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ep 4

神殿の檻、心の芽生え

陽が傾きかけ、荘厳な大神殿に夕暮れの影が差し込む頃、ユイは重い足取りでその門をくぐった。彼女の帰還を待ち構えていた神兵たちが、安堵の表情で駆け寄ってくる。

「おお!巫女様、ユイ様!ご無事のお戻り、何よりでございます!」

「今までどちらへ? 我々一同、どれほど心配いたしましたことか!」

神兵たちの声には、純粋な安堵と、どこか儀礼的な響きがあった。

ユイは彼らに向き直り、小さく微笑んだ。

「…心配かけてごめんね。でも、もう大丈夫だから。ありがとう」

その自然な感謝の言葉に、神兵たちは一瞬、息を呑んだ。

「!? み、巫女様が…『ありがとう』と…?」

「こ、これは一体…? 今まで、このようなことは一度も…」

彼らは互いに顔を見合わせ、戸惑いを隠せない。いつも無表情で、感情を表に出すことのなかった巫女が、人間らしい温かさを見せたことに、彼らは動揺していた。

その時、静かだが威圧的な声が響いた。

「巫女よ」

大神殿の奥から、白い衣に身を包んだ大神官が姿を現した。その顔には深い皺が刻まれ、瞳の奥には怜悧な光が宿っている。

「勝手な振る舞いは許されぬぞ。そなたは、この世界の命運をその身に負う、かけがえのない存在なのだからな」

大神官の声は穏やかだが、逆らうことを許さない響きを持っていた。

ユイは表情をこわばらせ、黙って大神官の前に立った。

「……」

大神官は値踏みするようにユイを見つめ、続けた。

「…報告は受けておる。街で、そなたを殴りつけたという、下賎の輩がおるとか…そのような者と関わるなど、巫女としてあるまじきこと」

その言葉には、明らかな侮蔑が込められていた。

「!! やめてください!」

ユイは思わず叫んでいた。たつまろを「下賎の輩」と呼ぶ大神官の言葉が、彼女の心を強く揺さぶった。

「たつまろ達は、関係ありません! 私が勝手にしたことです!」

必死の形相で、彼女は訴える。

「これからは、ずっとこの神殿におります!もう二度と、勝手な真似はいたしません!ですから…!」

大神官は、ユイの激しい反応を興味深そうに観察していた。

「ふむ…」

彼は顎に手をやり、しばし考える素振りを見せた。

「よかろう。巫女、そなたが私の言うことを聞き、二度とこのような騒ぎを起こさぬと誓うのであれば、今回は不問としよう。その下賤な者にも、手出しはせぬ」

「…! よかった…」

ユイは安堵の息をつき、大神官に一礼した。

「ありがとうございます。では、失礼いたします」

足早にその場を立ち去るユイの背中を、大神官は冷たい目で見送っていた。

(…巫女が、あれほどまでに心を動かされるとはな。あの『たつまろ』とかいう小僧…危険な存在やもしれぬ。早々に手を打たねばなるまい…)

大神官の心には、黒い策略が渦巻き始めていた。

大神殿の奥深く、ユイに与えられた私室は、広く、調度品も整えられているが、どこか冷たく、がらんとしていた。窓の外には、厳格な神殿の壁が見えるだけだ。

ユイはベッドに腰を下ろし、小さくため息をついた。

「あぁ…大神官様に目をつけられちゃった…。これじゃあ、当分はたつまろに会いに行けないや…」

指先で、自分の頬にそっと触れる。たつまろに叩かれた時の衝撃と、彼に「守る」と言われた時の温かい熱が、まだ残っているような気がした。

「たつまろ…」

彼の名前を呟くと、胸がきゅっと締め付けられる。短い時間だったけれど、たつまろとユウと過ごした時間は、この神殿でのどの時間よりも、温かく、自由に満ちていた。

初めて知った温もり。初めて向けられた強い想い。

巫女としての運命を受け入れることしか知らなかったユイの心に、「生きたい」という小さな、しかし確かな願いの芽が、静かに顔を出そうとしていた。しかし、その願いは、今はまだこの神殿という名の檻の中で、息を潜めるしかなかった。

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