5 引っ越しバイト
ユキは劇団の交流会チケットを手に入れるための臨時収入を求めて、街の立派な館での引っ越し作業のバイトに参加することにした。普段から街のギルドでアルバイトの求人を探していたユキは、
「即日高収入! みんなで仲良く荷物運び♪」という謳い文句に釣られて、このバイトを選んだのだ。しかし、そこには一癖も二癖もある上司、通称「オッサン」が待っていた。
オッサンは初対面のユキに対してすぐに、
「おい、そこの新入り! 次の荷物を運ぶ場所、ちゃんと分かってんのか? 遅れたら給料減らすぞ!」
と脅してきた。彼はとにかく理不尽で、何をしても文句を言うタイプだった。作業がほんの少しでも遅れると、
「何やってんだよ! 時間を無駄にするんじゃねえ!」
と怒鳴り散らし、その言葉に従ってペースを早めると、
「もっと丁寧にやれ!」
と、矛盾した指示を出す。
あるとき、オッサンが無理やり作業の流れを変更しようとしたため、ユキは純粋に疑問を抱いて尋ねた。
「あの、オッサン、それだと効率が悪くなりませんか? ここはこうした方が……」
その瞬間、場の空気が凍りついた。オッサンに歯向かうなんて、誰もが避ける行為だったのだ。作業員たちの反応は二つに分かれた。
「アイツすげえ! 英雄だ!」と感嘆の声を上げる者もいれば、「何歯向かってんだよ! 空気読めよ!」と苛立ちを隠せない者もいた。
その中でも特に目立っていたのが、「グレン」という男だった。彼は取り巻きを引き連れ、すぐにユキに近づいて文句を言った。
「お前、正気かよ! オッサンに逆らうなんて!」
「ただ、こっちの方が良いと思っただけなんだけどな」
ユキは苦笑いしながら答えたが、グレンは不満げに眉をひそめたままだった。
一方で、体力がほとんどないのに重労働のバイトに参加している「トロロ」という男もいた。彼は力仕事が続くたびに息切れし、ペースが落ち、ついにはオッサンから容赦なく叱責を受けていた。
「おいトロロ! お前のせいで全体が遅れてんだぞ!」
トロロに対して、グレンも苛立ちを隠せず文句を言い始めた。
「何でアイツいんだよ。全然役に立たねえじゃねえか!」
「だ、だって、母ちゃんが『男なら少しは力仕事をしなさい』って……」
トロロは今にも泣き出しそうな表情で弱々しくそう言った。
グレンは仕事はできるが、不満が多く、口が悪いことで有名だった。そして、なんという巡り合わせか、空気が読めないユキ、体力のないトロロ、口の悪いグレンが、「問題児組」として同じグループに組み込まれてしまったのだ。
グレンは不満げに言い放った。
「なんでこんなやつらと一緒なんだよ!」
「まあまあ! 問題児組として、一緒に頑張ろうじゃないか!」
ユキは無邪気に声をかけた。
「お前らと一緒にすんな!」
そんなグレンを、ユキとトロロはこっそり茶化し始めた。
「アイツ、自分だけは違うと思ってるよ……」
ユキがひそひそと呟くと、
「そうそう、俺たちと同じなのにさ……」
とトロロも小声で同調した。この会話はグレンにも聞こえる距離だったため、彼はますますムッとした表情を浮かべた。
こうしてギスギスした雰囲気が続くかと思われたが、あるとき、グレンが階段で重い荷物を運んでいる最中に足を滑らせ、落下しそうになった。瞬時にユキが反応し、グレンを引き上げた。
「大丈夫か!」
「……あ、ありがとう」
グレンは息を切らし、唖然とした表情でユキに感謝した。この出来事をきっかけに、ギスギスしていた空気は徐々に和らぎ、グレンも次第にユキやトロロと打ち解けていった。
最終的に、オッサンを除くバイト先の仲間たちで飲みに行くことになった。ちなみに、この国では飲酒も十八歳から合法なのである。飲み会は今回のバイト先の愚痴で盛り上がり、皆泣きながら朝まで飲み明かした。
「おい、そこの新入り! 給料減らすぞ!」
ユキが唐突にオッサンのモノマネを始め、皆は大爆笑し、グレンも笑いを堪えながら肩を震わせていた。
一方その頃サナは、「ユキが帰ってこない!」と、とても心配していた。
「やばい、ユキが帰ってこない……何か事件に巻き込まれた? いや、それなら魔法で異変を感知できるはず、うちに帰りたくないのか? どうして……」
サナは悶々と一人で悩みつつ、悪いと思いながらも魔法でユキの様子を覗いてしまった。しかし、ユキはバイト仲間と大騒ぎしているだけだったのでサナは拍子抜けした。ユキは結んでいた髪をほどき、完全にリラックスした状態で酔っていた。するとその瞬間、擬態が解けてしまい、ぴょこんと人狼の耳が飛び出てしまった。
サナは「やばい! 出てる、出てる!」と大焦りしたが、みんな酔って変なテンションになっていたため、トロロがユキの頭を撫でながら「あ~! ユキ君もふもふねぇ~!」と言って、周りの人達も何も気にしていなかった。
サナは、「あ~馬鹿ばっかりで助かったわ」と失礼なことをつぶやいた。グレンも最初は「なんでこんなやつらと」と文句を言っていたが、今ではその一言を口にすることもなくなっていた。問題児組の三人は、いつの間にか仲良くなり、バイトは充実した時間として終わりを迎えた。