表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国時空漂流記  作者: 愉易
第一部:散りゆく風
12/20

新たなる主、古き戦

(甲斐国 荒川陣・夜明け前)


霧が川面を這い、遠くで太鼓がひとつ鳴った。山本武志は槍を抱えたまま目を開き、天幕の外に立つ馬場源蔵の影を見た。「起きろ、小僧。昇り竜の刻だ」


武志は跳ね起き、冷えた地面に足を置いた。今日、武田軍は信濃へ向けて進軍を再開する。配された役目は糧秣隊の護衛。だが彼の目的は別だった——救護所から薬を運ぶ医師見習い・湯之助に会い、美紀の手がかりを探すこと。


「足を止めるな。戦は待たん」源蔵が笑った。


* * *


(信濃国 西の沢道・朝)


佐藤雪は竹簡星図を胸に抱え、子供たちと恵梨香を連れて峠を下った。背後で狼煙が上がり、遠くで金属の響き。(武田と上杉が衝突を始めた)


小春が怯えた声を上げる。「せんせ、山が鳴ってる」


「大丈夫。星が導く方へ行くよ」雪は笑い、北斗七星の位置から方角を修正した。(次の集落で米と薬草を)


* * *


(駿河国 興津湊・午前)


渡辺寛は早馬を降り、船問屋の権蔵に書状の写しを渡した。「松平殿の決断は早い方がいい。桶狭間で血が流れる前に」


権蔵が眉をひそめる。「若旦那、政治ごとは危ねえだら」


寛は頷き、早馬の鞍袋を締め直した。「でも誰かが知らせなきゃ、もっと多くが死ぬ」


* * *


(尾張国 那古野城・昼)


神崎亮太は木下藤吉郎と演習場を見下ろしていた。自分が考案した“早駆け陣”を使い、新兵が木盾へ突撃していく。信長は満足げに頷いた。「面妖よの、神崎」


演習場には二百の槍兵と五十の騎馬が動き、赤い鎧が曇った水鏡のように地面へ反射した。


亮太は槍先で地面を突き、小声でつぶやいた。(これで織田が勝てば、次は今川——)


藤吉郎が笑った。「上洛の道は長い。我らも頭を使わねば首が飛ぶ」


* * *


(三河国 岡崎城 救護舎・午後)


中村健二は勝吉の包帯を替えながら、松平元康の命で救護班の筆頭になった事実を思い出していた。骨針は湯之助—武田陣の見習いから伝わった改良法で鋭さが増していた。戦の中で医師同士の情報も流れ始めている。


勝吉が弱々しく笑う。「いつか、戦がなくなりますか」


健二は答えず、針を結んだ。(答えを探すため動かなければ)


* * *


(信濃国 伊那谷 村道・夕刻)


木村綾子は人足株を首から下げ、佐吉夫妻と別れを告げた。「必ず豊作祈願の米を持って戻ります」


佐吉は涙をこらえ、「綾ちゃんこそ気ぃつけて」と手を振る。綾子は背中の米袋を叩き、自分に言い聞かせた。(私の米で誰かを救う)


* * *


(甲斐国 荒川糧秣隊・夜)


武志は荷車の車軸を点検しながら、遠くに救護所の灯を見た。湯之助が姿を現し、薬包を差し出す。「燃えるような紫根膏さ。怪我人が増える前に届けてくれとのこと」


武志は礼を言い、薬包の菱紋を見つめた。「渡す相手がいる。必ず」


源蔵が怒号を飛ばす。「山本、何を油を売っとる!」


武志は荷車を押し、行軍を再開した。頭上で星が霞み、戦の匂いが強くなっていく。


* * *


(信濃国 樫ノ峠・深夜)


雪の一行は峠の茶屋跡に仮泊した。恵梨香の熱は下がり始め、小春が数え歌を口ずさむ。「いち、とう、ひゃく、せん……」


雪は竹簡星図を広げ、木炭で補助線を加えた。(甲斐へ向かうには稲倉沢を越える……そこで武志の糧秣隊と接触できる確率は 17%)


恵梨香が囁く。「先生……また計算してる」


雪は微笑んだ。「計算は希望を作る道具」


* * *


(甲斐・信濃 国境 野戦地・翌朝)


武田と上杉の斥候線が衝突した。荒川沿いの湿地で矢が飛び、煙が上がる。武志の糧秣隊は矢雨を避けて荷車を林へ入れた。源蔵が槍を構え、「守れ!」


一方、雪たちは峠下で戦煙を見つけ立ち止まった。「伏兵が出てる……別ルートへ」だが恵梨香が崩れ落ちた。まだ体力が戻っていない。


(交差点……!)


雪は決断した。「谷を下りて川岸へ出る。武田の赤備えを探す」


* * *


(川岸 霧中)


水辺で武志と雪の一団が視線を交わしたのは、偶然とも運命とも言えた。武志の槍兵が警戒する中、雪が子供を抱き「薬を!」と叫ぶ。湯之助の薬包が差し出され、恵梨香の肩に塗られた。


源蔵が唸る。「敵か味方か分からん娘を……」


武志は答えた。「味方です」


湯之助が包を開き、濃紫の膏薬を指に取り「紫根と蜜蝋を煮詰めた傷薬だ、熱と膿を散らす」と一言添え肩口へ塗った。


霧が晴れ始め、遠くで角笛が鳴った。上杉の主力が迫る。武志は荷車を動かし、雪は子供たちを連れて走る。「また会える?」


「必ず」


* * *


(信濃国 稲倉沢 仮集落・夕刻)


逃げ延びた雪たちは、糧秣隊から分けられた干し飯で久々に腹を満たした。恵梨香が涙を浮かべ、「武志くん、強くなったね」と笑う。


雪は焚火の火を見て呟いた。「戦の中で変わるのは……皆同じ。私たちも」


子供たちが星を指さす。「先生、星が出た!」


北斗七星が久々に雲間から顔を出し、希望の座標を示していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ