9 過激少女
「ユキ君、ごめん……街で演劇やっていて、楽しくて忘れてたけど、俺、人狼なんだ……リヒトも絶対気づいてたけど黙ってくれてた。俺、それに甘えちゃったんだよ」
(リヒト? ヨシツネ役の? この人達は、劇中以外でも仲が良いんだ!)
ユキは、劇のファンとして少しテンションが上がった。
(いやいや、そんなことに喜んでる場合じゃない! このままだとアランさんが危ない!)
アランは最期に言い残すかのように、こう告げた。
「リヒトがどんなに良いやつでも、その良いやつをきちんと守り抜くためには、秘密も守らないといけなかったのに……俺は、リヒトを人質に取られてしまったんだ。俺、知らなかったけど、誰かが正体を隠した人狼だと気づいていながら、役所に告発しない者も、バレれば罪に問われたり、迫害を受けることがあるらしいんだ……ユキ君、ごめん。リヒトだけは助けてやってくれ」
そう言い残すと、アランは気を失ってしまった。
「あら、死んだのかしら?」
頭上から、先ほどの少女の声が聞こえ、ユキは怒った。
「魔法使い、だよな……? お前がアランさんを脅して、こんなことをさせたのか!」
「アラン? へえ、そう言う名前なの、このクズは? ちょ~っと劇団仲間を引き合いに出して脅しただけで、隷属紋つけて、同類に襲いかかって、本当に馬鹿!……で、お前がユキ? とかいう人狼だな。我々"ノヴァ・ジェネシス"の重鎮が、なぜかお前を探してるんだよね~謎の上級魔法使いに繋がる人物? だから。まぁ、あたしはお前達人狼を"人"だなんて思ってないけどね!」
家屋の屋根の上にいた幼い魔法使いの少女は、ユキとアランを嘲った。ユキは、先日屋敷にシドウという青年が訪れたということを思い出し、サナの存在が色々な魔法使いにバレて、派閥争いに巻き込まれそうになっているのだと気づいた。ユキは魔法使いの少女を説得しようと試みた。
「アランさんを傷つけたことは許さない! でも君、よく見たら本当にまだ子供じゃないか! 子供がそんな争いをする必要は無い! 今からでもやめろよ!」
しかし、少女はその言葉に怒りの表情を浮かべ、冷たく言い返した。
「はぁ⁉ 誰が人狼なんかの言葉に従うと? 子供だから辞めろ? なめてるんじゃねえよ! お前の親族なんかみんな大人だけど、子供以下のクズまみれだろうが! お前も一緒だよカス! さっさとくたばれよ劣等種が!」
ユキは少女の説得に失敗するどころか、余計に火に油を注いでしまった。そして不覚にも、”お前の親族はクズ”という少女の言葉に少し納得してしまい、微妙な表情になった。
そのとき、少女がユキに向けて何かの魔法を使おうとし始めた。しかし、その表情はどこか苦しげで、眉間に深くしわを寄せている。
少女は長いため動作の後、ユキに対して攻撃魔法を放った。ユキが困惑しながらも魔法に対処しようと身構えていると、突如、謎の結界によってユキは守られ、知らない青年の声が聞こえた。
「レーナ、そこまでだ! 無闇に魔法で他者を傷つけることを禁忌とするのは、法律第四条にも記載されている基本だろう!」
少女は青年に気づくと、眉をひそめ、悔しそうな表情を浮かべた。
「誰がお前ら王族の作った法なんかに従うか! あたし達ノヴァジェネは王族の権力に抗う魔法使いの集まりだ!」
ユキは、突然現れた青年と少女が口論を始めたことに動揺し、交互に彼らの顔を見た。この青年は、どこか威厳のある雰囲気を持ち、王族に関連した人物に違いなかった。
「レーナ、君が苦しみ、自分の寿命を代償にする魔法を使ってまでして、ユキ君を攻撃する必要はどこにも無いんだよ!」
ユキはその言葉に驚いた。彼は身近な魔法使いをサナしか知らなかったため、魔法使いが魔法を使うために自分の寿命を犠牲にすることがあるなど、初めて聞いたのだ。
「お前ら王族にあたしの苦しみが分かってたまるか! 聞いたぞ! お前らの祖先のルカ様、片親が人狼なんだってな! 何が王族だよ! 私たち中初級魔法使いに対する迫害を辞めろ! いや、むしろお前達が人狼の血を引いていて劣っているから、その引け目を感じてあたし達を虐げるのかなぁ⁉」
ユキは状況がコロコロと変わりすぎて、もはや理解が追いついていなかった。レーナと呼ばれていた少女の、長い金髪を少しだけ編み込み、結んでいない部分が目立つ特徴的なお下げの髪型が「なんかバナナみたいだなぁ」と呑気に考えていた。そして、いきなり現れた青年はどうやら王族らしい。
「ユキ君! 説明が遅れた! 私がシドウ。王族派の末端の研究者だ」
「あなたが⁉」
ユキは、この青年が先日サナから聞いていた怪しい研究者だと知って驚いたが、今は彼と協力することが最善だと考えた。
「ユキ君、彼女の名前はレーナ。 “ノヴァ・ジェネシス”という反王族派とされる団体に所属している。彼女はまだ十二歳の子供だが、順当な恨みを持って戦っている。私は王家の血を引いているため、一応王族派ということになっているが、ノヴァジェネとも穏健な形で和解したいと考えているんだ。彼らは確かに反王族派という立場ではあるけど、全員が過激な思想を持っているわけじゃない。魔法の研究を目的に所属している者もいる。だからこそ、魔法について色々と研究し、彼らとも歩み寄れる道を模索しているんだよ」
シドウの言葉が続く中、ユキはその長い説明を追いきれず、頭の中がぐるぐるしていた。シドウの話す内容はどれも重要そうに思えたが、次々と出てくる情報に対応しきれず、気がつけば「この人、いつまで喋るんだろう……」と考えながら、ぽかんと口を開けて彼を見つめていた。
シドウの話を聞き終えたレーナは、「話が長えよ! シドウ!」と言って荒ぶり、強力な魔法を放つための動作を始めた。
「まずいな、私としては彼女を止めてやりたいのだが、他者が魔法を使うことを止める魔法は私には使えない」
「シドウさん、じゃあ、とりあえず逃げましょう!」
「逃がすかよ人狼!」
レーナが叫んだその時、「ユキ!」とどこからか声が聞こえ、強い魔力でレーナの動きが止まった。
「うっ、なにこれ、魔力が練れない……どいつも! こいつも! 私の邪魔ばかり!」
サナがやっと到着し、相手の動きを封じる魔法を使ってレーナを止めたのだった。
「サナ! サナ~!」
ユキはサナの姿を見て安心し、その場でへたり込んで泣き出してしまった。
「可哀想にユキ、何があったか分からないけど、大勢の人狼が倒れているし、よく分からない女の子と、シドウさんもまだよく分からないけどなんかいるし、どうしたの?」
(うっわ、気持ち悪。あの人狼、いきなり現れた女の人に対して尻尾振ってるよ……というかあの人が噂の、謎の上級魔法使い? 私の邪魔をするってことは敵? くそ……)
レーナは怒りと疲労で気絶してしまった。
レーナちゃんは内面はともかく、麦畑のような綺麗な金髪と、丸くて大きな瞳の美少女です! 瞳の色はルベライト。