ガジェット
要塞の引きこもりと闖入者
「死を呼ぶ4番」――その異名は、もはや恐怖の象徴として大陸の裏社会に広く知れ渡っていた。悪党どもが築き上げた砦も、私兵を揃えた屋敷も、彼、たつまろの前では一夜にして崩れ落ち、住人は文字通り「死」を呼ぶ結果となる。彼は特定の場所に留まることなく、風のように現れては、己の基準で断罪した「悪」を根絶やしにして去っていく。その瞳には感情の色はなく、ただ目的を遂行する機械のようだと噂された。
そんなたつまろが、ある時、人里離れた山岳地帯で奇妙な建造物を発見した。それは古城のようでもあり、最新鋭の工場のようでもある、異様な外観を持つ巨大な施設だった。周囲にはおびただしい数の監視カメラ、自動迎撃タレット、高電圧フェンス、そして目に見えないセンサー類が張り巡らされており、近づく者全てを拒絶する強固な意志が感じられた。おそらく、どこぞの闇組織か、あるいは腐敗した貴族が築いた秘密基地だろう。
(…ほう)
たつまろの口元に、微かな、しかし確かな興味の色が浮かんだ。それは、獲物を見つけた獣のそれとは違う、難解なパズルを前にした子供のような好奇心だった。退屈しのぎにはなるかもしれない。彼は、その鉄壁に見える要塞への「挑戦」を開始した。
高電圧フェンスは適切な絶縁体を見つけて乗り越え、無数の監視カメラは死角を縫うように進み、あるいはレンズそのものを一瞬で破壊する。地面に仕掛けられた対人センサーは、その存在を気配で察知し、巧みに回避。音もなく迫る自動迎撃タレットは、発射される寸前にその動力源を的確に破壊していく。まるで、熟練の職人が複雑な機械を解体するように、たつまろは施設の防衛システムを一つ、また一つと無力化していった。それはもはや戦闘ではなく、一種の芸術的な「攻略」だった。
数時間後、ついに彼は施設の最深部と思われる巨大な扉の前にたどり着いた。ここまでの道のりで、人間の警備員の姿は一人も見なかった。全てが自動化された、無人の要塞。扉をこじ開けると、そこは意外にも生活感のある空間だった。壁一面に設置された巨大なモニター群には、施設の各所の映像や、複雑なプログラムコードが映し出されている。床には工具や電子部品、食べかけのインスタント食品の容器などが散乱し、部屋の中央には、いくつものモニターに囲まれた、まるでコックピットのような椅子があった。
そして、その椅子に座っていたのは、軍人でも、屈強な番人でもなかった。ヘッドホンをつけ、モニターに没頭していた、痩せ型で髪はボサボサ、目の下に濃いクマを作った、いかにも「電波オタク」といった風情の青年だった。彼は、背後に人の気配を感じてようやく振り返り、そこに立つたつまろの姿を認めると、目を白黒させ、椅子から転げ落ちそうになった。
「ひっ…! ば、ばかな…!? 第七防衛ラインまで突破された…だと…!? そ、そんなはずは…僕の『フォートレス・ヘブン』が…!」
青年――この要塞の主であり製作者であるガジェットは、顔面蒼白になり、わなわなと震え始めた。完璧だと思っていた自作の引きこもり要塞に、人間が、たった一人で侵入してきた。その事実に、彼の頭脳は完全にキャパシティオーバーを起こしていた。
(お、終わりだ…! こ、殺される…! こんなヤバそうな奴に目をつけられたんだ、もう助からない…!)
ガジェットは床にへたり込み、ぎゅっと目を瞑り、死を覚悟した。
しかし、予想された衝撃はいつまでたってもやってこなかった。恐る恐る目を開けると、侵入者――たつまろは、ガジェットには目もくれず、部屋中のモニターや設備を興味深そうに眺めていた。そして、おもむろに口を開いた。
「…なかなか面白かった」
「へ…?」
ガジェットは間の抜けた声を漏らした。
「ああいう仕掛け、もっとあるのか? さっきのレーザーのやつとか、床が抜けるやつとか」
たつまろは、まるで遊園地のアトラクションの感想を言うかのように続けた。
「え…あ、ああ…まだ、試作段階のも含めれば、色々…って、なんでそんなことを…」
混乱するガジェットに、たつまろはこともなげに言った。
「もう一回、最初からやろう。今度はもっと難しくしていいぞ」
「………は?」
ガジェットは完全に思考が停止した。殺されると思っていた相手からの、あまりにも予想外すぎる提案。「もう一回やろう」? まるでゲームのリセットボタンを押すかのように。
「なんだ、できないのか?」
たつまろが少し不満そうな顔をする。
「い、いや! できる! できますとも! あの、つまり…もう一度、外から、僕の作った防衛システムを攻略したい、と…そういうことですか…?」
「ああ」
ガジェットは、目の前の闖入者を改めて観察した。恐ろしいほどの殺気を放ってはいるが、その瞳には、難しいパズルに挑戦する子供のような純粋な光があった。自分を殺すことよりも、この要塞を「攻略する遊び」の方に興味があるらしい。
(な、なんだこいつ…? 『死を呼ぶ4番』って噂の通りの化け物だけど…なんか、思ってたのと違う…?)
恐怖が薄れ、代わりに強烈な好奇心が湧き上がってきた。自分の最高傑作である防衛システムを、いとも簡単に突破したこの男。そして、それを「面白い」と言い、再戦を望む奇妙な感性。
「…わ、分かりました! やりましょう! 今度はもっと手強くしますよ! あなたをギャフンと言わせてみせます!」
半ばヤケクソ気味に、しかしどこか楽しそうにガジェットは答えた。
「そうか」
たつまろは、わずかに口角を上げたように見えた。
こうして、「死を呼ぶ4番」たつまろと、天才引きこもり発明家ガジェットの、奇妙な関係が始まった。ガジェットは、たつまろという最高の「テスター」を得て、防衛システムの改良に没頭し、たつまろは、ガジェットの作る新たな「遊び場」を攻略することに熱中した。そして、いつしかガジェットは、たつまろの持つ規格外の能力とその過去に興味を持ち始め、自らの技術で彼の活動をサポートすることを申し出るようになるのだった。それは、孤独な怪物と孤独な天才が織りなす、歪で、しかし確かな絆の始まりだったのかもしれない。




