きれいな星空と、老魔法使い ー1ー
【――取り敢えずは、必要最低限に。この世界を、思う存分に堪能したいから……】
――――――――――――――――――――――――――――――――――
ふと、目を覚ました。目は閉じたまま、意識だけ啓いた感じだった。
(なにか、長い夢を見ていた様な)
目覚ましの音は聞いて無いので、まだ真夜中か明け方だろうか。
二度寝で寝過ごして無いことを祈るばかり……。
(ん、あれ?背中が痛いな。ベッドじゃない?ゴツゴツしてるぞ)
夜中にベッドから落ちた?
それとも居間で酔いつぶれて、床で寝落ちしたのか?
まだ寝惚けている様で、記憶が混濁して上手く思い出せない。
どちらにせよベッドへ戻ろうと思い、目を開けた。
その先に広がるのは見慣れた天井でも、見慣れぬ天井……でも無くて、広大な星空だった。
しばらく何も考えることが出来ず、おれは綺麗な星空を眺めていた。
頬を撫でる風は少し冷ややかだが心地良い。草や土の匂いを感じる。
まず、(これは夢だな)と思うのだ。
そしてゆっくりと目を閉じる。
深呼吸をして、このままもう一度眠ってしまおう、と考えた。
しかし完全に目が冴えてしまっていて、まったく眠りに落ちる感じは無い。
子供のころから訳の分からない夢は良く見る方だけれど、ここまでリアルで明確に自意識のある夢は初めてだ。
たしか明晰夢とかなんとか……。
「――いや、ちょっと待てよ。これって、夢じゃない、のか?」
己に問い掛け、おれは再び目を開けゆっくりと上半身を起こした。
周囲を見渡すと木々が生い茂る森があり、石造りの神殿の様な建築物が目に映った。
深夜だとは思うが、雲ひとつない星空と煌々と輝くふたつの月のお陰で視界はそれほど悪くない。
(いやいや、良いとか悪いとかじゃなくて。何だよ、ふたつの月って)
一度ぎゅっと目を閉じて、手で覆いごしごしと擦った。
それから改めて空を見上げてみる。
「おいおい、マジか。見間違いじゃないのかよ。紫色の大きな月と、赤色の小さな月とかさ……」
何かとんでもない事に巻き込まれてるのでは?と思い至った瞬間だった。
同時にやはり夢なのか?とも思わざるを得ない状況で、頭が混乱してしまう。
深呼吸を何度か繰り返し、パニックに陥りそうな心をなんとか抑え込んだ。
辺りを見回し人や獣などの存在が無いことを確認して、自分の格好を確認してみる。
黒無地のロングティーシャツにグレーのスエットパンツ、そして裸足。
腕時計はしてない、スマホも無い。
普段寝る時の格好だった。
間違いなく家の外に出歩く服装では無い。
気が動転する中で、何かしらの可能性を模索することにした。
例えば夜中にコンビニに行く途中で何者かに拉致られて、この場に捨てられた……とか?
もしくは家で寝ている所を押し入られて連れ去られたとか?
しかしそれなら、拉致られる瞬間とかの記憶が少しくらいは残っている筈だ。
(それともドラマとかアニメでよくあるクロロホルム的なのを嗅がされた?強盗が、おれに?)
一体なんの目的があって?家には大して金目の物は無いし、資産家でもその息子でも無い。
おれが芸能人であればドッキリとかで見知らぬ場所に放置されることもあるかも知れないが、そんな大規模ドッキリとは無縁の一般人だ。
「――うーん、これはいよいよワケが分からん。やはり夢か?ベタだけど頬とか抓ってみたら……」
右手で少し強めに頬を抓ってみた。
「痛いな。すごく痛い。やはり夢じゃないってことか?」
そう呟き、ため息をひとつ零した。
ゆっくりと立ち上がり、改めて周囲を見渡してみる。
「広い、森?いや、森を切り拓いた土地、かな?遠くに薄っすらと見えるのは山脈か。そしてこれは石造りの……崩れ掛けた神殿?遺跡かな?」
その石造りの建物は、所謂神社とかお寺ではなく洋風の……もっと言うとファンタジーテイスト溢れる代物だった。
おれは何か情報が欲しいと思い、足場の良さそうなところを探しつつ、その神殿の方へと歩み寄った。