

「やった」

 舞台袖で一人ガッツポーズを取る私。うん、良かった。

 この番組はもともと深夜枠で始まったんだけど、お姉ちゃんが好きで毎週見てて、ゴールデン進出とともに私も見るようになった。私はテレビ自体あんまり好きじゃないけど、この番組は好き。恋人に秘密を受け入れてもらえるかどうか、ほんとに自信ないんだなってわかる時は、私まで一喜一憂する。お父さんは「こんな番組にわざわざ出て秘密を告白するなんてのは、真剣じゃない証拠だ。告白するなら相手にだけすればいいだけだ。なぜ皆の前でする必要があるんだ」って言うけど、私はそうは思わない。自分を追い込まないと言えないことってあると思う。私みたいに勇気を出すのが大変な人間には必要なんだ。

「実は俺、二週間前から無職なんだ」

 ステージ上の彼氏の一言で、会場が一瞬沈黙し、騒然としてきた。

 さっきとは逆で、今度は彼氏のほうが秘密を告白したみたいだ。そういうこともある。無職……ってお仕事してないってことだよね。私はなんとなく夏休みみたいな浮かれたイメージを持ってしまったけど、たぶん違うな。だって彼がこんなに思い切って告白しなくちゃいけないことなんだし。

 相手の女性……ケイ子さんという女性が、だいぶ取り乱してるのがわかって、私もハラハラする。

「実は俺、やりたいことがあるんだ。ミュージシャンになろうと思っててさ」

「……は? ちょっと何、意味わかんない」

 私は舞台袖で自分の手を見つめていた。ケイ子さん、酷い、と思った。意味、わかるじゃん。夢のために今の仕事をやめたのがそんなに悪いの? 勇気を出して告白したのに、意味わかんないなんて言うのは……酷いよ。

 それに、モトユキさんは受け入れたのに。ケイ子さんの秘密を。なのになんでそんなこと、言うの? 私なら、私なら自分が働いて養ってあげるって言う。

「……ここは彼女さんにお聞きしなければなりません」

 言い合いになっていた二人を遮り、坂野さんが割って入った。

「……では、ケイ子さんにお聞きします。それでも彼を……愛せますか?」

 そしてケイ子さんへの質問をぶつけた。

 私は目を強く閉じて祈った。お願い、ケイ子さん、受け入れて。

「ごめん」

 ……。

 ……チャレンジは……失敗だった。

 私はうなだれた。

「ごめん……無理だよモトくん」

「……ダメなのかよ! ケイ子」

 悲痛なモトユキさんの声を聞きながら、泣きそうになってしまう私。

「残念ながら、チャレンジ失敗です。……エントリーナンバー94,モトユキさんとケイ子さんでした」

「大丈夫ですよ。彼はきっとすぐに再就職できます」

 ステージからは二人が退場する。私のいる女性用の出口のほうからケイ子さんが出てきた。ケイ子さんは……泣いていた。なんでケイ子さんが泣くの。泣きたいのはモトユキさんの方なのに、と私は思った。

「絵美ちゃん、準備はいい?」

 スタッフの人が声をかけてきた。私は涙をぐっとこらえ、ハイと返事をした。

「それでは続きましてのチャレンジャーです! エントリナンバー95のカップルさん、どうぞーっ!」


 坂野さんの声で、私は入り口を抜けてステージへ。まあるいステージの反対側の入り口から健二がやってくるのが見えた。向こうは、男性用。こっちは女性用。

「やっほー、健二」

 ステージの真ん中で向こうからやってきた健二と並ぶように立って、私は小声で話しかけた。

 私の彼氏。山本健二。同い年。小学生の時から知ってる仲だ。

「おぅ」

 健二がびっくりしたようにこっちを見て、一言だけ発した。

「何? 緊張してるの?」

 私は笑う。うわあ、おでこ、汗びっしょり。

「さあ……今度はまた可愛らしいカップルですねぇ。学生さんですか?」

 坂野さんが質問してきた。

「高校生ですー」

 私の答えに観客席から歓声があがった。何? 高校生ってそんなに嬉しい?

「高校生ですか! これは初々しい……。彼女さん、お名前は?」

「春日絵美です! 頑張ります!」

 私がぺこりと頭を下げると、坂野さんがニッコリ笑った。うわぁ、この人近くで見ると改めて思うけど、美人だなぁ……。それから坂野さんは健二を見た。

「……山本けっ、健二です」

 健二ってば緊張しすぎ。こりゃあ、喋るのは私の役目だね。

「お二人は付き合ってどのくらいになりますか?」

 そう聞かれて、私は指を折った。

「えっと……中学二年からだから、二年とちょっとです!」

「中学生からですか! いいですねぇ、青春を共有できて羨ましい。私どもの時代には不純異性交遊なんて言われたもんですが……」

 柴野さんっていくつなんだろう。

「さて、それではさっそく参りましょう! 本日はまず絵美さんからの秘密の告白ですね?」

 私の秘密、そう。そうだ。私は今日、これを告白するために来たのだった。

 ま、でもちょっとだけ本音を言っちゃうと、この番組に出るのが面白そうって思っただけで、秘密自体は大したことないんだけどね。だって私、自分で言うのもなんだけど隠し事、ど下手なんだもん。健二に秘密にしてることなんて、そもそも無いんだよね……。

「はい!」

 私は元気よく返事をした。それでも一個、健二に秘密に……というか、言うの忘れてたことがあるのだ。もう、たぶんバレてる気がするけど、一応確認したい。

「えっと……それじゃ話すね健二?」

 健二が頷いたのを見て、話を続ける。

「一年前くらいに、交換日記してたじゃん」

 そう、私たちは二人は、中学三年生の秋頃だったか、交換日記をつけた。私が例によって例のごとく思いつきでやろうと言い出したことである。私はなぜだかその時、「中学生のカップルは交換日記をするのだ」という暗示にかかってしまっていたのだ。何の刷り込みによるものかは、もはやわからない。

「……交換日記? ああ、してたね。二ヶ月くらいやってたっけ。……たしか、絵美がノートを無くしちゃって、それでおしまいになったんだよな」

 そう、健二は言う。

 ところが違うのだ……。無くしたのは、私じゃない。いや、無くしたのだけでなく。

「……うん、実はあれね……。私、始めの一週間くらいで飽きちゃって、実はずっと……私が書いてたわけじゃなかったの」

 うわあ。こうして口に出してみると私、まるで子供だ。あの時、もう私中学三年生だよね? どうして私っていつもこうなんだろう。

 やろうやろうとせがんで、強引に始めた交換日記。しかしそもそも一人での日記すらつけられない作文嫌いの私はすぐに飽きた。

 しかも致命的なことに、交換日記って相手が書いたのを読まなくちゃいけないのだ。健二が何書くのか始める前は興味あったけど、なんか難しくてよくわかんなかったし、聞きたいことは学校で会って聞けばいいやと思ったらアッサリ興味が失せてしまった。

 でもさすがに一週間でやめたいとは言い出せず、私はお母さんに代わりを書いてみない? ともちかけた。健二にドッキリをしかけるとか適当なことを言った気がする。お母さん、ノリはいいから引き受けてくれたんだけど、たぶんバレてたんじゃないかなぁ。

 と思って健二を見ると、案の定あんまり驚いた様子はなかった。なぁんだ、やっぱりバレてたんだ。健二、勘がいいしね。

「実はあれ、私のお母さんが書いてたの」

 ところがそう言った瞬間、健二の表情が変わった。

「…………え?」

「自分からやろうって言い出した手前、言えなくて……。お母さんに頼んだの。私が書いたのは最初の二三回だけ」

 ふと見ると、健二が口をあんぐりと開けている。……あれ? 健二、驚いてるの?

「そ、そうなんだ……。き……気付かなかった」

 かなり意外だった。十中八九、バレてると思ってた。だって、私のお母さんだよ? 私の嘘の下手さはお母さんからの遺伝だと思う。お母さんに頼むかお姉ちゃんに頼むかギリギリまで迷ったけど、当時お姉ちゃんは彼氏と別れて落ち込んでたから、お母さんに頼んだ。まあどっちもどっち。お母さんもお姉ちゃんも、隠し事が下手だ。

 お母さんの性格を考えると、隠そうっていう気もなかったんじゃないかなって気さえする。私のフリして書くのを最初は面白がってたけど。絶対、そんな演技なんか長続きしなかったと思うな。

「健二、よく気付かなかったね? 私読んでないけど、お母さん何書いてた? 野菜の値段が上がったとか、お父さんの帰りが遅いとか、近所で車を買った家があるとかそんな話だったんでしょ?」

 お母さん、晩ご飯の時そんな話ばっかりしてたしなぁ。

 私が日記を読んでなかったのは、途中でお母さんに頼んだことさえ忘れちゃってたからだ。だって健二、日中、学校で私と会ってる時に交換日記のこと話さなかったし。お母さんがノートを無くしちゃったって言ったのを聞いて、まだ続いてたんだと思ったくらい。

「ぼ、ぼ、僕も内容はちょっと……わ、忘れちゃったかなぁ……あははは」

 あれ、健二がすごい汗をかいてる。まだ緊張してるのかな。しょうがないなぁ。私はちょっと、無理に出演するのに誘っちゃって悪いことをしたかな、と思った。

「なんとも可愛らしい秘密ですね~。絵美さんは交換日記で三日坊主をやってしまい、お母さんに代筆を頼んでいたそうですよ」

「微笑ましいですね」

 坂野さんと柴野さんのコメント。微笑ましい……ってどういう意味だっけ。笑えるって意味でいいんだっけ。

「ご、ごめんね! 健二」

 とにかく謝らなくちゃ。私が謝ると、健二は大丈夫大丈夫というように手を横に振った。

「さあ、それでは健二さんにお聞きしましょう! それでも彼女を愛せますか?」

 坂野さんが聞く。私はちょっとドキドキしながら彼の答えを待つ。

「あ、愛せます」

 即答だった。待つ間もなかった。うーん、さすが健二。このくらいの秘密、私たちの絆の前では、なんてことないよね。

「素晴らしい! 健二さん、見事絵美さんの秘密を受け入れました!」

 坂野さんが健二を褒めてくれた。そうでしょ? 素晴らしいでしょ。私の彼氏よ。

「ありがとう健二! 健二なら許してくれると思ってた!」

 私は健二に抱きつきそうになって、でもこらえて、行き場をなくしたエネルギーからその場で飛び跳ねてみたりする。あれ、なんか健二、物凄いぎこちない笑みを浮かべている。あがり症って大変だなぁ。

「どうですか、ゲストのミューミューさん」

 あ、ミューミューがゲストなんだ。最近よくテレビ出てる歌手の人だ。

「え、えぇ、えーっと、なんかぁ、初々しくってぇ、高校生のカップルっていいですね! ……」

 高校生のカップルって、いいのかぁ。私は中学生のカップルと高校生のカップルだったことしかないから、よくわかんないや。でも、人から羨まれるカップルに見えてるなら、嬉しい。

「えへへ……」

 でもお姉ちゃんはよく私に言う。あんたたちのはまだ付き合ってるうちに入らないよって。何が足りないのかわかんないけど、なんか悔しい。それって、私が健二のことをまだ全然知らないってことを言われてる気がする。健二、私と違って頭いいし隠し事も上手そうだし、私なんか思いも寄らない秘密を持ってるんじゃないか、なんて不安を持ってしまう、最近の絵美さんなのだ。

 ……実はそれもちょっとだけ、この番組に出ようと思った理由だったりする。こういう機会を作れば、何か健二のとんでもない秘密が聞けるんじゃないか、なんて。

「さあ、得点が出ました!」

 坂野アナの声で我に返る。

「はい、七千円です!」

「わぁい!」

 思わぬ高額に、私は歓声をあげてしまった。自分で言うのもなんだけど、こんなの他人から見たら、どうでもいい秘密だと思うんだよね。七千円も貰えたら、凄いと思う。二十円くらいかと思ってた。

「おぉ? 大喜びですね、絵美さん」

「七千円で満足とは、欲がないですね、絵美ちゃんは」

 柴野さん、いつの間にか私のことちゃん付けだ。いいんだけどさ。

「でも私のお小遣い二ヶ月分より多いんですよ!」

 私はさりげなくテレビを見ているお母さんに、お小遣いが少ないことをアピールしておいた。こうして全国に喧伝されては、値上げせざるを得まい。ふふふ。

「さあ、それではお次は……健二さん、ですね?」

 来た。運命の時だ。この番組に出る時、私は健二と、お互いに一個ずつ秘密を告白しようって約束した。私、これが気になって気になって眠れない夜があったような気がする。うん、いや嘘だ。寝たけど。超寝てたけど。ただ気持ちの上では眠れない夜だったような気がする。

「あ、はい……えっとじゃあ、僕の秘密を言います。大した秘密でもないですけど」

「うわぁ、なんだろなんだろ。ドキドキする」

 私は健二を見つめる。健二の表情からはまだ秘密の大きさが測れない。

「ほら、去年のクリスマス。覚えてる? 僕があげたプレゼント」

 えーっ。ちょ、ちょっと、何言い出すの、健二。

 私は顔が熱くなるのを感じる。……やだ、健二、あの時のことを話す気?

 去年のクリスマス。

 忘れるわけもない。だって……プレゼントって、あのことだよね?

「実はあれ、人から貰ったものだったんだ」

 ………………………………。

 ……………………。

 …………。

 ……は?

 ……え?

 ど、どういう意味?

 だって……。

 私は、あの日のことを、もう何ヶ月も前の冬の日のことを思い出す。

 イブの夜。お互い、家で家族と過ごす予定だったけど、こっそり、二人だけでほんの二時間だけのデートをした。待ち合わせたのは二駅ほど行ったところにある、きれいなクリスマスツリーがある公園。そこでしばらく話をして……そのあと健二は……。

 あれがどういうことだったのか、正直思い出すと夢ごこちというかあまり冷静に考えられない私だけれど、なんとか考えを整理してみると、まあなんというか、つきあって二年経ち、ちょっと恋人チックなことをしてみたくなった、ってことなのだ。私は、自分でもびっくりするものをプレゼントとしてねだった。そして健二は、すっごく長い時間躊躇った末に、それを私にくれた。

 その、何というか……。愛の証。

 まあ、ひらたく言って、キスだ。

 キスを……してくれた。

 ああ、いかん思い出すだけで顔が燃える。

 それは健二も同じなんだと思う。あの日から、その件について話すことはなかった。お互い、あんなこと無かったかのように振舞った。

 ……なのに、その話を……。

 ……。

 ていうか、それが「貰ったもの」ってどういう意味!?

 まさか。

 他の人とも。した。って……こと?

 誰と?

「どういう意味? え、誰?」

 私はあまり日本語になっていない質問文を投げつけた。健二は目をぱちくりとさせた。

「誰からかと言うと……イトコのお姉さんからだよ」

 イトコのお姉さん!? に、貰った? えーと……。

「も、貰ったって……え、あれを、イトコのお姉さんと?」

「……と? じゃなくて、に、だろ」

 に? イトコのお姉さん「と」じゃなくて、イトコのお姉さん「に」キスをしたってこと? え? でもさっき、貰ったって……。ああ、向こうからされたのか。イトコのお姉さんにキスをして貰った。って、こと? 同じだよ! どっちからでもいいよそんなこと!

 健二のイトコに二、三才離れたお姉さんがいるって話は聞いたことがある。ちょっと変わった人だけどまっすぐな人で……と言う時の健二の口調は……そういえば、気のせいかな、なんか憧れているような雰囲気があったような気がしないでもない。え、ちょっと、まさか。

「嘘……」

 信じられない。

 私は、涙を流していた。

 健二はイトコのお姉さんとつきあってたんだ。イトコなのに。いやイトコなら結婚もできるし……。でもなんで? 私とつきあってるのに。二股ってこと?

「お、おいおいおいちょっと、え、マジで泣いてるのか絵美」

 ええ、泣いてますよぉ? それが何かぁ? これが泣かずにいられますか? 私は健二をにらむ。

「いつから……?」

 いつからつきあってたの? 二股かけてたの?

「いつからっていうか、いやあの、僕が小学生の時の話だよ」

 ガツンと頭を殴られたような、いや頭を殴られたことほとんどないけど、そんなの目じゃないくらいの衝撃だった。

 小学生……!? 私よりも前じゃん。フラつきそうになった。なんてこと。先約ありってわけ。でも小学生でもう彼女ありなんて……健二、あの頃そんな様子なかったよね? 私は知らない。

 でも、それじゃ私とつきあい始めたのは……。二股を承知で……? 何それ。

「どうして……? じゃあなんで私とつきあったの?」

 私はそう聞いてしまった。でも、言ってから後悔する。なんでって? ああ、そんなの決まってるじゃん。

「私が健二に告白したからだよね。ごめんね、断り切れなかったんだよね、ごめんね。私、強引だもんね。人の話きかないしね」

 今わかった。あがり症の健二がこの番組に出るのオッケーしたのは私が強引だったからだと思ったけど、健二もこんな秘密があったんだ。秘密を言って楽になりたかったんだ。

 ううん、楽になりたいなんて違う。私から、解放されたかったんでしょ?

 ありがとう。健二。そして、さよなら。

 坂野さんのほうを私は向いた。

「坂野さん、どうぞ、聞いてください」

 坂野さんはいきなり言われてビックリしていたみたいだった。でも少し私を見つめただけで、マイクをさし出してはくれなかった。

「絵美ちゃん、何をプレゼントして貰ったのか教えてくれませんか?」

 そう聞いたのは柴野さんだった。あ、そうか、これだけの会話じゃあ、訳がわかんないよね。健二が私にプレゼントしてくれたものがわからないもんね。でも私は、とても言う気になれなかった。

「ごめんなさい、言えないです!」

「え、どうしてだよ絵美」

 健二のバカ。健二ってこんなに鈍感だっけ?

「どうしてもよバカ健二!」

 私は怒った。そしてもう一度坂野さんを見る。

「坂野さん、お願いします、聞いてください」

「……」

 それでも坂野さんは、私にマイクを向けてはくれなかった。もう、答えは出ているのに。もう、すべてが手遅れなのに。

「聞かないなら私から言います!」

「待てよ絵美!」

 健二が言った。

「ぼ、僕はあれを絵美にプレゼントしたのは……絵美を喜ばせたかったからだ! 絵美が好きだからだよ!」

 好き……。

 何か、久しぶりにその言葉を聞いたような気がした。その言葉で私は少し、手足が暖かく包まれるような安心感を感じる。力強い言葉。私はパニックになりかけていた自分の心が少し落ち着くのを感じた。

 ああ、でも、それじゃあなんで? どうして?

「たしかにその……新品じゃなかった。でも僕のあげられるものの中で、一番絵美が喜んでくれるものだと思ったんだ。絵美に受け取って欲しかったんだ」

 新品……? ファーストキスって意味かな。よくわかんない。私、健二のファーストキスじゃなかったから怒ってるわけじゃないんだよ? 健二が二股かけてたから怒ってるんだよ? はっきりフッてくれれば良かったのに……それじゃイトコのお姉さんにも悪いよ。可哀想だよ。

「意味わかんない! じゃあお姉さんの気持ちはどうでもいいわけ?」

 私がそう怒鳴ると、健二はキョトンとした。何なの、今日の健二は鈍感すぎる。

「お、お姉さんの気持ち? ……たしかに言うとおりだ。あれをくれたお姉さんの気持ちを僕は蔑ろにした」

 そうだよ。

「でもお姉さんがあれを僕にくれた気持ち以上に、僕は絵美を大事に思ってる」

 その言葉はまた私を混乱させる。どういうことなの?

 お姉さんより、私を……。

「私を選ぶの……?」

 私が最後の審判を待つような気持ちでそう言ったというのに、健二はあろうことか苦笑した。

「まあ、お姉さんはもう忘れてるよ。いや、でも、そういうことだ。僕にとってはその……絵美が喜んでくれることが何より嬉しいし、お姉さんだってそれを喜んでくれる」

 忘れてる……?

 その時になって、私はようやく自分が早とちりをしていたかもしれない、と気づいた。

 健二、私と会うより前に付き合ってた(というかキスした)と言ってるだけで、別れてないなんて言ってないや。健二はとっくに、お姉さんとは別れてたんだ。その後、私とつきあった。別に、二股なんてかけてたわけじゃなく。

 でも、やっぱりショックではあった。私が告白するより前につきあってたんだとしても、言って欲しかった。二年も、言わずにいるなんて。なんか、お姉さんとの思い出を大事にしてたみたいで、嫌だ。

「でも、悔しい」

 私はそう言った。最後の抵抗、みたいなもの。だって私はもう健二を許しちゃってるんだもん。八つ当たりをしてるだけ。

 健二は一歩近づいて、私の顔を覗き込んだ。

「……ごめん。絵美の気持ちをわかってなかった。大した秘密じゃないなんて、僕の勝手だった。絵美にとっては、大きな秘密だよな。隠しててごめん」

 私はまだ泣いていたが、微笑むことができた……と、思う。だって、健二がポンポンと頭を撫でてくれたから。

「うん。ひどいと思った」

 私は、健二の胸に顔を当てた。

「……では、お聞きします」

 坂野アナの声だ。私は涙をふいて、向き直った。

「はい」

「それでも彼を……愛せますか?」

 健二を振り返る。……それにしても健二、小学生のうちから年上の彼女とよろしくやってたなんて、意外も意外、完全に想定の範囲外。人はみかけによらないどころの話じゃないよ。私、完全に騙されてた。

 これからは、もっと健二のこと、知ってやる。覚悟しとけ。

 私は心の中で健二にそう悪態をついてから、坂野さんのほうを向いた。

 頷いた。


「はい、愛します」

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