カラス屋 壱
彼は今悩んでいた。古びた事務所の一角にある古びたソファーに、だらしなく手足を伸ばし、『月刊リーサルウエポン』という名前が付いてるにもかかわらず、今年で創刊三十周年を迎えた雑誌を顔に被せ、毛布にくるまり、寝ている格好で低い唸り声を上げながら悩んでいた。
彼を悩ませている種は、ソファーの横に置いてある縦長のテーブルと、そこからちょっと離れたところに置いてある彼専用のデスクにぶちまけてある依頼書、この依頼書ーー、正確にはこの依頼を取ってくる彼の相棒が彼の悩みの種だった。
ぶちまけられたいる依頼書には、とある夫人からのペット探しの以来や、新人アイドルが受けているストーカーの調査、ホスト通いの女からの夫の浮気調査等々、一見身近そうで身近ではない依頼から、突如物資の物流ルートに現れたバグの除去から、名前を聞くだけで怪しい会社や組織の調査、新型警備ロボとの模擬戦闘、はたまた頭が狂った金持ちが捕まえてきた大型バグとの、ショーという名の殺し合いの依頼まであった。
ソファーに寝転んでいる彼みたいな『依頼屋』は、そう言ったペット探しというごくごく平凡な依頼や、バグと呼ばれる特定の形状を持たない様々な害をもたらす生物の排除、奇妙奇天烈な金持ちの道楽に付き合うことで依頼金を手にし、生活をしている。そして彼の悩みというのはそんな依頼に対してのものだった。
彼はパサリと顔に乗せていた雑誌を手で払い、依頼書の山に手を伸ばすと、その中の一枚を無造作に抜き取った。
雑誌がどかれて見せた彼の顔は、キリリとしたつり目が特徴的な、おおよそ二十代前半の若者だ。しかし彼はそんな夢溢れる年代とは似合わない難しい顔をし、そのあと思い切りため息をつく。
「また勝手に受けやがって……」
彼の見ていた依頼書には、複数の大型バグの排除の願いと、その依頼者の名前、住所等の必要事項の他に『受諾依頼屋カラス屋』という新たに書きたされた文字があった。
依頼書には、依頼屋がその依頼を受けると、自動的に受けた依頼屋の名前が、その依頼書に付加された魔法によって書き足される仕組みになっている。
そしてテーブルやデスクにぶちまけられている依頼書の一つ一つには、彼の事務所名であるカラス屋という名前が書かれてあった。
「こんなことしたら、また上から目ェつけられんだろうが」
依頼屋というのにはランクがあり、一番下のCからA、そして世界中で数えるくらいしかないブランドまであり、下は上に羽振りのいい仕事を譲らなければならないという暗黙のルールまである。
彼が所長を務めるここカラス屋のランクはB、よって今回のような羽振りのいい仕事は上に譲らなければならない。だが彼が言ってたあいつはそのような配慮を一切しない。そのおかげで数々の依頼屋から、脅迫状じみた手紙が送られてきたり、下っ端連中を刺客として送り込まれ、そして彼は一々その相手をしなくてはならない。
彼がもう一発ため息をつこうとしたら、派手な音とともに吹き飛ばされた玄関のドアが彼の目に映った。ドアは彼の目の前まで吹き飛ばされ、そして彼が寝ているソファーの横を通り過ぎ、彼のデスクを巻き込み、停止した。
それと同時に複数の足音が聞こえ、彼の事務所に入り込んできた。依頼屋どうしでありがちな殴りこみだ。そしてアッと言う間に、ソファーの周りにぐるりと円になるようそれぞれ武器を手にした覆面達に囲まれてしまった。
(待っていたのバレバレだっつーの。どんだけ俺を消したいんだよ)
彼がまるでタイミングを見計らったような殴りこみにため息をついた。
「お前がカラスか?」
目鼻だけがしっかり空けられている覆面がそういった。声色からして女だろうか、そういうとその女は手に持っていた剣を彼ののど元に突き刺す。
「だったら?」
「依頼を取り消せ。さもなくば……」
「そういったことは、俺じゃなくあいつに言ってくれ」
「私たちがあんな化け物に勝てるわけないだろ?さっきその依頼を取りに行った仲間がやられたしな。だったら少しでも勝機がありそうな貴様にこうしてお願いしてるだろ?」
「勝てるわけないだの、勝機だの……、お宅ら物騒だね」
「これがアタシたちのやり方だ。分かったら取り消して貰おうか」
ハァ……、と長い溜息を付き、上半身だけ起き上がる。先ほどからカラスののど元に剣を突き刺していた女は一歩退き、他の者達も各々の武器を構える。
「そんな事よりも、ドアとテーブルの修理代はどうするんだ?」
「貴様ッ……!アタシ達を馬鹿にするか!!」
カラスが肩をすくませ、そんな場をわきまえない女はいらだち、先ほどまで突き付けていた剣でカラスの首を刎ねようとする。
「おっと……」
カラスはそれを相手の手首を持つ形で受け止めると、女の手首を捻り、そのまま折り曲げた。
「ギャァァァァァ!!」
女が断末魔を上げ、武器を落とし、肘をつける。
女の手首を曲げたカラスは立ち上がった。自分の腰に巻いてあったホルスターから、右手で銃身の長い銃を取り出すと自身の魔力を右手に集中させる。
『発砲準備完了。残リ弾数三十』
そんな機械音が、カラス脳内に直接行き渡る。
彼の武器『スピーク・バレル』は、自分の魔力で銃弾を具現化させ、それを手動で詰め、撃つという従来の銃とは違い、魔力を直接銃に送り込むことによって、それを銃が自動で行い、残り弾数を常時教えてくれるシステムをそなえた銃の事で、彼の物はそれに改造をくわえた特別製の物になっている。ちなみに名前は『アイ』である。
カラスはアイを使い、手首を折った女と同じような服装をした二人に一発ずつ発砲する。一発は右肩を貫通し、もう一発は左のももを貫通した。そして先ほどの女と同じような叫び声を上げた。
『残り二十八発デス』
アイの機械音がそう告げる
「てめェら何やってんだ!!さっさと片付けろ!」
手首を折られた女の一声で、取り囲んでいた者達が我に返り、撃たれた二人と、仲間連中に罵声を浴びせた女も左手に剣を持ち立ち上がった。そして各々の武器を振りかざし、カラスに襲いかかる。
(敵は八人か)
カラスはまず一番初めに真正面から襲ってきた者に、二発の弾を浴びせる。肩と腹それぞれに命中し、血を噴き出しながら前向きに倒れる。
『残リ二十六発デス』
そして右に振り向き、そこにいた者に対し発砲、右にいた槍の先端がカラスの首まであと少しだった者の腹に命中。それが倒れるのを確認せずに、魔力を腰から足のつま先を中心に体中にめぐらせ、後ろから剣を振りかざしてきた者に対し、回し蹴りを放つ。
『残リ二十五発です』
「グッ……、オウェエエエエエ!!」
アイの機械音が聞こえたのと同時に、鳩尾に回し蹴りを受けた者が吹き飛んだのはほぼ同時だった。吹き飛ばされたものは、ソファーを巻き込み壁に激突。辛うじて立ち上がるものの、耐えきれなくなり、その場で嘔吐する。
(全員女か?それよりもカーペット汚すなよ……)
そんな事を考えていると一発の銃声が響いた。先ほどカラスに左のももを撃たれた者が、自らの銃の引き金を引いていたのだ。弾は真っすぐカラスの心臓を貫こうとしていた。しかしカラスの周りに張り巡らせたマギがそれを許さず、彼の魔力が銃弾を受け止めた。
「へぇ……、俺のとは違うタイプの銃なんだ」
カラスがそう言うと、受け止めた銃弾に何重にも自分の魔力を固める。
「ハァアアアアア!!」
「イヤァアアアア!!」
カラスが自分のマギを込めているすきを狙い、右から剣、左からも少々小振りの剣が襲いかかる。
「ほいっと」
カラスはそれを仰向けに寝転ぶようにしてかわし、右手に持つアイを襲いかかってきた二人に向ける。二人の目にカラスの表情が写る。とてもつまらなさそうなそんな顔をしていた。
右肩と左肩に弾を撃ち込み、襲いかかってきた二人を倒す。それと同時に受け止めていた銃弾を元の持ち主へ返す。何重にも絡ませた自らの魔力を添えて。
「グッ……」
返された弾は持ち主だった覆面の鳩尾に返される。何重にも絡ませた魔力のせいで、腹に空洞が開かずにすんだが、魔力のせいで後ろに跳ね飛ばされる。
『残リ二十四発デス』
「さてと……」
辺りを見回すと、生きているかどうか分からないほど出血している者から、腹を抱えてうずくまっている者まで、合計六人床に倒れている。
「どうする?」
カラスがそういうとアイを発砲した。弾はそのまま立っていた二人の打ち一人、先ほどカラスの銃弾が右肩を貫いた者に命中し、腹から血を吹き出し、叫び声を上げながら倒れる。
「クッ……」
残ったのは最初にカラスに剣を突き付けてきた女ただ一人になった。
女は辺りを見渡すが、誰一人として立っている者はいない。
「安心しろ、ここで殺すと面倒くさいから一応殺してはない」
倒れている者をよく見てみると、血こそ出ているが全員うめき声すら出さずに眠っていた。
「俺特製の銃のおかげで今はぐっすり寝ているよ。銃弾に込めた俺の魔力のおかげで、起きる頃には傷も塞がってる」
カラスはそのあと「あー……、でもマズイかもな」と言いアイをホルスターにしまう。
「お前がさっき化け物と言ってた奴が、今お前の後ろに立ってるぜ」
それを聞いた瞬間その女は、瞬く間に顔が青ざめ、冷や汗が噴き出し、手足が震え始め、左手に持っていた武器を落とした。
「ヨォ、どっかの誰かさんよ。うちの事務所をこんなにしちまったのは、あんたの仕業かい?」
低くドスの利いた女の声が部屋に響き渡る。女はポンポンと震えている女の両肩に後ろから手を乗せ、その手に力を込める。
「いぎっ……!」
メシメシと女の肩がなる。そしてそのままさらに力を込める。
「ガッ……!グアッ……、ァァアアアァァアアアアア!!」
バキッと部屋中に骨が折れる嫌な音が響く。骨を折られた女は肩を押さえ、うずくまる。
「ったく……、ここのセキュリティはどうなってんだ?」
「約一名による三食昼寝付きのぐうたらなセキュリティってとこかな」
カラスは肩をすくめる。その目に映るのは、東洋に古くから伝わる製法で作られた魔力を防ぐ法具『着物』を羽織り、褐色の肌を持つカラスの相棒兼悩みの種の獣人『サクラ』だ。