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42 追憶魔法

「つ……遂に習得した……⁉」


 街の立派な館の研究室で、一人の男が歓喜の声を上げた。


 研究室には、精巧な彫刻が施された木製の家具や、高価そうな書物がぎっしり並んだ本棚が並んでいる。しかし、彼が魔法の習得に夢中になっていたせいで、床には書物や紙束が、研究道具は机上に雑に散乱していた。

 シドウは震える手で目の前の魔法陣に触れ、その精妙な動きと光の残響に目を奪われていた。複雑な魔力の流れが正しく形を成し、「追憶魔法」が発動した証だった。


 彼の脳裏には、父との会話が蘇っていた。


「大丈夫。僕にできてシドウにできないことなんてないだろうからね」


 その時の父の言葉が、どれほど自分を支えてきたか……そのことを思い返しながら、シドウは深く息を吐いた。


 シドウは魔法の成功を何度も確かめるように手を伸ばしながら、抑えきれない笑みを浮かべた。興奮と達成感が体中を駆け巡り、これまでの努力がすべて報われた瞬間だった。


「これで、僕もようやく父上に追いつけた……いや、きっと超えてみせる!」


 シドウは「追憶魔法」の新たな可能性を求め、日々研究室にこもり続けていた。まず、自分自身を対象にして、魔法の範囲をどこまで広げられるか試みることから始めた。自身の記憶をたどり、過去の細かな出来事や忘れかけていた感情を再現するたび、魔法の精度と範囲は少しずつ向上していった。


 次に協力を頼んだのは、バイトで雇った協力者のトロロだった。以前、ユキやグレンとともに引っ越しのバイトを行った彼である。トロロを対象にした実験では、彼の最近の記憶を正確に再現することに成功。トロロはとても恥ずかしがっていた。


 続けて魔法の範囲を更に過去へと広げようと試みたが、対象者にとって印象の薄い出来事や、過去に遡れば遡るほど映像が曖昧になっていった。やがて、映像はもやがかかったようになり、最終的には何も見えなくなってしまった。


「うーん、やっぱり魔力操作が甘いのか……?」


 シドウは研究室の散乱したノートに目を落とし、記録を辿りながら次の手を考え込んだ。


 シドウは次に、野良猫を使った実験を行った。人間以外の生き物にもこの魔法が有用か試してみたのである。すると、兄弟猫や親子の猫を対象に魔法を展開した際、追憶が親や祖先にまで拡がるような現象を確認した。


「もしや、複数の親族を対象に、この魔法を展開すれば、さらに深い記憶へアクセスできるのでは?」


 そう考えたシドウは、同じ親や祖先を持つ兄弟や親族を複数集めて追憶魔法を展開する実験を始めることにした。


 王都の宮殿にて、リーリエは自室で地政学について学んでいた。先日、唐突に王位継承の方法が変更されたことで、女王を目指す彼女は今まで以上に努力を重ねていたのだ。彼女はふと窓の外に目をやり、庭園の景色を見た。すると、突如としてそこに謎の魔方陣が現れ、そこから兄であるシドウが出てきた。


「うわーッ!」


 リーリエは柄にもなく叫び声を上げてしまった。リーリエの叫び声に使用人達も驚いてやって来る。リーリエに気づいたシドウは、彼女の動揺を気にもとめず、大きく手を振りこちらに駆け寄りながら、興奮した様子で話しかけた。


「リーリエ! 以前の家族会議で父上が行った『追憶魔法』を僕も習得したんだ! しかも、新しい応用法を発見したかもしれないんだ! 家族全員で試したいことがある。皆を集めてくれ!」


「……兄様、まずは人の家に侵入するときの礼儀というものをですね?」


 リーリエはこめかみを押さえ、ため息をつきながらシドウを見た。


「侵入じゃないよ! 僕のワープ魔法がついに実用段階に達したから、その試験も兼ねて来たんだ! いやー便利だねこれ、すごく早く移動できるんだよ」


 シドウは胸を張りながら、周囲の視線には全く無頓着だった。


「ワープ魔法まで習得しているんですの……?」


「そうなんだ! 実は家族会議の後、この庭園に事前にワープできるようにマークしておいたんだよ。まだ、マークしていない場所には飛べないけど、いつかは自分が行ったことのない場所にも飛べるように特訓しているところさ」


 リーリエは驚きと呆れを隠せなかったが、すぐに気を取り直したように視線を鋭くし、庭園を横切る使用人たちに声をかけた。


「皆さん、すみませんが私の家族を鏡の広間に集めてくださいませ。どうやら兄様がまたとんでもないことを考えているようですから」


 使用人たちは慌てて礼をし、王族たちを集めに走り出した。

 リーリエは窓辺に目を戻し、庭園の景色を見つめた。その口元は引き締まっている。


(追憶魔法にワープ魔法……兄様は本当に自由すぎますわ。ですが、私も負けていられませんわね……)


 そう呟いた後、シドウのほうに振り返った。


「それで、その“新しい応用法”とやら、私にも分かりやすく説明してくださいませ」


 シドウは嬉しそうにうなずき、手早くノートを取り出した。


「簡単さ! 追憶魔法を複数の人に同時に展開して、彼らの記憶を共有することで、さらに過去、つまり祖先にまで遡る手法を思いついたんだ! 父上が発見した技術を応用してね。これなら、僕らの家系の歴史そのものを追体験できるかもしれない!」


 リーリエは目を見開いた。


「祖先の記憶を追体験するですって……? それがもし本当なら、歴史学や政治の場においても、計り知れない影響を与えるでしょうね」


「でしょ? だから早く実験したくて仕方がないんだ。みんなを呼んだら、すぐに始めよう!」


「本当に自由人ですわね、兄様。でもまあ、その情熱だけは尊敬しますわ」


 こうして、王族たちを集めた追憶魔法の壮大な実験が始まることになった。




「シドウ~!」

「父上~!」


 父である第一王子とシドウは廊下を挟んで互いに手を広げながら駆け寄った。父の顔には驚きと誇らしさが混ざり合い、シドウの顔には満面の笑みが浮かんでいる。


「凄いじゃないか! この短期間で追憶魔法の習得どころか、更なる応用方法に気が付くだなんて!」


 父はシドウの肩に手を置き、その功績を讃えるように強く頷いた。


「えへへ……僕もまだまだですけど、父上の言葉が励みになりました! あの時教えてくださらなければ、ここまで来られなかったと思います。でも、これで終わりじゃありません。追憶魔法をもっと発展させて、家族のために役立てたいんです!」


 シドウは微かに照れながらも真剣な目で父を見上げた。


「そうか……シドウ、お前は本当に頼もしくなったな」




 シドウたちが広間に向かうと、まだレミファとソラシド兄弟しか集まっていなかった。

 広間には静かな空気が漂い、リーリエとレミファの間に緊張感が走る。二人は視線を交わそうとはせず、互いに少し距離を取ったままだった。その気まずさを感じ取ったシドウは、小声でソラシドに尋ねた。


「あれからずっとこんな感じなのか?」

「そうなんですよ……まぁ仕方ないと言えば仕方ないっすよね。普通に兄上が悪いし。でも僕としては、これからもどちらとも仲良くしていきたいじゃないですか。一対一の時はいいんですけど、三人で集まったときとか、僕は完全に板挟み状態で。マジでしんどいって……」


 ソラシドは軽い口調ではあるものの、切実な悩みを小声で漏らした。


「ソラ君、実の兄とは言え私の暗殺を試みたような人間に肩入れするなんて、どういうつもりですの?」


 リーリエはソラシドに対して冷たく言い放ち、ソラシドは気まずそうに視線を逸らした。


「いや、そりゃ兄上が悪いのは分かっているけど……でも僕は、家族だし、どっちの味方とか決めたくないっていうか……」


 リーリエの冷たい視線に気まずそうにしているソラシドを見て、シドウはふと口を開いた。


「ねえ、こういう時こそ追憶魔法を使ってみるのはどうだろう?」

「……兄様、それはどういう意味ですの?」


「争いが起きたとき、相手の背景事情を知るのは大切なことだからね。兄さんの過去を見れば、どうしてあんなことをしたのか少しは分かるかもしれない。それに……僕の好奇心でもあるけどね」


 シドウの言葉に全員が戸惑いを見せたが、レミファは諦めたように笑った。


「……もう好きにしてくれ。私の過去なんて、見る価値があるとは思えないがな」


 シドウはレミファに追憶魔法を使い、光の中にぼんやりと映像が浮かび上がる。そこに映し出されたのは、幼いレミファが柱の陰から見た景色だった。



 そこでは、何やら第一王子と国王が言い争っていた。

 第一王子であるシリウスは、若い頃から少し抜けた部分はあるものの、誠実で理知的な性格で知られ、次期国王として周囲から大いに期待されていた。しかし、彼が許嫁のクラリスを深く愛していたことが、後に争いの火種となる。

 クラリスは、代々北の国境警備を担う最強の軍事貴族、ヴォルフガング侯爵家出身だった。クラリスもまた、国を支えるために自らを律する強い規律を持った女性だった。二人は堅実な信頼関係を築いていた。


 しかし、その平穏は突如として引き裂かれる。

 この国──エルメシア王国は約七百年前、魔法使いと人狼の派閥争いに勝利した、魔法使い側によって建国された。そして、北の海に浮かぶ小さな島には、敗れた人狼たちが建国した小国、ガルムハウトが存在していた。そして、ガルムハウトが突如として大陸に攻め込んできたのである。

 そのとき、あろうことか第一王子の許嫁であるクラリスは、侯爵家の娘として最前線の戦に巻き込まれ、消息不明となった。数日後、王宮に知らせが届く。


「敵対勢力を追い返すことには成功したが、最初の襲撃でクラリスが死亡した」と。


 国王をはじめとする王族たちは、次期国王であるシリウスに新たな妃を迎えるよう強く求めた。


「あれからもう五年経つ。お前もそろそろ覚悟を決めたらどうだ。クラリスの愛した国のために、新しい縁談を受け入れ、後継ぎを生むことがお前の使命だ」


 国王の厳命に対し、シリウスは静かに首を横に振った。


「私が世継ぎを残さずとも、既に王族は沢山いるではありませんか。私は、クラリス以外を妻に迎えることなど、どうしてもできません。それが不忠と言われるのであれば、私は王位を放棄し弟に譲ります」


「はぁ⁉」


 隣に居合わせていた第二王子は、第一王子の言葉に驚愕し、宮廷内は激震した。国王は、シリウスの信念を理解しつつも、跡継ぎ問題が王国に与える影響を考え、その身勝手な言動に激怒を隠せなかった。しかし、シリウスの心は微塵も揺らがなかった。


 次に映し出されたのは、幼いレミファが書物を前に真剣な顔で勉強している姿だった。豪華な机に広げられたのは地政学の本、礼儀作法の指南書、さらには剣術や戦略に関する巻物だ。


「お前はいずれ王になるのだから、しっかり励むのだぞ」


 国王は、第一王子が跡継ぎを残す可能性を諦め、第二王子の長子として生まれたレミファに将来の国王としての責務を託そうと、一心に期待をかけていた。まだ幼いレミファが国王の言葉を真剣に受け止め、力強く頷いている様子が映し出された。魔法の稽古や帝王学に励む姿、必死に剣を振るう訓練の映像が次々と現れる。


 一方、クラリスは密かに生きていた。戦場で一度は深手を負いながらも、兵士たちの助けを借りて身を隠し、戦地の中で密かに生き延びていたのだ。さらに驚くべきことに、彼女は兵士に紛れ込み、偽名を使いながら敵軍との戦いに身を投じ、数々の戦績を挙げて敵勢力を追い返すことに成功していたのだ。


 しかし、顔や身体に負った大きな傷、自分が「死んだ者」とされている現状、そして今自分が侯爵家の娘として宮廷に戻れば、政治的な波紋が大きすぎると判断し、素性を隠し、密かに新たな生活を送る道を選んだのだった。


 宮廷内では彼女の正体を知らぬまま「謎の英雄」として彼女の偽名が囁かれるようになっていた。だが、その英雄の正体を知る者がついに現れ、彼はすぐさま王家へ報告をした。報告を受け取ったシリウスは、急ぎクラリスの元へと向かった。


 その後、なんやかんやあってクラリスは宮廷に戻り、シリウスとの結婚が正式に発表された。だが、この再会と結婚は宮廷内外で波紋を呼んだ。第二王子の息子であるレミファが既に王位継承権を得ていた状況下にも関わらず、第一王子夫妻に子が生まれたことで、その継承権が移ることになったのだ。


 国王は、クラリスの家格や、国の英雄として実際に活躍した人物であることなどを総合的に判断し、シリウスの信念と彼の家族を受け入れたのだ。だが、レミファの不満は消えることなく、王位継承を巡る新たな火種が生まれていくのだった。


「これは……」


 リーリエは言葉を失い、ソラシドも驚きの表情を浮かべる。シドウはいたたまれない気持ちになり、レミファの隣に立つと、そっと肩を叩いた。

 シドウのその行動にさらにいたたまれなくなったレミファは顔を覆った。


「もうやめてくれ……!」


 第一王子もその光景を見て、気まずそうに顔を下げて頭をかく。いたたまれない空気が漂う中、ようやくこの宮殿にいる残りの王族達がぞろぞろとやってきた。


「皆、集まってくれてありがとう! 早速始めよう!」



 そしてついに、魔力操作を限界まで細かくしながら、親族全体の記憶を一つの流れとして紡ぐことに成功したのだ。


「……これは、祖先にまで繋がっている……!」


 シドウは震える手でノートにメモを取った。目の前に浮かび上がる映像には、親族たちの記憶が一つに繋がり、祖先と思われる、緩やかなウェーブのかかった赤毛が特徴的な女性の姿が薄ぼんやりと映し出されていた。王族の者達は皆、唖然としながらその映像を見ていた。


「魔力操作の精密さと、対象間の共通点……それさえ揃えば、追憶魔法は過去を遡り続けることができる……!」


 広間に響くシドウの独り言と、魔法陣の微かな光が、追憶魔法の新たな扉を開いた瞬間を告げていた。彼は新たな応用法の可能性に胸を躍らせながら、さらなる研究に取り掛かる決意を固めていた。


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