ビー・キングダム放浪記
ビー・キングダムという名の王国に私が憧れの気持ちを抱いたきっかけとなったのは偶然に見た活動写真だった。そこに描かれるビー・キングダムは美しかった。素晴らしかったのは風景だけではない。そこに生きる人々も魅力的だった。国民性は純朴でありながら賢く、私の生まれ故郷の住人たちのように猜疑心に満ち溢れていながら愚かではない。そんな印象を持ったので、その国に興味を抱いたのだった。
こう書くとおわかりになるだろうか? 当時の私は、母国に絶望していた。母国の人々が、私が愛した古き良きものすべてを壊したからだ。古い家並み、歴史ある建造物、趣深い町の風景……それらがモダニズムの名のもとに味も色気もないコンクリートの塊に変貌してしまった。
愛した景色が永遠に失われたことを知った私は、祖国を捨て海外へ旅立った。その旅行は長きにわたった。いや、旅行というよりは、放浪だ。あるいは漂泊という言葉がニュアンスとしては近いかもしれない。とにかく世界中を長い間、旅して回った。その間に、世界大戦が起きた。私の祖国も、そしてビー・キングダムも戦火に巻き込まれた。
私がビー・キングダムを訪れたのは戦争終結から数年が経過した頃である。敵国の猛爆撃で焼け野原となった町並みは少しずつ復興していた。その街角で私は、一人の娘と知り合った。彼女の名前は○○といった。戦争で家族を失い、たった一人で生きていた。
私たちが出会ったのは嵐の晩だった。夜空に雷鳴が轟き、風が強くなった。通りを歩いていた私は雨の予感に急ぎ足となった。すると間もなく、強い雨が降り始めた。しかし私は傘がない。宿まで走るか、雨宿りするか、逡巡していると私に傘を差しだす女がいた。それが○○だった。
最初、私は彼女の好意を断ろうとした。私の国には『男女七歳にして席を同じゅうせず』という言葉がある。要するに、男女で相合傘してはならないという意味なのだと私は理解している。しかし私には、差し出された傘を拒絶するだけの強い気持ちが欠けていた。○○を一目見て、その器量の良さに驚いたのだ。
二人、嵐の夜を歩く。だが、傘が役に立たないくらいの風雨になってきたので、私たちは深夜まで営業しているカフェで雨宿りをした。そこで私は、彼女の身の上話を聞いた。新型爆弾で彼女の姉と甥は死んでいた。全身が大火傷で、高熱を発し、ただただ水だけを求め、そのうち静かになったと思ったら死んでいたそうだ。
そんな話を聞いているうちに私は、彼女に申し訳なくなった。実は彼女に対し私は、強い欲情を抱いていたのである。しかし、彼女の肉親に起きた出来事を聞いて、やましい思いは焼失した。私たちは戦争の悲劇や生きる意味について語り合った。そのうち、雨が止んだ。私たちはカフェを出た。
外は穏やかだった。嵐は過ぎ去り、空に星が光っていた。私は名残惜しさを感じた。それは愛に違いない、と思ってくれて結構だ。私は○○に「自分の宿が近くにあるのだが、寄って行かないか」と誘おうとした。だが彼女は既にいなくなっていた。私は近くに停車していたタクシーの運転手に「今ここにいた娘が何処へ行ったか見ていなかったか?」と尋ねた。しかしタクシーの運転手は私に「ずっとここにいたけど、そんな娘は見ていない」と答えた。
「そんなバカな」と私は言った。
「いえいえ、外国人の旦那、最初から旦那一人でしたよ」とタクシーの運転手も自説を譲らない。
私はカフェに戻った。私たち二人に珈琲を出した店員に「私と一緒に入った娘が、どちらへ向かったか知らないか?」と訊く。店員は「お客さんは一人で入って一人で出ていきましたよ」と答えた。
「そんなバカな」と私は同じ言葉を繰り返した。
カフェの店員は「一人で珈琲を一度に二つ注文なさったから不思議に思ったのですが……そうでしたか」と呟いた。私は何も言わずにカフェを後にした。
この街には外国人の男だけに見える若い女の幽霊が出るのだ、と宿で一緒になった異国人から聞かされた。凄く美人だと聞いている、と彼は言った。それから私に尋ねる。
「顔色が悪いけど、何所か具合でも悪いのか?」
私は「大丈夫だよ」と答え、震える指で煙草に火をつけた。