8 故郷
それから何日か経ったある朝、ユキが唐突に切り出した。
「実は、アランさんの故郷の話に妙な懐かしさを感じてさ。もしかしたら、サナに会う前に住んでいた所じゃないかと思うんだ。あの時、人狼はみんな大変だったらしくて、俺もあんな風に捨てられちゃったから、あの後みんながどうなったのか気になってたんだよね。それで、アランさんが故郷の村に案内してくれるって言ってくれたから、今日行ってみようと思う!」
突然の言葉に、サナは驚いた。ユキが過去を気にすることは理解できるが、あまりにも急な話だ。それに、アランという人物についても、サナはほとんど知らない。
(本当に信用して大丈夫なのかな……?)
サナ自身、人と関わるのは面倒で、街にもたまにしか行かない。ましてや、アランがどんな人物なのかも分からないのに、ユキを任せてしまっていいのかという不安がよぎる。けれど、ユキはもう子どもではないし、ここで自分が口を出すのは過干渉かもしれない。
迷いながらも、最終的には送り出すことにした。
「わかった。気をつけてね! 今日中には帰ってくるよね?」
「うん。なんか、意外と街から近いらしいよ!」
そう言ってユキは出かけていった。サナはユキが出かけた後も、しばらくその場で考え込んでいた。
(アランって人、本当に信用できるのかな? ユキがああやって故郷のことを気にかけるのは分かるけど、私も知らない土地だし、万が一何かあったらどうするの?)
しかし同時に、ユキももう大きくなり、彼が自分のことは自分で決断する時期が来ていると理解していた。サナは、いつまでも彼を子供扱いするべきではないと自分に言い聞かせた。
「ユキも成長したんだし、私が過干渉にならない方がいいよね。何かあれば、すぐに魔法で察知できるし」
サナは独り言を言い、自分を納得させた。
時間が経ち、サナは屋敷で普段通りの生活を送りながらも、どこか落ち着かない気持ちが続いていた。何度も時計を見ては、ユキが無事に帰ってくるのを待った。夕方近くになると、そろそろ帰ってくる頃だと思い、窓の外を気にするようになった。
「まあ、大丈夫よね。ユキも強くなったし、危険があればきっと何とかする」
サナは自分にそう言い聞かせつつも、魔法で外の様子を少しだけ探ることにした。しかし、ユキの気配は感じられなかった。
「あれ? まだ帰ってきてないの?」
少し焦りを感じ始めたサナは、今度は範囲を広げ、遠くまで探ろうとした。すると、ふとした瞬間にユキの気配が一瞬だけ遠くに感じられたが、それはいつもとは違う、不安定な感覚だった。サナは少し不安を覚えた。
「やっぱり、ちょっと様子を見に行った方がいいかもしれない」
サナはすぐに準備を整え、ユキを探しに出かけることに決めた。
「どうか無事でいてよね、ユキ……」
サナは心の中で祈りながら、彼の後を追うように足を速めた。
ユキはアランに連れられて、とある集落へやって来た。
「やっぱり! ところどころ風景は変わっているけど、間違いなくここが俺の故郷だ!」
ユキはそう確信した。ユキの故郷は、中級魔法使いの家系が村の役人として集落の管理を行っていた。この村の少し特殊な部分は、他の町と比べて人狼の割合が高く、彼らを主要な労働力として使っている点である。しかし人狼の数があまりにも増えすぎると、もし彼らが反乱を起こしたときに対処できなくなるという理由で、口減らしを行うことがあった。十二年前、当時六歳だったユキはその犠牲となったのだ。
大人だと抵抗されたり、自力で集落まで戻ってくる可能性があるため、将来的に強大な力を持つが、現時点では弱い子供の人狼が犠牲になることが多い。ユキはアランに、あの頃、人狼が口減らしされていたことについてそれとなく聞いた。
「アランさん、知ってますか、ここで口減らしが行われたこと」
「俺は、あった“らしい”と言うことは聞いているが、詳しくは知らない。ただ、今の人狼の状況はあの頃よりは確実によくなってる。ただ、未だに魔法使いや人間にこき使われてる最下層なことには変わり無い」
ユキは、自分の親族がいないか探したが、不思議なことに集落の奥に進むたびに人数が少なくなり、気づくとアランとユキ二人きりになっていた。
「アランさん、なんかここ人少ないですね……?」
「ああ。そうだな。ユキ君、劇の感想良かったって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとうな。俺もあの話、凄く好きなんだ。」
ユキはアランが唐突に話題を変えたことを怪訝に思いながらも
「あっ、はい! 本当に二人の絆が最高でした! アランさん、最高のベンケイを演じてくれてありがとうございます!」と返答した。
しばらく間を開けてアランが「ユキ君、ごめんな」とつぶやいた。
すると、さっきまでアランとユキ以外は誰もいなかったはずが、アランを含む大勢の人狼がユキに対して襲いかかってきた。
ユキは襲いかかってきた人狼達の顔を見て、驚いた。なんと自分の親族だったのだ。
「××! なぜお前が生きている! お前が生きていることが分かったせいで俺たちは上から罰を受けたんだ!」
ユキは色々と思い出した。思い出したくないことまで思い出した。自分の名前は××だったが、その名は望まぬ子を産んでしまった母親が私怨を込めてつけた名だった。だからきっと、捨てられたときに忘れてしまったのだ。そもそも、人狼が迫害されているのに関係なく、自分の親族は自分に対して酷く当たっていたように思う。
今までは、人狼はみんな迫害されていて、みんな心に余裕が無かったから、仕方なかったのだと自分に言い聞かせていた。しかし、自分に襲いかかってくる親族達の恨みのこもった表情を見て、ユキは、迫害されていて辛い立場だからこそ、せめて親族同士だけは、思いやりと絆を育んでいくべきだったと感じた。
ユキは幼い頃からサナに護身術を仕込まれていたため、戦闘力はかなり高かった。当時は「こんなこと、一体何の役に立つんだろう?」と疑問に思っていたものの、その特訓が本当に役立つ日が来るとは思いもしなかった。
ユキは戸惑い顔を浮かべながらも、まず親族たちを戦闘不能にし、最後に残ったアランと対峙することになった。アランには少し手こずったが、最終的には彼も倒すことができた。しかし、アランが悲痛な表情で襲ってきたため、ユキは思わず彼のことが心配になってしまった。
「ア、アランさん! どういうことですか! とりあえず貴方は救護するんで、事情を聞かせて下さいよ!」
ユキがそう叫ぶと、知らない少女の声が聞こえた。
「この、クソ人狼ども! 役立たず! 消えちゃえよ!」
するとアランとユキの親族達は胸の辺りを押さえて呻き、地面にうずくまった。ユキは、その様子に動揺しつつ、アランの胸元をはだけさせて見ると、何か印がついていることに気づいた。
「これは……隷属紋か」