第6話:ソフィアの家
大ケヤキは集落中央の小高い丘にあり、そこからどの家に向かうにせよなだらかな下り坂をゆくことになる。
ロッタ少年は足取り軽く、おれが来た方角へと歩いていた。
そして辿り着いた先は……ルーファスの家のお隣り。
「――え?ソフィアの家ってここ?ルーファスの家の隣りじゃあないか。まさかこんなに近かったとは……」
思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。
「ソフィア姉さまのお父上とルーファス様は旧知の仲で、今も親交があるそうです。ソフィア姉さまがこの集落で薬師をする決め手になったのも、そのご縁があったからなのです!」
こちらから聞くまでも無く、ロッタは知りたい情報を与えてくれた。
少年はソフィアの家の扉を開け、おれを中へと招き入れてくれる。
ルーファスの家と同じく、室内は薬草の匂いがしていた。
玄関から入ったすぐの部屋にテーブルがあり、間取りはルーファスやギルの家と似ている。
集落長の家は大きく少し建築様式も異なっている様に感じたが、庶民の家の間取りは大体同じなのかもしれない。
「ソフィア姉さまを起こして来るので、椅子に掛けてお待ちください!」
そう言うとロッタはぴょんと跳ね奥の部屋へと行ってしまった。
別に寝てるところをわざわざ起こす必要は無い……と言おうとしたが、少年の瞬発力の速さにおれの反射神経は追いつかなかった。
奥の部屋から「ソフィア姉さま!リョウスケが!お客様なのです!」と甲高い声が聞こえる。
ゆっくり寝てる所を申し訳ないと思いつつ、おれは椅子に腰かけ大人しく時を過ごした。
ルーファスとソフィアは犬猿の仲っぽく見えるが……色々と浅からぬ事情はありそうだ。
(ルーファスからすれば親友の娘と言った所だけど、関係性的には仲の悪い親子の様にも見えなくはない。いや、口煩いお爺ちゃんと生意気な孫娘と言った方が的確かな。二人には言えないけどさ)
物思いに耽つつ暫く待っていると奥の部屋から、まだ目が開き切らないソフィアが現れた。
彼女は麻生地のポンチョをだらしなく気崩し、髪もぼさぼさで椅子に座りテーブルへと突っ伏してしまった。
「えー?ちょっと、なんで、リョウスケがいるのー?ロッター?」
実に気怠そうな声だ。
確か料理はしないと言っていたが……この様子から見て、彼女は俗にいう干物女というやつか。
「リョウスケとは大ケヤキで偶然会ったのです!」
ソフィアの後からやって来たロッタは、ちゃきちゃきと動いて小さな釜戸で湯を沸かし始めていた。
「ソフィア?突然押しかけて申し訳ないね。ルーファスが王都から来た宮廷魔法使い達と森へ出かけてしまってさ、ふらふらと集落の中を歩いていたらロッタと出会って、それで……」
そう声を掛けると、ソフィアはゆっくりと身体を起こした。
彼女は髪を掻き上げ、長く息を吐き一度目を閉じた。
そして、ぱちっと目を開けると落ち着いたトーンで話し出す。
「ルーファスの所には、王都や他の街から結構来客があるのよ。本来は宮廷魔導師としての務めがある人だからね。あの遺跡の研究調査を名目に一年の半分はこの集落に滞在してるけど、宮廷に仕える人たちからすれば迷惑な話ってことらしいわよ」
王都からの来客は珍しくないという事か。
なんとなくルーファスは宮廷仕えに嫌気が差して、この片田舎の集落に引っ込んでいる様な感じもあるが。
「ルーファスの代行で来た人は宮廷魔法使いって言ってたけど、ルーファスは宮廷魔導師なんだ?何か違いがあるのかな?」
「宮廷魔法使いは宮廷に仕える魔法使いで、宮廷魔導師は宮廷魔法使いを指導し導く役割りを担ってるのよ。この国にはルーファスを含めて三人の宮廷魔導師がいてね、一般的にはサリィズ王国の三大魔導師とかって持て囃されてる感じなんだけど」
何処となく棘のある言い回しに、思わず口許が緩んでしまった。
そんな偉いお方に対してあの態度がとれるソフィアは、筋金入りの強者だと思う。
「それにしても……」とソフィアは切り出した。
一旦言葉を切り、思い耽る様子を見せたが直ぐに口を開いた。
「王都から代行が来たという事は、ルーファスは王都へ召還されるということね?」
「ああ、二日で代行の人に引継ぎをして、出来るだけ早く王都に向かう様な感じだったけど」
「リョウスケはどうするの?ルーファスと一緒に王都へ行くのかしら?」
「王都には連れて行かないって言われたよ。おれは目立ち過ぎるから時期尚早だってさ」
少し拗ねた口振りで言ったのを見てか、ソフィアは笑みを浮かべていた。
気は強く力持ちな彼女だけど、美しい顔立ちなので優しく微笑みを浮かべると、うっとりと見惚れてしまう。
「さすがに、私もその考えには同意する、かな。王都で生まれ育った私が言うのもアレだけど、あそこには質の悪い人間がうじゃうじゃといるからね。リョウスケみたいに言葉は話せても、右も左も分からない人は直ぐに喰い物にされちゃうわよ」
「騙されて、見世物小屋とか奴隷商人とかに売られてしまうかもしれない?」
おそらくそう言う存在があるだろうと想定して問い掛けてみた。
国家間や民族間での戦争があるという事は当然奴隷はいるだろうし、それを商品として扱う商人もいてしかるべきだ。
おれの問い掛けに対して、ソフィアは眉を顰めて二度頷いて見せた。
そしてさらりと「まあ、貴方のギフトの場合は王族や貴族に目を付けられて一生飼い殺しみたいな線が一番濃厚だけどね」と言い、口許に意地悪な笑みを浮かべていた。




