第7話 フラッシュバック病の発症
それから10年が経ち、現役時代に起きたある日の交通事故を思い出していた。睡眠前、急に当時の情景が脳裏に浮かんできたのだ。勤務している頃の苦しく悲しい想い出だった。
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純一は会社の会議で時間が迫り、本社への移動を急いでいた。慌しく自動運転車両FM5に乗り込んだ。
(今日は、緊急の会議に間に合わせないと……自動運転を解除しよう)
「FM5へ。自動運転を解除します。全ての操作をマニュアルに設定してください」
FM5が、純一の指示に反応する。
「了解しました。全ての操作権を10秒後に移動します。運転操作の準備をしてください」
「了解、運転を開始します」
純一は、応答して運転を開始した。
本社へ向かう道路は、いつもより空いていた。純一は、ハンドルを久しぶりに握りアクセルを強めに踏み込んでいた。交差点の信号が黄色に変わろうとしていたが、純一がアクセルを踏み加速して抜けようとすると、女性が交差点に自転車で侵入して来たのに気付いた。次の瞬間、ABSが強く働いたが間に合わず、女性と車との激しい衝突音がして女性が倒れた。そこには、夥しい血液が路面に流れていた。
「大丈夫ですか?」
純一が倒れた女性に呼びかけるが、全く反応がなかった。純一は、FM5から通話をした。
「交通局ですか? A701交差点で、女性を轢いてしまいました。反応がありません。至急、救急対応と事故処理をお願いします」
5分後に交通局員と救急車が到着する。救急隊員は、倒れた女性を急ぎ病院に搬送した。同行した交通官から純一が質問を受ける。
「太田純一さんですね。なぜ、このような事になりましたか? 自動運転車両ですが、FM5の誤作動でしょうか?」
「済みません。私が仕事で急いでいて、自動運転を解除しました。交差点で信号が黄色に変わったのですが、スピードを上げてしまいました。女性の方は大丈夫でしょうか?」
交通官が病院からの情報を手持ちのタブレットで確認し純一に伝えた。
「女性の方は、病院到着前に死亡されました。パートナーの方には連絡したそうです」
「私は、どうすれば良いですか? パートナーの方は悲しんでいるでしょうね。申し訳ありませんでした……」
交通官が答える。
「通常ならば……あなたは、最低でも5年以内の社会活動停止と1年未満の拘留処分となります。今回は処分無しとなりました。亡くなられた相手の女性が『SACHIKO』だったからです。人身事故ではないので、事故の確認調書だけ取らせて頂きます。今後の自動運転解除の走行では、十分にご注意ください」
「パートナーを亡くされた方の心の傷みは良く分かります。済みませんでした……」
と言って、純一は涙を流した。
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この時代のアンドロイドは死亡すると、前世で生きた記憶が復元されないようにプログラムされていた。亡くなった場合に、身体は元通りに復元されてもパートナーとしての記憶は元に戻らない。その方が、より人間らしいという理由からだ。姿は復元されても、元のパートナーとは違う人格になってしまう。
(パートナーに申し訳ない。今回の事故死で二人の歴史は消えてしまった。大切な女性の命を奪ってしまった)
純一は、この時の苦しく辛い当時の事故が、時々フラッシュバックされるようになっていた。