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38 邂逅ガールズ

 その夜、リーリエは一人で夜道を歩いていた。頭を冷やそうとしたものの、心の中はますます混乱していくばかりだった。いつも背負わされてきた責任、誰にも打ち明けられない孤独、そして兄たちへの苛立ちが重なり、胸が張り裂けそうな思いに襲われていた。


「……こんな気持ちで、どうやって女王になれというの?」


 リーリエは星空を見上げ、誰にも届かない問いをこぼした。

 ふと足元で、何かが柔らかく光っていることに気づく。道端に落ちていたのは、見覚えのない綺麗な石だった。手に取った瞬間、その石は彼女の心に応えるように静かに輝いた。

 リーリエは直感でそれがただの石ではないことを感じ、少し戸惑いながらもその光を頼りに、静かに決意を固めていった。


「私は、女王としての義務に縛られることで、自分の存在意義を守っていたのかもしれない……もう一度、自分にとって本当に必要なものを探してみよう」


 リーリエは石を大切に握りしめ、自らの内面と向き合うため、静かな夜道をゆっくりと歩き出した。



 リーリエがしばらく夜道を歩いていると、一人の女の子が道端にしゃがみ込んでいた。どうやら彼女は道端で何かを落としてしまい、それを探しているようだった。


「そこのお嬢さん、何か探していらっしゃるの? もう夜も遅いわ。あなたのような年齢の子が一人で出歩くのは危なくてよ」


「……そうかもね。でも今、どうしても見つけたいの。ここら辺でペンダントの石を落としたのよ。今日おばさんにもらったばかりの物なのに……まぁお古だから、すぐ壊れちゃったのかな」


 女の子のその真剣な様子にリーリエは気を引かれ、助けてあげようと決めた。他者に手を差し伸べることで、自分の心も少しは落ち着く気がしたのだ。


「わかったわ。私も一緒に探してあげる。どんな石なのか教えてちょうだい」

「ありがとう……オレンジ色の菱型の石よ」


 リーリエは薄々感付いてはいたが、女の子の探している石は、自分が先ほど拾った不思議な宝石のことだった。彼女の落胆した様子から、その石が大切なものであることが伝わってきた。リーリエはふと、今日の出来事で荒んだ心が、この石を通して少しずつ落ち着いていくのを感じていた。


「その石……もしかして、これのことかしら?」


 リーリエは少女に向かって手を伸ばし、石をそっと見せた。

 女の子は一瞬目を見開き、驚きと喜びが入り混じった表情でリーリエを見つめた。


「そう、それよ! なんだぁ、お姉さんもう見つけてくれてたのね? ありがと!」


 リーリエは微笑みながら頷き、石を彼女の手に戻した。


「私も道端で偶然見つけたのよ。良かったわね、おばさんからもらった大切なものが無事に戻って」


 少女は少しバツが悪そうに苦笑いしながら、石を握りしめた。


「あっ……実際の叔母ではなくて、あたしが勝手にそう呼んでいるだけなんだけどね。実の家族とはあまり上手くいってないし……」


 リーリエは少女の言葉に共感するように小さく頷き、少し迷った後で口を開いた。


「そう、あなたも家族と上手くいっていないのね……私もそうなの。立場上、どうしても争いは避けられないのだけど、本当は誰かに素直に頼りたいのに、できないのよ。ちょうどそれで家を飛び出してしまったし……」


 女の子は驚いたようにリーリエを見つめ、少しだけ声を潜めて言った。


「お姉さんも、悩んでいるんだね……あたしも、家では思っていることを言えなくてさ。どうせまた分かってくれないんだろうなって。でも、嫌いってわけではないの。お母さんも、お母さんなりにあたしを大事にしようとしてくれているって、頭では理解してるんだけどね。やっぱ、どんなに大切な人でも、心がすれ違ってしまうことってあるのよ」


 お互いの想いを交わすうちに、二人は自然と心を開き始めた。リーリエも気づけば言葉が溢れ出していた。


「そうね。誰かを大切に思うほど、何もかも完璧にいかないことが苦しくなることがあるわ。でも、誰かに話せるだけで少しだけ楽になるのかもしれない。あなたに出会ってそう感じたわ」


 女の子はその言葉に小さく頷き、しっかりと宝石を握りしめながら、にっこりと微笑んだ。


「ありがとう、お姉さん。なんか、今まで話せなかったことを話せてちょっとスッキリしたよ」


 リーリエもほっとしたように笑顔を返した。


「私もよ。今日、あなたに会えて本当に良かった」


 二人は見つめ合い、どこか互いに救われた気持ちを抱きながら、しばし静かな夜道を歩き続けた。




 女の子はふと気になって、思いついたことを口にした。


「そういえば、お姉さん。あたしは今から帰るけど、お姉さんはどうするの? さっき夜遅いから一人で出歩くのは危ないって言ってたけど、お姉さんもそうじゃない?」


 リーリエは内心、自分のような上級魔法使いに危険なことなどほとんど無いと思っていたが、身分を軽々しく明かすわけにもいかず、少し濁して答えた。


「確かにその通りね。でも、今日はどうしても帰りたくないの……」

「……気をつけなよ? 心が弱ってる時って、他人につけ込まれやすいんだから」


 リーリエは自分より明らかに年下の女の子に的確なアドバイスを貰い、思わず笑ってしまった。


「え? なんかあたし面白いこと言った?」

「いいえ、あなた、まだ幼いのにしっかりしているのね」


 リーリエの言葉に女の子はきっと目を細めて言い返した。


「あ、お姉さん、あたしが子供だからってナメてたでしょ? 言っとくけど、あたしは普段から、自分よりもずっと年上の大人達の中に混じって活躍してるんだからね!」


 女の子は得意げにそう話した。


「あら、それはすごいわね。何の集まりで活躍してらっしゃるの?」


 女の子はしばらく黙り込んだ後、こう答えた。


「はぁ、まぁいいか。言っても……。あたしはノヴァジェネってとこの一員なの」

「……それって、あの反王族派団体の……?」


「あ、お姉さんノヴァジェネ知ってたんだ。じゃあ、もう隠さないでいいや。いつか人狼や、それを庇う王族に報いるのが、あたしの目標なの」


 その言葉を聞いた瞬間、リーリエは心に冷たい衝撃を受けた。自分が王族であることを隠したまま、少女と心を通わせたばかりで、彼女の抱える心の痛みに共感していたからこそ。しかし、リーリエは「王族としての自分」だけではなく、「ただ一人の人間としての自分」を見つめる機会を得たように感じていた。


「……どうして? あなたは人狼や王族に何かされたの?」


 少女はゆっくりと話し始めた。


「幼い頃、あたしが人狼に襲われかけた所を助けてくれたお父さんが、王族によって裁かれ、獄中で命を落としたんだ。家族を、王族のせいで失ったのよ。あたし、やっぱり王族なんて許せない」


 リーリエは静かに耳を傾けた。少女の声は悔しさと痛みが滲んでいて、それが彼女を反王族団体に所属させた理由であることがありありと伝わってきた。そして、リーリエはその言葉の裏にある哀しみもしっかりと感じ取っていた。


「……最近、気づいてしまうことがあるのよ」


 少女は続けた。


「気づけば、周りには王族や人狼と関わりのある人が増えていて、嫌でも彼らの一面を知ることが増えてしまっている。だけど、それで恨みが薄れていくのが……怖いの。だって、あたし、絶対に王族も人狼も許したくない。あの憎しみだけが、あたしをここまで引っ張ってきてくれたんだもの」


 少女の瞳は揺らぎ、彼女の中で激しい葛藤があるのが一目でわかった。彼女は声を震わせ、少しずつ弱音を漏らすように呟いた。


「嫌だ……許したくないし、忘れたくない……」


 リーリエはふと自分の家族のことを思い出した。彼女も家族間の複雑な関係や葛藤を経験し、許しの意味すらわからなくなるほど傷ついた。しかしリーリエは既に、この困難を乗り越えることで、自分が一歩成長できると、心の奥底で感じ始めていた。



 リーリエは、自分が王族という立場でありながら、この少女を軽々しく励まして良いのか悩んだ。しかし、目の前の少女が苦しげな表情を浮かべているのを見ると、彼女の心を楽にするきっかけを与えたいと強く感じた。少女にそっと語りかけるようにリーリエは言った。


「私も、身近な人に傷つけられたことがある。そのことで自分が壊れそうになったことも。でも、その憎しみが自分自身を縛ることに気づいたの。……だから、私は許すことにしたの。許すっていうのは相手のためじゃなく、自分が前に進むために必要なことなのかもしれない」


 少女は少し驚いたようにリーリエを見つめ、何かを考え込んでいる様子だった。


「はっ……お姉さんも結局、あたしのお母さんみたいなこと言うじゃない。あと、少し前に似たようなことを人狼の野郎に言われたわ。……簡単に許せるものじゃないよ。だって、あたしが許したら、お父さんが王族に裁かれて亡くなったことも全部無かったことになっちゃう気がするもの」


 リーリエは少女の手にそっと触れ、優しい表情で言った。


「あなたのお父様のことは、あなたが覚えている限り消えないわ。過去が変わるわけでも、痛みが消えるわけでもない。でも、今のあなたに必要なのは、自分を守るために憎しみを抱き続けることではなくて、もう少しだけ心を柔らかくしていくことかもしれない。許さないことと、忘れないことは別として考えてみたら?」


 少女は、しばらく何も言わずに考え込んでいたが、しばらくして小さく頷いた。


「……わかんないけど、もしかしたら、そうかもね。でも、今はまだ無理だよ。許すなんて、どうしても受け入れられない……」


 その言葉に、リーリエも微笑んで頷いた。


「もちろん、それでいいのよ。自分のペースで進めばいい。きっとあなたも、あなたらしい道を見つけられるわ」


 リーリエはその言葉を目の前の少女に対してだけではなく、自分にも言い聞かせていた。

 そして再び、苦しむ民を救うことを目標に、女王を目指すことを心に誓った。レーナは最後までリーリエが王族であることには気づかないまま、二人はそれぞれの道を歩き出した。


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